4-3 司法艦隊
「復讐ねぇ……」
「復讐らしいわ」
重力を切ったアレクサンドリアの航法室で、私たちはゆったりとたゆたっている。
「不毛だな」
「不毛よ」
くるくると回りながら、私は枝毛を見つけてはぷちぷちと抜いていた。
シュアはシュアで、腕を組んで何事か考えこんでいる。
「エイダは……。たとえば、俺が殺されたとしたら、復讐するか?」
ぷっと吹き出した。あまりの仮定に、笑いが止まらない。
「……シュアが? あなたを誰がどうやって殺せるっていうの」
「もし、だよ」
「想像できないってば」
けらけら笑いながら答えた。そんなこと想像できるわけがない。
「仮に、の話じゃないか」
「想像できないって言ってるでしょ!」
激昂して声を荒らげる。
体を丸め、耳を塞いで、無重力の中を急回転する。
「……すまん」
うなだれるシュアの背中にボールの様にぶつかって跳ね返った。押されたシュアも反対方向へ飛んで行く。
お互い、体の動きで、空中に静止して見つめ合った。
「でも、たぶん復讐したくなる。形のあるものなら。手が届きそうなら余計」
けれどと言葉をつむいでから、目をくりくりとまわす。
「彼女の相手は司法艦隊よ。普通の復讐とは違う。はたして、何がそこまで……」
「『星国の遺産』の中でも桁外れの存在だからな。なにしろ、ちゃんと動いてるんだから。組織として」
世に、星国の残せし三つの矛あり。即ち、聖院直卒艦隊、娼婦艦隊、司法艦隊を言う。
星国崩壊動乱において疲弊した各国は、未だにそれらの強力な武力に敵する力を持たない。
「そうね。しかも頑固だし」
「大まじめに『星国法は正当かつ有効である』と未だに主張しているやつらだからなあ。いや、もちろん、スーラの領域では有効なはずだが」
「うーん」
二人してうなる。
「仕事は受けるのか?」
「場所を教えてあげるくらいまでは。それからあとは……。まあ、そこまで面倒見る気はないわ」
「……本当に?」
シュアの問いに、一瞬答えられなかった。
「エイダは情に篤すぎるきらいがあるからな」
顎に指を一本あて、ぺちぺちと自分で自分を叩く。
「感情移入することを悪いとは思わないが、それでいつも通るわけじゃないんだぞ」
「……そうね」
ぺちぺち顎を叩く速度が速まる。ああ、苛ついてる自分が嫌だ。
ふと、彼は笑みを浮かべた。
「お前を護るのは、やりがいがある仕事だよ」
「ん……」
顎を叩く指が止まる。軽く壁面を蹴って、シュアが私のところまでやってきた。
「後ろには俺がいる。でも、前にいるエイダを心配しないわけじゃないよ」
軽く額にキスされた。子供扱いされているような気がしたが、いまは、その優しさに甘えていたかった。
†
依頼主であるセラとは、スサ星系外縁で落ち合うことになった。そちらに集中するために大急ぎで星系内の仕事を終わらせつつ、アレクサンドリアを加速する。
細かい操船はシュアにまかせ、私は書庫に籠もる事にした。
書庫への立ち入りの頻度は、シュアと仕事をするようになってから明らかに減っている。
かつてはアレクサンドリアの操縦からなにから一人でこなさなければならなかったため、一番扱いやすいここで作業を行っていたのだ。
いまはシュアがいるから、なにもアレクサンドリアと様々な意味で一体化して動く必要がない。
それでも、私の能力がより自由に発揮できるのはこの書庫だし、一人になれる環境もたまには欲しくなるものだ。なにより落ち着くし。
周囲にはエージェントが飛び回っているが、これは自分の一部と勘定してもいいだろう。
エージェントたちは、書庫の中では羽のある妖精のような姿をとっている。せっせとそこらの空間に浮かぶ情報――文字、映像、記憶、人格データ等々――を整理したり、他の情報に関連づけたりしている。
書庫の中の空間はどんな形にも展開できる様、何重にも折り畳まれているが、今日は『草原』を呼び出していた。
床は、ありとあらゆる星に存在する草花におおわれ、数本の高い樹に、実の様に情報が釣り下がっている。
その中で、文書は様々な文字が積み重なって黒い果実のようになっているし、映像はちかちか光りながら高いところをたゆたい、時折壁面に中身を映写している。
データは脈動しながら部屋を対流し、エージェントにつかまっては他のデータと結合したり、あるいは分割、圧縮されていく。
それまでやっていたレポートを仕上げ、ひょいと手をふると、部屋の隅で青紫のきのこと戯れていた推敲エージェントがいそいそと飛んできた。
半透明の羽をきらめかせ、うれしそうにきゃらきゃら笑っている。透明な、ガラス細工の様な体の中に、明るい菫色の光を秘めた、掌にのるほどの小人。
レポートの文字をくるくると丸めて、その妖精に向けて放り投げる。
受け取ると、そこら中をはねまわりながら文字と格闘し始めたので、邪魔邪魔、と手を振って追いやった。
ひゅっと鋭く息を吐くと、データの塊が、主に呼ばれた犬の様にすばらしい速度で飛んできた。実際、見た目も犬の様な形をしている……はずだ。
現物は見たことがないので、ちょっと変かもしれない。
牙が下顎を突き抜けているのは、クォ・ショウチン星系に住む原種に近い犬もそうだから、おそらく間違いないのだが、翼はテラ星域にいたころからあったのかなかったのか。
いまいちはっきりしない。
はしゃぐようにぶつかってくる首筋をなでてやると、形がばらばらと崩れて文字の塊となった。
渦巻きながら文字列はほどけていき、私の周囲をめぐる。その文字列の密度は薄いとはいえないものの、けして濃くはない。
ひとつ息をついた。
司法艦隊という存在はいやに有名なくせに、信頼に足る情報がきわめて少ない。
怪しげな噂や、頼りない伝聞証拠はあるものの、そこから築かれる全体像は、ちぐはぐな上、なおあいまいだ。
星国時代の活動はおぼろげに伝わるものの、どこまで信じていいのやら、誇大妄想的な逸話にまみれている。
それでも星国時代は公的な機関であるから、公文書などから全体像を想像することは可能だ。
その前身であり、基礎でもある司法官制度が部分的にでも初めて施行されたのが、星国暦1200年代初頭のこと。
それまで複雑に入り組み、各国家間でばらばらだった司法制度を統一し、星国の威の及ぶところ全てで運用できるように作り上げられた司法官制度は、星国法にのみ束縛される超特権集団を生み出した。
それが極端に堕落も腐敗もせずにすんだのは、ひとえに、その星国法の体現である星国という統治機構が強力かつ柔軟であったからだ。
極度に中央集権化された権力機構は、情報の分散すら許さず、司法官の動きひとつすら星帝がつかんでいるという状況を作り上げた。
もちろん、それに通常の人間なら耐えられなかったろうが、それを支えたからこそ星帝は唯一無二と讃えられたのであった。
司法官たちに具体的な『力』が付与されたのは、3000年代中期となる。星帝直卒艦隊を除く、あらゆる軍事組織に勝る武装をほどこされた艦隊は、星国支配下の国家間の戦争行為すら裁く力を手に入れた。
司法艦隊の誕生だ。
星国における統治の方針は単純明快。
通信と流通のための回廊及び識空間の基礎構築部分を除くあらゆるものは地域国家の自由に供したのだ。
地域国家の義務は、領内に存在する通信・交通拠点――『駅』の整備と、その数に応じた朝貢のみ。
領域は星国の承認さえ下ればいくらでも拡大でき、万が一それがぶつかった場合、星国はその解決を当事者にゆだねた。
その場合に解決策として取られた代表的な方法が裁判と軍事的行動の二つだった。
本職である裁判はもとより、紛争や戦争もまた司法艦隊が裁いた。
各国の軍隊を圧するほどの力を、彼らが持っていた所以だ。
また、移動能力を獲得した司法官たちは、広大な星国各地を縦横無尽にかけめぐり、各地で司法業務を遂行していった。
彼らは文字通り、星国法の体現者となって、あまねく銀河をめぐったのだった。
往時の星国で組織されていた司法艦隊は、途中廃止されたものを除けば十二。
最盛期には武装艦艇だけで四百を数えた。学究艦、都市艦などを含めると、のべ四千もの艦艇がその任にあたったという。
星国崩壊期において、各艦隊の運命はわかれる。各地の国家に吸収されたもの、新国家を形作ったもの、
そして、司法艦隊を続けたもの。
第一、第八、第十一、第十二艦隊の四つは、星国なきあとも司法艦隊たることを既知宇宙に宣言した。
つまり、彼らは星国という国家ではなく、星国法にこそ忠誠を誓っていたのだ。
四艦隊の内、第十二艦隊は歴史の闇に消えたが、三つの艦隊は未だに宇宙をさまよっている。星国崩壊二千年を経ても。
失われたはずの星国法を守り、銀河に彼らの正義を行き渡らせるために。
そんなことを、文字列から読み取りながら、私は思案する。
セラの求めているものは、第一艦隊の情報だ。
よりにもよって最も辺境をめぐる艦隊。
「うーん」
ぱちりと指を鳴らす。
部屋の中央に、見上げるくらいの大きさの球形の空間が現れた。その中に、既知宇宙の星図を現出させる。
アメーバがめったやたらに腕を伸ばした様な奇妙な空間図形が描き出される。
これが、人類が四万年に亘り観測し続けた銀河の姿。奇妙な姿をしているのは、人々が拡散し続けた結果であり、生存できる場所を求め続けた成果だ。
その星図の中を三つに塗りわけた。
銀河連邦に含まれる国々。
星国崩壊期に失われ、未だ回復しない退行領域。
そして、辺境に追いやられたスーラたち。
アメーバがさらに色とりどりに塗りわけられる。まるでウミウシのように美しく、毒々しく。
スーラの赤が外縁を覆い尽くし、中心には青に輝く連邦国家群。そして、その間を分厚く退行領域の漆黒が塗りつぶしている。
その厚さに目を奪われる。文明から退行し、つながりの失われた世界。
その何と広いことか。そして、連邦とスーラのなんと遠く……ちっぽけなことか。
現実の世界での、その距離、数百光年。
はっと気づき、ふるふると頭を振る。
ここで見入ってしまっても、なんにもならない。
その星図に、さらに一本の線を追加した。
知り得た限りの第一艦隊の航跡だ。しかし、所々ぶちぶちと途切れ、また別のところから開始されていたり、あるいはうすまりながら二つに分かれたりもしている。
第一艦隊は、この二千年間、連邦領域と退行領域の境界を移動し続けている。
退行領域に入ってしばらくするとその航跡は途切れてしまう。そして、何年か、あるいは何十年か後に、また連邦領域内で観測されるのだ。
現在その航跡は南方――中央星域から見ての便宜的な方向だが――の星域で途絶えている。十四年前にウェッソン星域に立ち寄ったのが最新の消息だ。
はたしてどちらへ向かったのか。
ウェッソンには既に詳しい情報を照会しているが、その答えが返ってくるのははやくても数年後になるだろう。
ウェッソンに向かえば、もっとはやく情報は得られるだろうが……。
「ウェッソン近縁の既知宇宙に向かうか、それとも退行領域に向かうか」
退行した惑星も含め、ウェッソンから数年で赴ける可住惑星は六つ。
もちろん、その全てに人が住んでいるとは限らない。すでに滅び去った星もあるだろう。
いくつかのパターンが考えられるが、それさえも、向かっている間に方向転換されたりしたらお手上げだ。
広大な宇宙で、なんの情報もなく相手を追いかけることは不可能に近い。
「……そういえば」
もう一度指を鳴らす。
第一艦隊を示す橙色の航跡に時折交わる緑の線が描き足された。
第八艦隊の航跡だ。
「第八艦隊は、現在バシレフスキスに逗留中……か」
第八艦隊は主に連邦領域の中の数百の惑星を、周期的に回っている艦隊だ。
そのコースは二千年間ほとんど変わっておらず、居場所もつかみやすい。
三艦隊は、基本的にはお互いに干渉しないが、情報や人員の交流を行っているらしいことはわかっている。
第八艦隊は、他の艦隊のために連邦領域の情報を調べ、提供しているのではないか。世間ではそう思われていた。
「ふうむ……」
第八艦隊の現在の居場所は、ウェッソンからは遥かに離れた北方のバシレフスキス。
第一艦隊との接点は約九十年も前で、その後のコースをつかんでいるかどうかはわからない。
しかも、第八艦隊を探って時間を無駄にしてしまうと、第一艦隊の消息はさらにつかみにくくなるだろう。
「手がかりは、なし」
ウェッソンに向かうしかないと心を決めた。
動き続けるのが私の信条。たとえ、そこに何があったとしても。
†
「おや、まあ」
観測データをアレクサンドリアから受け取って、思わずそう呟いていた。
しかし、確かにその船から、合流信号は発信されている。
となると、あれがセラ嬢の乗る船なのだろう。
「どうした?」
部屋を片づけていたシュアが、本をたくさん抱えて通り掛かる。あれを私の部屋にもってこようというのか?
ちょっと勘弁してほしい。
「これ見てよ」
言って空間に観測データから再構成した映像を映写する。
ずんぐりとした宇宙船が、宙に現れた。
進行方向に強く押し潰された、丸っこい船体。花びらの様に開いた推進部。
どこからどう見ても、星系内遊覧船だ。規模は遥かに巨大だけれど。
「これが依頼人の船か。鈍亀だな」
「そうね。お金だけはかかってると思うけど」
最高出力は申し分ないだろう。
大出力に過剰なまでの安全性こそが、遊覧船や旅客船の特色なのだから。
ただし、その出力のほとんど全てが後部の推進機関でまかなわれるため、急激な方向転換や自由な機動をとるためには、熟練した操船技術が要求される。
豪華で巨大だが、情報を追いかけたり、空間戦闘にはむいていない。
「武装は……あまりないように見えるが……。復讐とやらは、武力に頼るものではないということか」
抱えていた本をふわふわ浮かぶにまかせ、腕を組んでその船の映像に見入るシュア。
私は私で、船の外形からその出所を検索している。
「武力で司法艦隊に挑むような無謀な依頼人は怖すぎるわ」
「それもそうだ。しかし、この船、だいぶいじってあるな」
「うん。カチュエブスカヤ社製のハイネマン型かと思ったけど、外形が似てるだけで、その基本構造は違うわね。パッと見じゃわからないけれど……」
もしかすると、設計から起こした新造船なのかもしれない。
どれだけの金がかかるか考えるとくらくらする。アレクサンドリアですら、元は既製品なのに。
「ひとつ疑問なんだが」
ばらばらになった本を集め直したシュアが、何気ないふうに言う。
「あれだけの船を仕立てられる人間が、なぜ自らついてくるんだろう。いつ見つかるとも知れないというのに」
「そう……ね」
なんとなく、たくさんのことがひっかかる。
その船とランデブーするための軌道にのりながら、私は気をひきしめた。
「気をつけておきましょう」
それから、本を目一杯かかえ、顎で抑えながら歩み去ろうとする背中に声を投げる。
「あなたは、自前の船や艦隊を持ちたいと思ったことはないの?」
「アク自由傭兵艦隊とでも? よしてくれよ。俺は俺で手一杯さ」
おそろしいことでも聞いたかの様に肩をすくめて、彼は私の自室に向かっていく。
本をかかえながら肩をすくめるなんて器用な人。
「うそつき」
その背中をみつめて、ひとつ呟いた。




