46.仁の居場所
ドローンの銃撃を機に、人質になっていた戸田嶋を確保することができ、形勢は完全に逆転した。
今、ハイエースの周りには、少年たちの人垣ができている。後ろまで合わせると、本当に百人くらいいそうだ。
圧倒的な数の力によって包囲された宮野麻衣と覆面男たちに、もうなす術はない。
連中は慌てて車内に飛び込んだものの海斗たちに阻まれ、スライドドアは開け放たれたままだ。そのうえ、車内は何台ものバイクのヘッドライトに照らされて、宝塚の舞台並みに明るくなっている。
「宮野麻衣!」
玲夢に名指しされた宮野麻衣が不機嫌な顔をこっちに向けた。それでも、口元には不適な笑みが浮かんでいる。
「柏崎仁はどこ?」
「知ぃらなぁ~い」
海斗が周りの仲間に何か耳打ちした。
すると、あっという間に少年たちが車に取り付き、ハイエースを揺さぶり始めた。
少年たちの何人かが叫んだ。
「倒せ! こっち側だ!」
左側から持ち上げられた車は右に傾ぎ、ブロック塀にぶつかって耳障りな音を立てた。続いて、少年たちが手を離すと、今度は、ハイエースは左タイヤから地面に叩きつけられ、その度に少しずつ左に移動した。
激しい揺れと衝撃音がする度に宮野麻衣は悲鳴を上げた。
右側に人が入る隙間ができるまであともう少しだ。そうなれば、この業務用のヴァンがいくら大きくても簡単に倒せる。
旧型の4ナンバーハイエースは助手席側にしかスライドドアがないし、リアゲートは車内からは開けられない。だから左側を下にして倒せば脱出口は運転席しかなくなる。ドアの上に何か重石になるものを乗せれば、もう、重機でも持ってこない限り外に出られなくなる。
「やめて! やめてぇー」
宮野麻衣が叫べば叫ぶほど少年たちは興奮し、車は一層激しく揺れた。
「お願い」
悲鳴が懇願に変わったところで、玲夢は海斗に目配せした。
海斗が順に少年たちの肩を叩き「ストップ、ストップストップ」と何度か繰り返すと、騒動は止んだ。
少年のひとりが車内に入り、宮野麻衣をドアのところまで引きずり出してきた。ナオトも、覆面男たちももう、抵抗は諦めている。
改めて玲夢が質問した。
「ねえ、もう一回だけ訊くけど、柏崎仁はどこ」
宮野麻衣はおびえた顔を見せながらも返事をしなかった。
玲夢が大げさにため息を吐いた。
さっきまで玲夢たちに楯突いていたナオトが、宮野麻衣に忠告した。
「麻衣、あきらめろ。八代目が仕切ってんだから半端な答えじゃどうにもなんねえ」
再び沈黙。
「麻衣ぃ!」
「わかったよ」
玲夢が、そして全員が宮野麻衣のことばに注目した。
「うちよ」
「はあ?」
「だからうち。こんなとこに連れてくるわけないじゃん」
「じゃあ、今すぐ解放しろ」
「だからうちっつってんじゃん、バカじゃないの」
これだけ劣性を見せつけられてもまだ態度を改めない。
海斗が状況をみて仲間に目配せすると、再び少年たちが車に取り付いた。車が揺れ出すと宮野麻衣は、再びシートにしがみついた。
この女、バカだ。
「いいよいいよ宮野、そういうことならもう、解放しなくって」
玲夢がそう言うと、少年たちは車から手を離した。
宮野麻衣は不思議そうな顔で玲夢を見ている。
「だって仁君はお前んちにいるんだろ、じゃあ今から全員で行くわ。ここにいる全員で」
宮野麻衣が顔を強ばらせた。
「知らないと思ってた? わかるよお前んちの場所くらい」
玲夢が「ねえ」、と青木君の方を振り向くと、彼は世田谷の住所をすらすらと言ってのけた。そして青木君は「なんなら本家の方に伺うこともできますけど」と付け加え、
「ご本家は確か、代々、政治家の家柄でしたよね。あなたのお父さんもあれでしょ? 今度の都議選に立候補するんですってね。この集団でお屋敷取り囲んで、人質を返せぇって怒鳴ったらおもしろいんじゃないかな」
と宮野家の事情を披露した。
「そうなんだ、あんたのお父さんって選挙に出るんだ。
じゃあ、そうしよっか。んじゃあ、もういいから車、ひっくり返しちゃおう、うん」
玲夢の目配せで、再び少年たちが車を揺さぶり始めたところで宮野麻衣が白旗を揚げた。
「わかった、わかったよ解放するよ。別にそこまでマジんなることじゃないし」
青木君のリサーチ通りだ。楽しそうなことには何にでも首を突っ込むけど全部遊び。ただ、人が大事にしているものを奪ったり壊したりして楽しんでるだけ。
楽しいのがすべてなんて、空しい女だ。
宮野麻衣が柏崎仁の解放を指示するため、スマホを取り出した。
「おい、スピーカーにしろ」
と海斗が命令すると「はいはい」、と面倒くさそうに従った。
スピーカーから聞こえてきた会話によると、仁君は『新しいお友達』ということで、手下のメンバーと一緒に世田谷の屋敷に泊まっていた。お泊りという名の軟禁だ。
食事などの生活の世話はお手伝いさんがしていたようだから、家の人は今でも、それが拉致だとは思っていないだろう。
宮野麻衣は、ヘタ子を誘き出して恐怖で黙らせ、仁君と彼氏ごっこをやろうとしていたらしい。とんでもないお騒がせお嬢さんだ。
ほどなくヘタ子のスマホに着信があった。
「仁、大丈夫だった? よかった」
涙声。ということは無事、解放されたらしい。
「なあ八代目。もういいだろ。道あけてくんねえかな」
「はあ? 何それ」
玲夢はにやりと笑い、ナオトを見下ろした。
「勘弁してくれよ」
さっきからパトカーのサイレンが聞こえている。まだ遠いけど、そう時間はない。
ナオトは必死の形相だ。
「条件がある」
「何だよこの期に及んで」
「金輪際、柏崎仁と戸田嶋早妃に手を出すな」
「承知した」
「あと、警察には何も言うな」
「わかった」
「余計なことしゃべりやがったら裸にひん剥いて東京タワーから吊す!」
「わかったっつってんでろ、このクソ女!」
玲夢が高笑いし、海斗が「撤収!」と叫んだ。
その言葉を合図に、各々がその場を動き始めた。
海斗隊も解散した。
最後に、満身創痍のハイエースが残った。
動き出したバイクのタンデムシートからハイエースを振り返ると、あの場所から脱出しようと必死に切り返しを始めたところだった。何だか、狭い港に迷い込んだ鯨みたいで、哀れだった。
奴らはおそらく警察に保護されるか逮捕されるかして事情聴取を受ける。でも裏で宮野麻衣の父親が動いて起訴は見送られる。
まあ、そんなところだろう。




