1-9 陰謀
数日後。死傷者によって戦力が約半数にまで減少したものの、見事に山賊の首魁を捕らえたディック隊は、山岳地帯の拠点を後にし、東方国境警備隊の砦へと凱旋した。
砦に帰還して判明したことだが、別ルートを進んでいた右翼部隊百名は、道中一度も山賊の襲撃を受けることなく、ディックたちの凄絶な勝利と山賊壊滅の報告を後から受け取り、完全に無傷のまま砦へと戻ってきていた。
なお、先日の商隊は三箇所同時に襲われていたため、あと二つの山賊がいるはずであったが、その情報もディックとしては捕虜とした山賊から確認したいところだった。
ディックは武装解除した山賊の男たちを捕虜として連行したが、彼らの妻子である婦女子については、法的に捕虜とは扱わず、その場で自由を言い渡していた。
しかし、住処を失った彼女たちには行く宛てなどどこにもなく、結局はディックたちの後を追うようにして、自発的に国境警備隊の砦まで付いてきてしまっていたのだった。
ディックはそんな彼女たちを罪人として咎めることなく丁重に保護し、男たちの処遇について正式な裁判を受けさせるため、厳正な調査の記録を実直に書き進めていた。
ディックは彼らの命を保証するという約束を果たすため、山賊たちの助命嘆願書を添えて中央政府へ戦果報告を送った。
山賊討伐から無事に帰還した後、ディックは執務室に二人の男を順番に呼び寄せた。
まずは、あの黒人兵だ。春の防衛戦のドタバタで機会を逃し、今回の山賊討伐で命を救われたことをきっかけに、ついに執務室に呼び出して直接名前を尋ねようとしたのだった。
「見事な働きでした。あなたのあの大立ち回りがなければ、私は今頃ここにいなかったでしょう。以前にもあなたの名を伺いましたが教えてもらえませんでした。今回はおしえていただけませんか?」
心からの感謝を込めて問いかけたディックであったが、黒人兵の表情は硬いままだった。彼は静かに首を振る。
「自分はただの黒人兵です。名前などありません」
頑なにそれ以上を語ろうとしない彼に、ディックはそれ以上の追及を諦めた。しかし、その胸には彼の卓越した武芸への高い評価と、深い興味が刻み込まれることとなったのだ。
一方、黒人兵の胸中にも複雑な感情が渦巻いていた。
自分を色眼鏡で見ず、正当に評価しようとしてくれるディックという男に対し、敬意を抱かないわけではなかった。しかし、どれほど親身に接されても、ディックの立ち振る舞いや言葉の端々から漂ってくる貴族の匂いを、彼の鋭い五感がどうしても嗅ぎ取ってしまう。
その匂いが、彼に心の底からディックを信頼することを躊躇わせていたのである。
それでも、彼は与えられた任務の手を抜くような男ではなかった。むしろ、必要以上に完璧に任務を全うしようとする強い意志がある。それは彼が、戦場で同僚を失うことの悲しみや痛みを、人一倍深く理解しているからに他ならなかった。
黒人兵が辞したのち、手首を後ろ手にきつく縛られた山賊の首領が室内へと連行されてきた。
ディックはドギーに一度目配せをし、彼を退出させると、静かに口を開いた。
「あなたは元王国軍人ですか?」
「そんな事を聞いてどうする?」
「わかりました。では質問を変えます。あなたは元王国国民ですね。そのような方がどうして山賊などやっていたのですか?しかも妻子もいらしたようですが」
「お前には無関係だが、まあ教えてやろう。俺等は確かに元王国の国民だったさ。そして山賊ではない。このあと仕官するからな。まあ信じたくなければ信じなくてもいいさ」
「仕官ですか、それは私にはよく分かりませんが、仕官と商隊襲撃に何の関係が?」
「そこは俺が話すべきではないだろう」
「聞こえてきた声からすると全員、王国標準語訛りでした。ということは全員、王国人、ということは貴方の家の方々、親族や仲間ですね」
「それがどうした?」
「ということはあなたが山中で言っていたこと、つまり、貴族に裏切られて、ということに関係していそうです。何があったのですか?」
「話してどうする?どうなる?お前のような若造に何が出来る?意味のないことだ」
「わかりました。では、次の質問にはぜひお答えください。なぜ商隊を三つも同時に襲ったのですか? もし元王国軍人なら分かるでしょう。三つも商隊が襲われれば、絶対に王国軍は黙っていません。商隊の被害は王国の損害です。一つの商隊くらいならその損害と軍事行動の予算を天秤にかけるでしょうが、三つなら即時に全軍へ判断が下る。あなたにも理解できるはずだ」
「だから何だ? お前たちは視野が狭いな。商隊が三つも襲われればどうなる?共和国は困るだろう?」
「そうですね、共和国も困るし王国も困る。王国は得られるはずの利益が吹き飛びますからね」
「それだけか?共和国は困るだけか?」
「共和国は困るはずです。買い付けたものが来ないなら一方的に損をします」
「他には?」
「共和国は被害者として王国に強く物を言えます」
「まだ足りんな」
ディックは言葉が出なくなった。これ以上何も思いつかなかったのだ。
「おい、若いの。脳みそまで筋肉で出来ているようだな。若い軍人というのは皆そうだ。剣は強いが頭は固い。共和国が困るなら共和国だって商隊護衛を出してもいいだろうに出していない」
「分かりません、教えて頂けませんか」
「そうだな、もう少しだけ教えてやろう。共和国は山賊が商隊を襲って失敗しても傷つかん。そして成功すれば外交的に極めて有利になる。王国に対して警護不行き届きを指摘できるしな。そして襲われること前提で多めに穀物を買い付けたため食料不足もおきん」
ディックの脳裏に激しい電撃が走った。
「もしかして帝国ですか。帝国が山賊のふりをして商隊を襲う。だが帝国の山賊とバレたら以前の二の舞となるため帝国は認めない。共和国は帝国を責められない。だから共和国はどこからか山賊出没の情報を得て穀物を多めに買い付けた」
そうか、ガルディニア帝国が山賊の裏にいて、更にそれを知ったヴァルディス共和国がうごいていたのか!ディックの頭の中で幾つかの事柄が繋がった。
最前線の堂々たる軍人でありたいと願うがゆえ、ディックは謀略や陰謀といった裏の画策に関しては、まだ経験が浅く未熟であった。
「若いの、なかなかだな」
そこで会話は途切れた。
国家間の謀略に疎いディックでも、そこまで言われれば察することができた。この謀略の主は帝国である可能性があるのだ。もちろん頭から信用するには確証が足りない。しかし、その可能性に気がつくことが出来ただけでも収穫と言えよう。
そもそも商隊が襲われれば、真っ先に疑われるのは対立する帝国である。しかし山賊を雇う際に帝国政府が直接契約するわけがない。幾つもの人や商人などを仲介して依頼者がまったく分からない状態とするだろう。そんな状態で共和国に詰められても証拠がない以上、共和国も外交的に追い詰めることはできない。
さらに輸入品は売買契約を結んで代金を先払いしている以上、輸出国が責任を持って国境まで届けなければならない。それができない場合、輸出国は全額返金の上に賠償金や営業利益を保証するための金銭を支払わなければならなくなるのだ。
つまり山賊襲撃により帝国は穀物を手に入れ、共和国側の商人が賠償金を受け取る。損失は一方的に王国が被るのだ。本当によく出来た謀略だとディックは思った。
しかし、実際には山賊を雇ったのは共和国であり、帝国は一切無関係だった。しかしそれを目の前の若造に教えてやる義理はない。共和国とすれば帝国に山賊の罪を着せ、王国と帝国との間が不安定になることが最大の利益なのだ。更に山賊経由で裏の穀物在庫を持てたのだ。すべての利益を共和国が掻っ攫ったと言っていいだろう。
ディックは深く息を吐き、おもむろに尋ねた。
「なるほど、帝国を許す気持ちになれません。しかしあなたはこの謀略をすべて理解した上で乗ったのですか? それとも仕官を条件にこの話に乗ったのですか?」
「俺は昔、王国軍を追い出され、家族ごと国外追放されたのさ。それも上司の罪を被せられた冤罪でな。だから王国にはきちんとお礼をしないとならないんでな」
「あなたの剣技を見て確信しました。王国宮廷剣術をあれほど見事に身につけていらっしゃる貴殿を、私はぜひ味方に迎え入れたい」
「馬鹿を言っちゃいかんぞ、若いの。とは言え俺もまだ若いんだが、まあいい。俺は王国を心底恨んでいるんだ。お前の味方になる気など一切ない」
「王国を恨むな、とは申しません。しかし一緒に王国を良くすることはできるかもしれません」
「何だと!お前はまだ、こんなに腐りきった王国を良くすることが出来ると思っているのか?」
「もちろんです。王国にはあなたを陥れたような卑劣な貴族ばかりがいるわけではない。懸命に田畑を耕す者も、家族を守るために働く者もいる。貴族の中にも戦災孤児の面倒を見る家がありますし、平民と奴隷の苦境に手を差し伸べる人もいます。そんな人たちが暮らす国だからこそ、俺は守りたいんです」
「それは見解の相違だな」
「わかりました。最後にお名前を」
「偽名と本名、どっちを聞きたい?」
「どちらでも構いません」
「ベイク・ランスリーだ」
ディックは言葉を失い、強い衝撃を受けた。
ランスリー伯爵家!王家とも幾度となく婚姻を結び、近衛兵団長を代々輩出してきた王国屈指の名門。しかし数年前、一族全員が突然謹慎処分となり、幼い傍流の少年が家督を継いだあの事件の・・・。
「そこまでだ、若いの。命を大切にしたければ、それ以上は考えないことだな」
二人の会話は、そこで完全に途切れたのだった。
ディックはこれまで裏で起こっている事や謀略などはあまり縁がない、と思っていたがこうやって目の前で謀略の結果を見せられると、どうしても考え方をその方面にまで伸ばさないとならなくなる。しかしディックはまだまだ剣術でも戦術でも編成などでも未熟であった。それなのにさらに裏の謀略まで考えなければならなくなる、とても気が重くなった瞬間であった。
それから約二十日後、王都の中央軍上層部から届いた非情な指令は、「山賊は全員、見せしめとして即刻処刑せよ」という冷酷なものだった。
王国の軍人として、中央からの絶対命令に背くことは許されない。しかし、自らの言葉を信じて武器を置いた者たちの命を、騙し討ちのように奪うことは、ディックの気高い魂が絶対に許さなかった。
砦の執務室で、頭を抱えて激しく苦悩する主人の姿を、ドギーは冷徹な目で見つめていた。
本当にお優しい坊っちゃんだこと。
ドギーは坊っちゃんの苦しみを文字通り「片付ける」ため、その夜、捕虜収容所の地下室へ足を運び、拘束されている山賊の若き首領と非公式に面会したのである。
「ディック様はお前たちの処刑命令が下ったことで、酷く心を痛めておられる。だが、あの御方はどこまでも生真面目だ。軍の命令を公然と拒絶することはできない」
ドギーは感情の失せた声で、首領の縄をナイフで切り裂いた。
「今夜のうちに部下を引き連れ、この砦から脱獄しろ。北の帝国へ逃げるか東の共和国へ落ち延びるかは任せる。逃亡に必要な路銀と最低限の武器は、私がここに用意してやる。・・・・・・残される女子供に関しては、処刑命令の対象外だ。ディック様が責任を持って、この地で安全に保護することを保証しよう。お前が落ち着いたら呼び寄せるんだな」
若き首領は自由になった手首をさすり、ドギーの冷たい仮面を見つめた。そして軽く頭を下げて感謝を示したのだった。
脱獄の闇へ消え去る直前、ベイク・ランスリーは振り返ってドギーに不敵な笑みを漏らした。
「ディックってのは、どこまでも律儀で行き過ぎたバカだな。だが嫌いじゃないぜ。俺がまだまともな貴族だった頃に、あんなバカに一人でも出会えていれば・・・・・・俺の運命も違っていたかもな。ボギーだったか、お前もあの若いのが気に入ってるようだな」
夜が更けた頃、国境警備隊砦の外周の明かりが、何者かによって水をかけられ、不自然にいくつか消灯した。更に当直兵には山賊討伐の祝いだから、ということで酒が振る舞われた。酒で盛り上がっている隙をつき、闇に乗じ、山賊の捕虜たちは一人も残らず鮮やかに逃亡を遂げたのである。
「坊っちゃん、今回の逃亡で准尉以上は全員、三ヶ月の減給処分となったそうですな!」
「そうか、それは良かった!」
「良くありませんって!」




