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花耶に振り下ろされた刀を止めたのは、灼だった。
「灼……」
花耶の声で無事を確認し、灼は安堵した。
「ふんっ‼‼」
力任せに斧を振り、大天狗を吹っ飛ばす。
「おりゃあ‼」
【!】
着地したところへ蓮の槍が突き出されるが、大天狗は刀で反らす。
【⁉】
そこへ、朧が接敵。
ザンッ。
振るわれる刀を避けきれず、翼を斬り飛ばされる。
「ッチ!」
確実に殺るつもりだったのか、舌打ちが漏れ出る。
「花耶! こっち! 春介さんも!」
視線を向けると、咲耶がいた。
大天狗の暴風の中でも、体重が重くない灼と蓮が動けているのは、咲耶も風調べで抑えていたからのようだ。
「《快癒》‼」
愛梨が春介の回復した直後、二人は移動する。
【咲耶……! 何故、奴らの側に……‼】
時雨は、憎々しげな視線を咲耶に投げかける。
「っ!」
見た事のない形相に、咲耶は怯えて言葉を出せない。
(兄ちゃん、花耶を本気で殺そうとしてた……)
脳裏に、かつての兄の顔が浮かぶ。
子供の時はよく遊んでいた。
やんちゃして怪我したら、自分が冷静になるほど心配して狼狽えていた。
花耶が近所の悪ガキに揶揄われた末に転ばされて、泣いて帰ってきた時は、木刀持って相手の家に行こうとしていた。さすがに木刀は取り上げられたが、父兄の迫力がありすぎたのか、次の日そいつらは謝りに来た。
元服した祝いの席で『民を守れる統治者になれるよう精進します』と言っていた横顔。
そんな、弟妹を可愛がっていた兄と、今の兄。姿は同じでも、表情や声音が違いすぎる。
(もう、元の兄ちゃんじゃないんだな……)
奥歯を噛み締めていないと、涙が零れそうだ。
(……っ! 感傷に浸ってる場合じゃない! 俺も風調べで、兄ちゃんの風を抑えないと! 花耶だけじゃ、負担が大きすぎる!)
咲耶は、さらに操る風を強くした。
結果、大天狗の風とほぼ相殺され、ほとんど凪の状態になる。
「……咲耶。何で、来たの?」
花耶は、咲耶にポツリと訊いた。
「お兄ちゃん、殺されるとこ、見ちゃうのに」
「……だからだよ。来なかったら、永遠に兄ちゃんに会えなくなる」
咲耶が言った。
おそらく花耶は、時雨が殺されるところを咲耶に見せたくなかっただろう。
しかし、この機会を逃したら、時雨と再会できず永遠の別れになる。咲耶は、それが嫌だった。
時雨の戦況は、だんだんと悪くなっていった。
戦闘能力自体は高い。生前、山護達に混ざって鍛錬していた。
しかし、今は千弦も含めて四対一の戦いだ。
天狗礫で攻撃の邪魔をしたり、後退させる。
時には、天狗礫で灼がふっ飛ばされる時もあった。しかし、愛梨が回復する。
隙を見て花耶や、回復役である愛梨を天狗礫で狙えば、春介が盾で守る。
蓮の攻撃は普通に躱せるが、直後の朧の一撃を避けきれない。
【何故だ‼ 何故、お前らは荷物にしかならない祓穢を守る⁉】
そんな時雨の――いや、化穢としての発言は、灼の怒りに火をつけた。
「テメー穢れで脳味噌腐ったのかよ‼ 花耶は、お前の妹だろ‼‼」
撃ち飛ばされても負けじと、声を張り上げる。
「よく見てみろ‼ 花耶も咲耶も泣いてんじゃんか‼ 兄ちゃんが殺されるのを、見てないといけねーから‼‼ お前が化け物として殺されるのが、めっちゃくちゃ辛いんだよ‼‼」
【っ‼】
一瞬、時雨は言葉に詰まる。動きが止まる。
視界の端に、花耶と咲耶の姿が映る。
天狗は目がいい。かなり離れていても、表情は分かった。
歯を食いしばって、唇を噛んで、目には涙を湛えていた。
自分が、見たくない顔だった。
だが、思い出しかけた兄心は、再び化穢としての本能が侵食し始める。
時雨のまわりに、岩が浮かぶ。
「「「「……っ!」」」」
「《水鏡》!」
花耶と咲耶は互いを守るように抱きしめ、千弦が二人の前に立つ。1番前に春介が盾を構える。春介の前と盾に水鏡が張られた。
しかし、天狗礫が撃ち出される事はなかった。
【ぐ……⁉ ぅが、ぁ……‼】
時雨は頭を抱え、蹲る。
込み上げる自分の物でない怒りを抑え込むように。
「お兄ちゃん!」
「兄ちゃん!」
「待って」
駆け寄ろうとする花耶と咲耶を、千弦が制する。
「……ごめんね。でも、今、行くのは危ない。あの人に、二人を傷つけさせるわけにはいかないよ」
説得に、花耶は俯き、咲耶は下唇を噛んだ。
ようやく落ち着いてきたのだろう。時雨は、翼の生えた鎧武者姿から大天狗の姿に戻った。
【……殺して、くれ】
時雨は、肩で息をしながら、朧に頼んできた。
【家族を、取り戻せぬなら、せめて殺したくない……】
時雨の本来の目的は、弟妹を取り戻す事だった。
しかし、それを叶えたら、花耶を消してしまう。咲耶を化穢にしてしまう可能性がある。
それだけは、絶対に嫌だった。
「……承知した」
朧は時雨の前に立った。
背中の傷は逃げ傷と呼ばれ、武士にとっては恥となる。
乱戦の中で翼を斬り落としてしまったが、せめてトドメぐらいは、向こう傷で終わらせてやろうとしたのだ。
刀を上段に構え、一思いに振り下ろす。
袈裟懸けに斬られた傷口から、黒い煙が噴出する。
時雨は膝をつき、彼岸花に埋もれるように倒れた。
「兄ちゃん‼」
「お兄ちゃん‼」
花耶と咲耶が駆け寄る。
風調べは止めた。なのに、完全な無風状態。
もう、時雨に敵意はなかった。
【か、や……。さく……や】
傍らに座り込むと、虚な目をした兄、時雨と視線が交わる。
【ごめん、な……。こわい、めに……あわせて。なか、せて……】
その表情は、元の兄と同じだった。
「私の、方が……‼ ごめんなさい……! 私、お兄ちゃんの事、最初、分からなかった……‼」
「俺も‼ もっと早く兄ちゃんの事、思い出せてたら……‼ いや、あの時、家でじっとしてれば!」
「私も、あの人の、異変に、もっと、早く、気づければ、咲耶を、止めてた、かもしれない……!」
後悔を口にする。
自分達が死んだ日、もし父親の言いつけを守って家にいれば。護衛の様子に気がつけていれば。
しかし、全ては手遅れとなっていた。
【…………】
もう、時雨は声を出せなくなっていた。
【!】
最期の幻覚だろうか。
花耶と咲耶の後ろに、両親の姿が見えた。
もう、魂は無いはずなのに。
幻覚でもいい。迎えに来てくれたと、思いたかった。
時雨の体が、黒い靄となる。
「⁉」
瞬間、黒い靄は花耶の体を包みこんだ。
「花耶⁉」
外で千弦の悲鳴じみた声が聞こえる。
しかし、その直後に、兄の声が聞こえた。
「コトリバコの呪い、俺が持っていく。花耶、幸せになってくれよ」
声が聞こえなくなると、靄は霧散した。
心配で駆け寄ってきたのだろう。みんな、花耶の顔を覗き込んでいた。
「花耶! 大丈夫⁉ 意識は⁉ どこか、感覚が麻痺してるとか、逆に痛いところはない⁉」
「大丈夫……」
矢継ぎ早に訊いてくる千弦に答えると、みんな安堵したようだ。
「……花耶。これ……」
「!」
兄の倒れていた場所に、三本の組紐が落ちていた。
二本は細かい編み目で、小綺麗な組紐。
もう一本は、ところどころ拙い印象のある組紐。
花耶と咲耶が作り、両親と兄に贈った物だった。
ずっと、時雨が持っていたようだ。
咲耶は、三本の組紐を拾い上げる。
「お兄ちゃん……」
「兄ちゃん……」
兄は消えた。
両親も、おそらくいない。
もう二度と、家族に会えない。
彼岸花畑に、悲泣の声が響いた。
終章に続きます。
また、プロットの見直しと修正の為、来週は投稿をお休みします。
終章1話は12月14日に投稿したいと思っております。




