その10
人は何にでも慣れる。僕も葉月さんも、いつしかその現象に慣れてしまった。1度、修正テープが必要な時に持っていなくてどうしようと思っていたら、突然机の左端に現れたことがあった。葉月さんのものだと思ったが、断りなしに使わせてもらった。彼女は何も言わなかった。
そうして月日が過ぎ、秋が深まってきたある日のこと、僕らの関係に変化が起きた。
「ねえ、葉月さん、ちょっとの間私と席を交換してみない?」
始まりは、昼休みに東村静子が葉月さんにかけたその言葉だった。東村静子は僕の後ろの席に座っている、眼鏡をかけておかっぱで、どんな時も表情の変わらない、とても大人しい女の子だった。真後ろの席に座っているというのに、この席になってからまともな会話を交わした記憶が1度もない。葉月さんと話しているのも見たことがなかった。そんな静子に声をかけられて、明らかに葉月さんもびっくりしているようだった。
「……交換? 別に、私はいいけど」
「あの現象が、席の問題で起きているのか、それとも人の問題で起きているのか、確かめたいの。安城くんも、問題ない?」
東村静子の言うあの現象が、僕と葉月さんの間で起きているあの現象を指しているということは明らかだった。僕ら2人の秘密の関係を他の誰かにも知られているというのは驚きだった。でも、東村静子は僕の真後ろの席に座っているのだから、気付いて当然といえば当然だった。
「……僕は、別に問題ないけど。でも、いいのかな。勝手に席を移動したりして」
いったん公式の場で決まった席を勝手に変更するのは禁忌の行為のように思えた。
「それは大丈夫でしょ。誰も私たちの座る席なんて気にしてない」
東村静子、無表情のまま言った。もっともだと思ったので、何も言い返せなかった。
昼休みの間に、2人の席交換はひっそりと行われた。
いつも僕の左隣には葉月さんの気配があったのに、その席に東村静子が座っている。それは、とても違和感のある光景だった。東村静子はカーテンの引き方が乱暴で、1度閉めると日が陰ってきてもカーテンを開けようとはしなかった。




