45.玲夢は覚悟を決めた
海斗は、女性が人質に取られている状況を見て、玲夢を振り向いた。
ことここに至るまでを考えたら、この女性が玲夢のダチであることは明白だ。
海斗の目は『どうします?』と訴えている。
一方、判断を委ねられた玲夢は肝を据えて考えた。
膠着状態は、長くなればなるほど不利になる。こっちは人質の安全を優先する限り動けない。その認識が集団に伝染してしまうと力関係はあっけないほど簡単に逆転する。
玲夢は覚悟を決めた。
ここで正面に立たなきゃ八代目黒百合の特攻服が泣く!
玲夢は足を踏み出した。
その、じりっという音を聞いて、少年たちが一歩下がって道を開けた。
玲夢は少年たちの前を進み、まず、狼男に腕を掴まれたヘタ子のようすを確認した。
目視でわかる範囲に怪我はない。幸い衣服の乱れはないが顔色もない。口に貼られたガムテープは過呼吸を防いでくれているかもしれない。でもきっと、死ぬほど怖いはずだ。
玲夢はもう一度狼男の方を向いて、顎を上げて見下ろすようにして睨んだ。風が特攻服の前身頃をはためかせてばたばたと鳴った。
ひとりだとコントにしかならないこの格好も、海斗や仲間たちの前に立つと、すべてを背負って立つ重みが威圧感に変わる。こいつらだってばかじゃない。背後にいる百もの人数を意識したら容易に手は出せないはずだ。
「おとなしく人質を返すんなら、このまま見逃してもいい」
玲夢は狼男に向かって言った。
笑い声か怒声が飛んでくるものと覚悟していたのに狼男は言い返してこなかった。他の連中もだ。
やはり、数の力が効果を発揮しているのか。
いや、違う。
何だ?
さっきまでと雰囲気が違う。
覆面から覗いている目から緊張感が消えている。
ぽかんとしている、と言った方がいいか。
「お前、まだ現役だったのかよ」
「はぁ?」
玲夢は反射的に目を眇め、天然記念物ヤンキー調のアクセントで返してしまった。
「お前、八代目黒百合だろ」
いきなり昔の名を呼ばれて頭がショートした。
「俺だよぉ」
狼男が片手で被り物を取った。
頬からこめかみにかけて入れたタトゥーですぐにわかった。高校のときの対抗グループ、狂華連合の突撃隊調、ナオトだ。何度か対峙したことがあるから、お互い顔はよく知っている。
「幾つんなんだよ八代目」
「てめえと一緒だよ、ばぁか」
「大人んなれねぇなあ、お互い」
てめえと一緒にすんな、と思ったとき車内から女の声がした。
「なに和んでんのよあんたたち、知り合いなの?」
中ドアから顔を出した女、たしか宮野麻衣だ。崩さずに着た高校の制服がえらく場違いに見える。しかも雑談に混じるような暢気な口調だ。
「知り合いっつか何つうか、永遠の敵っつか」
「どうでもいいけど、ささっとやっちゃいなさいよ」
宮野麻衣に指示されたナオトは「しょうがねえな」、と再び戦闘モードの顔に戻った。そしていきなり、ひきずっていたヘタ子の喉を鷲掴みにした。
手が野球のグローブ並みにでかいナオトの得意技だ。
片手でリンゴジュースが作れるナオトだが、まさか本気で絞めやしない。ただ本気で力をこめたら即死、という恐怖が相手の動きを封じる。
今もそうだ。ヘタ子はいつの間にか立ち上がっている。ナオトに喉を掴まれた今のヘタ子には一ミリの反抗もできない。どんなに怖くても、上へと促されたらおとなしく立ち上がるしかないのだ。そして動くたびに、頭部への血流が少しずつ減っていく。
ヘタ子の喉が、息を詰まらせて鳴った。
「悪く思うなよ八代目、早いとこ道あけた方がいいぜ。俺、喉潰すのなんて一瞬だし、死なない程度に、一生声が出ないようにすることもできる。わかってるよな」
こいつは、口調が優しいときほど危険だ。やることに容赦はない。
まずい。
宮野麻衣が甘ったるい声で絡みついてきた。
「それにしてもびっくりしたなぁ、戸田嶋早妃にこんな仲間がいたなんて、ねえ」
ひゃっひゃっひゃっという癖のある笑い声が周囲を凍らせた。こいつ、自分がやっていること、わかってるんだろうか。
でもマジで、この状況はまずい。
ナオトはやるといったらやるから、無理押しは危険だ。
いったん退却して策を練るか。いや、青木君の通報が成功していたら、そろそろ警察がきてもいいころだけど。
でもそれまで引き延ばしたらヘタ子が落ちてしまう……。
「八代目、どうするよ」
そのとき、頭上から、ダイソンのサイクロン掃除機が束になって襲い掛かってきた……、と、本当にそう思った。だって、天から降ってきたのはそんな轟音だったから。
その場にいた全員が空を見上げた。照明がまともに目に入り視界が真っ白になった次の瞬間、バリバリバリバリっと耳をつんざくような音がして激しく撃ち込まれた。
まさかだけど機関銃の掃射?
でも狙いは大きく外れて、ハイエースの左に二メートルほど離れた植え込みに一列の弾痕を作っただけだ。
いきなりの銃撃で現場は混乱した。
何人かがその場に屈み、何人かは電柱に隠れ、逆に助手席のドアは開いて、新手の覆面男が空を見上げた。
この混乱に乗じて海斗が走った。
海斗がナオトからヘタ子を奪ったのを確認すると、仲間の少年たちが壁となって追撃を食い止めた。
見上げると、斜めに上昇していた物体が再び急降下を始めていた。
今度ははっきりと見えた。大型の作業用ドローンだ。その機体の下部に機関銃らしきものが装着されている。
青黒く光る銃口が、再び火を吹いた。
けたたましい音と共に、今度は正確に、ハイエースに向かって撃ってきた。弾痕はアスファルトの上で弾け、続いてハイエースの屋根で弾けた。
ん?
弾けた?
プラスチック弾だ!
ぎりぎりまで高度を下げたドローンは再び上昇……、しきれずにハイエースの車内に側面から突っ込んだ。ヘタ子の救出が遅れていたら激突していたところだ。
ドローンは二列目のシートに跳ね返り、アスファルトの上に逆さまに叩きつけられた。銃身は外れ、モーターのひとつから煙が吹き上がった。
周辺に、機械油が焦げる刺激臭が漂った。
「あぁあ~」という悲痛な声が、背後の、最初に掃射した草むらの、さらにその奥にある木立のなかから聞こえた。
そこには、3Dゴーグルを掛けてリモコンを手にした青木君が立っていた。
君は、何やってん……。




