その18
そして、春休みになった。春休みは、冬休みよりも短い。僕は、春休みの間中、落ち着かない、そわそわした気分で過ごした。暖かい日が多くなり、何か新しいことを始めなければ、というこの時期特有の焦燥感を抱いたせいもあるが、問題は別の所にあった。
春休みが終わると晴れて3年生になり、クラス替えがある。そのクラス替えが恐ろしくて仕方なかった。クラスはA組からD組まで、全部で4クラス。葉月さんと同じクラスになる可能性は4分の1だった。嫌な予感の方が強かった。
春休みの間、一度だけ葉月さんのものが移動してきたことがあった。それは、葉月さんの英語のノートだった。表紙の所にタイトルと、その右下に氏名が几帳面な丸文字で記されていた。中を捲ると、同じような丸文字の英文が並んでいた。
僕は電話を待ったが、かかってきたのは変な営業電話だけで、彼女からの電話が鳴ることはなかった。僕の方から電話をかけたり、直接葉月さんの家に出向きポストに返すこともできたが、それも躊躇われ、結局春休みの間中家の引き出しの中に仕舞われたままだった。
春休みが終わり、新学期が訪れた。嫌な予感は的中して、僕はA組、彼女はD組になった。教室の位置的にも、同学年の中では最も離れている。
新学期が始まってしばらくの間、僕は彼女とすれ違うことさえなかった。僕も彼女も休み時間に廊下を無闇に出歩くことはないから、当然といえば当然だった。同じクラスになれば、たとえ席が離れていてもその気配を何となく感じることができるが、教室が違うとそれもない。彼女に会いたければD組まで会いにいけばいいのだけど、そんな恥ずかしいことができるはずもなかった。
だから、僕はあの現象が起きるのを、心待ちに待った。だけど、あまりにもそのことについて意識し過ぎるとあの現象が起きづらいことは実証済みだった。なかなか瞬間移動は起きてくれなかった。




