その11
静子の言葉は正しく、担任の先生も含めて誰も2人の席の交換を指摘するものはいなかった。他の皆にとっては問題にするような出来事ではなかったのかもしれないが、僕にとっては大問題だった。
僕は、知らず知らずの内に後ろの席にいる葉月さんの方を意識するようになっていた。背筋が前よりもぴんと伸び、朝家を出る前に後ろの髪に変な寝癖がついていないかチェックするようになった。
2人が席を交換してから、しばらくの間あの現象は起きなかった。それはある程度予想していたことだった。意識している時、あの現象は起きない。僕らは、この席替えによってどういう効果がもたらされるのかに強い興味を抱いていた。
再びそれが起きたのは、席の交換をしてから1週間ほど経ったある日のことだった。
僕の机の上に、見覚えのある薄紫色のシャーペンがあった。紛れもなく、葉月さんのシャーペンだった。そのシャーペンは瞬間移動してくる確率ナンバーワンだったので、すぐに気付いた。ただ、現れた場所はいつものように机の左端ではなく、机の手前側、少し右寄りの場所だった。
葉月さんもすぐに気付いたようだった。彼女がはっとしたように顔をあげるのを、背中越しに感じた。
「やっぱり、席の問題じゃなくて、人の問題みたいね」
次の休憩時間、東村静子は言った。当然分かっていたというような、驚きのない口調だった。
「私のものが瞬間移動したら面白いと思ったんだけど、残念」
「でも、どうして私のなのかしら?」
葉月さんが言った。
「全然心当たりないの?」
葉月さんは首を振る。
「じゃあ、やっぱり原因は安城くんね」
「僕だって心当たりなんてないよ」
慌てて否定したが、東村静子の眼鏡の奥の黒目がちな瞳に見つめられ、何も言えなくなった。東村静子は何か言いかけたが、結局何も言わずに口をつぐんだ。
それから、葉月さんと東村静子はもう一度互いの席を交換し、窓のカーテンは再び絶妙なタイミングで開け閉めされるようになった。
数は減ったが、その後も葉月さんの持ち物の瞬間移動は起き続けた。




