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49.ドリームキッチン

 戸田嶋は予告通りに、月曜日の午前十一時から打ち合わせを設定した。対象者はメンバー全員だ。


 企画の内容は小巻主査にも開かしていない。理由は、否定されたところで、やり直す時間がないからだ。それなら最初から『最終発表』とした方がいい。


 定刻の十五分前。

 普段、小巻主査が専用で使っている大型ディスプレイを、会議スペースであるリビングに向けてスタンバイした。画面はまだブランクのままなのに、みんな、何かしている振りをしながら、黙ってセットアップのようすを(うかが)っている。


 改めて、自分用にプリントアウトした内観パースを眺める。

 手書き風の、いかにもラフといった感じの出来映えで検討不足は否めない。正直にそう言ったら、青木は『中途半端に作り込むより、夢で補ってもらった方がきれいに見えますから』と言い訳してきた。でもそれって要するにプレゼン次第、という意味だ。


 さて、どうしたものかと思案したものの身内相手に小技は使えないし、そもそもシャルムで青木にした回りくどい説明だって上手くいったという自信はない。

 張り詰めた空気に、飛島先輩が根を上げた。


 「あぁあ、これで会社の存続がきまるってわけか」


 他のメンバーはまったくの無反応。茶化しは失敗だ。

 でもまずい……。この重たい空気のまま引き延ばしたらどんどんハードルが上がっていく。この辺りが頃合いかも。


 「じゃあちょっと早いですけど、今から説明しますね。みんないるし」

 とみんなの注目を確認したところで、

 「えっと、まずはタイトル。これは仮ですけど」

 とページを送る。


 《ドリームキッチン(仮称)》


 「簡単にいうと、エンタメ型のお料理教室です」


 誰からも質問は出ない。

 頭のなかは『?』でいっぱいのはずなのに。


 「講師はプロに限定しませんが、ただ接客の要素があるので面接審査はしっかりやります。

 技術的な評価ポイントは、応用の利く個食、ですかね。若い人もそうでない人も食事で困ってる人ってひとり暮らしだと思うんで。

 で、もちろん、生徒さんイコールお客さんです。自然と男性客は女性講師を、女性客は男性を指名する流れかもしれません」


 「指名って戸田嶋。じゃあ何、これって出会い系ってこと」


 最初の質問は小巻主査。早くも若干否定的だ。


 「あくまで可能性の話です。それに最初はグループのレッスンですし何を作るかはお客さんによって異なりますから」


 「グループなのに、作るものがひとりひとり違うって、どうやって運営するの」


 「ん~、とりあえず説明続けさせてください。だってほら、作りたい料理って人それぞれじゃないですか。ここがポイントなんですけど普通の料理教室って、学校側が、教える料理を提示してそれを学びたいと思った人が生徒になる。でもそれじゃただの勉強なんで、エンタメにはなりません。ですよね」


 いちおう間を取って皆を見渡す。

 少しは掴めたかな?


 「肉とか魚といったメインの食材は、基本は持ち込みを考えています。あ、もちろん何を使いたいかは予約の時点で申告してもらいますけど。あと、作りたい料理の希望とか、誰に食べさせたいか、あと、どんな人に教えてもらいたいかも。

 それを受けて、コーチングスタッフが、担当分けをして調理プランをたてて、お客さんを迎えます」


 よかった。小巻主査もとりあえずは黙って聞くことにしてくれたようだ。

 戸田嶋は説明を続けた。


 「グループレッスンだとひとりの講師が何人かのお客さんを受け持つことになりますけど、それを可能にするために、メイン以外の食材は、半調理品としてあらかじめ用意しておきます。それも、プロ用の既製品を使って。

 調べたら、プロ向けの半調理品って冷凍なんかでけっこうあるんです。それをドリームキッチンを通じて小分け販売します。まあ、美容院でシャンプーを売るようなもんですかね」


 そう、この業態だと儲けどころが無数にある。


 「あとは、ストックができる半調理品の作り方を指導してもいいですし、店で企画して小口の半調理品をPBで作ってもいいでしょう。

 実際、ひとり暮らしの人の料理のネックは、仕込みなんです。だって玉ねぎを飴色になるまでソテーなんて無理ですから、実際。かといって、手を抜いちゃうと、とたんに仕上がりのクォリティーが下がる。皆さんも経験ありますよね」


 同調しやすい問いかけのあと、間を作る。専門学校で教わった、このプレゼンスキルはシンプルだけど効果的だ。


 「完成した料理は、試食スペースに移動して楽しんでいただきます。試食っていってもちゃんとした、お店レベルの内装と、料理が映えるような演出が必要です。グループで来店されたらけっこう盛り上がると思いますよ。人が増えれば品数も多くなりますから、パーティープランだって可能です」


 青木が心配してメンバーの顔色を窺っている。

 でも大丈夫、悪くない。飛島先輩もときどき頷いてるし。


 「上級コースでは、講師を専属にできます。なので、ここまでくると出会い系、という要素もなくはないです。そこが目的じゃないんですけど。

 ま、男性の方が、何かを期待してキャバクラに行くようなもんでしょうか」


 ここで飛島先輩と目が合った。

 なんと、わかりやすく狼狽えている。意外な一面に笑いそうになったけど、ここで突っ込むと話が逸れるので、

 「実際の店のイメージですが」

 と前振りして、画面を青木の内観パース図面に変えた。


 青木に出したリクエストは『お料理学校の教室とは一線を画する華やかな内装で、イメージはキッチンスタジオ。それもシネマコンプレックスみたいに大小の部屋を組み合わせた、上級な趣味として楽しめる空間』。

 キッチンスタジオについて確認されたので『クッキングショーの主役になれる箱』と定義してあげた。


 これで何パターンが書いてもらって、そのなかから今日の図面をチョイスした。

 皆の反応は微妙だ。

 わかってる。今の時点では攻めどころ満載だ。


 ……玲夢だけがニヤニヤしていた。

 こいつだけは見抜く。

 そう思っていたから仕方ない。


 そう。あの騒動のあと、仁と楽しんだアパートの二日間が発想の源だ。

 あのときは嘘を()いて休んだから外で食事するわけにいかなかった。なので、事前に食材をたくさん用意しておいた。それが結果的に料理の教えっこになり、もう、最高に楽しかった。

 仁は『焼肉ホットドック』なんていう男の子らしいオリジナル料理を作ってくれた。

 戸田嶋は、拉致騒ぎの最中に十八歳になった仁のためにケーキを焼いた。

 アパートの部屋だったから身体を寄せるのは自由だったし、お口あ~んで食べさせてあげることだってできた ♡


 うちらは室内デートだったけど、楽しめるのはカップルだけじゃない。グループの関係性で、どんなふうにも楽しめる。


 つまり、料理はエンタメになりうる。

 そのことを、あの二日間で確信した。


 「でも大丈夫? この企画だとけっこうスペース食うんじゃないの。いきなり大型店って、グルーヴさんにとってハイリスクになっちゃう」


 小巻主査の指摘は想定内だ。


 「はい、でもドリームキッチンは路面店である必要がありません。コロナで閉店した、上層階の空き物件が有効に使えると思います」


 「それはそう、ヘタ子の言う通り。以前リクルーティングの仕事を手伝ったワタナベエステートの社長が、上層階は安くしても埋まらないってボヤいてました。営業面積が広いとこほど入らないって。話によっては協力してくれるかもしれません」


 玲夢の助け船が呼び水となって、議論が始まった。


 一番厳しく指摘されたのは衛生管理の問題だった。調理に係わる時点で自己責任が通用するのか、ということだ。わかっていたが時間がなかった。ここは御子柴ワイズのリーガルに相談しないといけない。


 ともあれ、活発な議論は、これをベースに肉付けをしていこう、という意志の現れでもある。

 あとは残った時間でどこまで企画を磨けるか、だ。

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