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47.戸田嶋早妃の『本当』と『嘘』

 柏崎仁の救出作戦から三日経った夜、戸田嶋早妃は、梨田玲夢、青木光輝をラウンジ ポッピンハウスに誘った。


 ここはグルーヴハウスが一年ほど前にオープンした実験店だが、今日は視察ではない。絶体絶命のピンチを救ってくれたふたりに感謝の意を表するためだ。

 もっとも、場所の選定にあたっては『ここならきっと経費で落ちるはず』というしたたかな計算が働いたことも事実なのだが……。



 「じゃあ何、あんたこの二日間ずっと仁君と一緒だったわけ」

 玲夢はクラフトビールの泡を鼻の下に付けたまま言った。


 「いやぁね、昼間だけよ」



 戸田嶋は昨日までの二日間、有給休暇を取った。小巻主査には『最近ちょっと疲れが溜まっているので』と言って。これは、嘘ではない。


 「戸田嶋先輩、それって新たな監禁疑惑ですね」


 「だから昼間だけ! 九時から五時までよ、人聞きの悪いこと言わないの」


 あんなことがあったんだもの。当事者同士がよしよしし合うなんて当然あって然るべきご褒美でしょ、と戸田嶋はひと欠片(かけら)の疑問もなくそう思っている。


 一方の仁は、お母さんから『大変な目に遭っちゃんたんだから』と何日か学校を休んで家で自習するよう勧められていた。

 でも仁は『別に、疲れてないし』とそれを拒んだ。ここにも嘘はない。


 嘘はここからだ。

 戸田嶋は仁に、学校に休み届けを出してはどうかと提案した。いや、これは(そそのか)したと言った方が正しいか……。


 ともかく仁は、学校指定のアプリ《お休み等連絡システム》を使って、二日間の休み届けの提出に成功した。お母さんが設定した四桁のパスワードは、誕生日を後ろから読んだ数字で、銀行から何から全部これだそうだ。

 こうなればもう、毒を食らわば皿まで。

 あとは、どうやって仁をアパートに連れてくるかだ。


 通学の時間帯に表立って出歩けば同級生らに目撃される可能性がある。かといって登校時に家を出なければ不自然だ。

 これらの問題を解決するため、戸田嶋はタクシーを使った。


 方法は至ってシンプルだ。

 仁はいつも通りの時間に制服を着て家を出て、目立たないところに待たせてあるタクシーで戸田嶋のアパートに向かう。

 帰りは逆の手順だ。

 タクシーの手配と支払いは戸田嶋が行った。

 往復二万円を超えるタクシー代は二日が限界だった。



 「でもさぁヘタ子、受験生を愛欲の海に引きずり込んで大丈夫なの」


 「大丈夫よ、彼、優秀だし、ていうかちゃんと受験勉強もさせたもん。ん、何だとぅ? 愛欲の何」


 「まぁまぁ、おうちの人にバレないように気をつけなさいよ、せっかく助けてあげたんだから」


 「はいはい」


 「でもほんと平気なの? 二日も勉強さぼらしちゃって、彼、受験生でしょ」


 「勉強はほんとにしたの。むしろ学力は付いたんじゃないかな。ほんと、まじで半日は受験対策に使った」


 「どうだか」


 「ほんとだって。ちゃんとカテキョやってたんだから」


 戸田嶋が大学に進まなかったのは学力の問題ではない。高校の進路担当の先生からは、頑張れば上位国立大学が射程圏内に入ると言われていた。

 ただ、当時、戸田嶋の父親は失業中だったし、母は腰を悪くして入退院を繰り返していたので大学進学は諦めざるを得なかった。

 そんな状況で、牧田デザイン&ビジネス専門学校に進めたのは、考えてみれば幸運だったかもしれない。


 まぁそんなわけだから大学受験のカテキョなら今でもできる。特に理数系は苦手を克服した経験があるから、教えるのはその辺の塾の先生より上手だ、と自分では思っている。


 「で何、半日勉強で、残りの半日は」


 「残りは、ほら、ご飯作ったり、……ご飯作ったり」 

 ある意味ほんとなのだが。


 「ご飯作ったり?」


 「そう」


 このあとの沈黙は、少々居心地が悪かった。『いちゃいちゃしたり♪』などと本当のことを言えばまた盛大にいじられる。



 おかしな方向に話が進まないよう、戸田嶋は、話題を本来の目的に戻すことにした。

 なにしろ、ふたりは命の恩人みたいなものだ。青木が機転を利かせ、玲夢が行動していなければ、今ごろどうなっていたことか。感謝してもしきれない。海斗君にも。


 「ほんと、今回はほんっと、ふたりにはお世話になりました。ありがとう」

 と真摯に頭を下げる。

 ……。

 少ししたら、頭の上で玲夢が、

 「あのさぁ。何度も言ってんだけど、今回もだからね、も」

 と念を押してきた。


 見上げれば右手にポテトフライを摘んでゆらゆらと振っている。

 そうなれば、いつもの答えだ。

 「んもっ!」

 玲夢が笑い、青木も釣られて笑った。




 「それにしても梨田さんの格好にはビビりました。なんすか、八代目鬼百合って」


 「くろゆりぃ!」


 「はぁ~」と改めて目を丸くせざるを得ない。


 「爆龍エンジェルの総長は代々黒百合を名乗るのが伝統なの。うちのお母さんが二代目なんだ」


 「はあ?」

 仲よく青木とハモった。


 「ていうか君こそ何よ、あのドローン」


 「ああ、あれは僕のじゃなくてサバゲー仲間から緊急で借りたんです。ああ、思い出しちゃった、あれ弁償しなきゃいけないんだ」


 激突して無惨な姿に成り果てた瞬間の悲痛な叫びは今も耳の奥に残っている。

 幾らか援助してやりたいところだがタクシー代も使っちゃったことだし、これから、お金は幾らあっても足りなくなる。未来のために。


 「ねえねえ、今どきのサバゲーってあんなの使うの」


 「だって弾はBB弾ですから。でも音は迫力あったでしょ。銃声んとこは本物の火薬使って迫力出してるんで相手ビビらせるには最高なんですよ。……いやいや、それはどうでもいいんですよ、それよりあの人数」

 と、青木は強引に玲夢の話に戻した。


 「あれは違うの、ぜんぶ海斗が集めたの」


 「海斗って、あの海斗君? 元ボーソーゾクで仮採用カレシの?」


 「そう、芦原海斗」


 「だって彼、建築会社で働いてるんでしょ」


 「そうだよぉ。ただあいつまだ引退して二年も経ってないからさ。でも正直、あそこまで動員できるってちょっとびっくりした。みんないい子だったしね。

 海斗ってさ、あたしの前ではへこへこしてるんだけど、やるときはやるんだね。人望もあるし。あれはいい頭領(とうりょう)んなるよ、きっと」


 「そうなんだ」


 このタイミングで、玲夢はピザを摘んだ。照れ隠しだろうか。


 この店のピザはプラントベースのやつで、普通のピザとは違ってナッツのような香りがある。それに味がやさしいせいだろうか。ノンアルコールのビールだと、むしろこっちの方が合うなぁ、と実感していたら、玲夢が唐突に、

 「あ、そうそう、仮採用じゃなくなったから」

 と、何気ない風を装って宣言した。


 このタイミングで言う?

 可笑しい! 玲夢でも照れることがあるんだ。


 「へえ、じゃあ本彼(ほんかれ)になったんだ。めでたいね。今度お祝いしようよ。お礼もしたいしさ」


 あれ、でも彼、確か高校中退じゃあ……。


 「あ、でも淫行は心配ないんだから、ヘタ子たちと一緒にしないでね。彼、もう二十歳んなってるから」


 「そうだったんだ」

 ていうか別に、お酒は大丈夫かなってのが知りたかっただけなんだが。





 ……そういえば。

 「仁が言ってたんだけど、宮野麻衣の家に軟禁されてたとき、仲間の子たちとけっこう仲良くなったらしいのね。そんとき聞いた話だと、宮野麻衣って、遊び仲間とは別に戦闘部隊を雇ってるんだって。だからその、玲夢のこと腐れ縁って言ってた人たちが戦闘部隊っていうことになるんじゃない?」


 「はぁ~ん、じゃああいつらJ女子高生に金で使われてんだ。情けねぇなあ」


 「でもさぁ、あの人たちより八代目黒百合? 玲夢の方が百倍怖かったよ、迫力あった」


 「あ、僕もです。最初、誰狙っていいかわかんなかったですもん」


 「そうよ、君いったいどこ狙って撃ってたのよ。殺されるかと思ったわよ」


 このあとも三人は笑い合い、グラスを重ねた。




 ここホッピンハウスは、一号店と違って、洒落っ気を敢えて落として入店のハードルを下げている。でも、入ると新しいカルチャーに触れることができる。踊ることも、こうして会話を楽しむことも。


 フードメニューはスイーツを含めて話題の最先端のものを集めている。ヘルシーで気軽に摘まめて、クォリティーも高い。情報だけではないリアルな体験がこの店にはあるのだ。

 気取りを排除しつつ嫌みにならない程度にフィルターを利かせて客同士に共鳴を起こさせるこの方法なら、店は、そう時間をかけずに居心地のいい空間に育つ。


 コンペの応募要項にあった『新しい出会いと触れ合い』、という条件は、こういう空気感を進化させたものかもしれない。

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