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ヒュービック大陸興亡記  作者: 田中好雄
第7章 王都攻防戦
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7-12 暗殺

最高司令官ディック・ブライトン少将の突然の死を受け、総勢五万前後に減少した帝国軍は完全に戦闘意欲を失い、全面退却の準備に入った。そしてディックが率いた堂々たる軍としての撤退を後方参謀サトウがドギーのもと、完璧に差配してみせたのだった。


帝国軍の撤退の意思を見届けたクリスは、最速の伝令を飛ばし、帝国領へ逆侵攻していたシロタ少佐の別動隊へ向けて即時帰参命令を発した。


しかし、嵐が去った後のアルカディア王国には、山積みの課題が残されていた。食料貯蔵の見直し、壊滅した王都城壁と城門の修復、国内数万の重傷者の治療、大量の戦死者の搬送と弔慰金の定・・・。さらに、大惨劇によって凄惨な死を遂げた大量の門閥貴族家の相続整理と、逃亡貴族の捕縛と処分。


そして、クリス、シロタ、ロラン、タチバナそれぞれの「復讐相手」がどのような最期を辿ったのかの最終確認。王都の中枢を担っていた特権政治家や行政官たちが戦死したことによる、国家運営の人材の穴埋め。それらの作業は果てしなかった。


応急的な指揮系統だけが整えられた戦争終結の翌日、クリスに対する臨時総司令官としての臨時任期は公式に解除され、クリスは軍人を退役して再び議員へと戻ることとなった。山積みの課題は何一つ解決していなかった。だが、国家運営を再開するためには、まず新たな最高責任者を決めねばならなかった。そして国王陛下から王城の奥深くへ極秘裏に呼び出された。


「クリスティ・ギャロット退役中将。この度は我が王都を未曾有の破滅から見事に守り抜いてくれた。余から最大の賛辞と感謝を伝え、そして退役の身ではあるがそなたを退役大将に任じよう。我が王国において約七十年ぶりとなる国王以外の大将の地位だ。退役だがな」

「はっ。身に余る光栄にございます、陛下」


現役大将は国王ただ一人だが、退役後の名誉階級として大将位を授けられた例は過去にも存在した。 国王は青ざめた老顔を深く歪め、苦渋の声を絞り出した。


「しかし、先の戦乱により、我が国は国政を担うべき人材のほとんどを失ってしまった。国政も軍政も完全に機能停止に陥っている。そこでだ、ギャロット」


国王はクリスの瞳を強く見据えた。


「この度の動乱で首席宰相を初めとした貴族政治家たちの多くも神の元へ召された。よってそなたに、臨時の首席宰相を引き受けてもらいたい。非常時だ、議会選挙などやっておれる状況ではない。どうだ? 引き受けてくれるか」


クリスは冷徹に問い返した。


「お受けいたします。その臨時任期の期限は、いつまでとなりますでしょうか」

「たった今この瞬間から、余がもう良い、と判断し、新たな議会が発足するその日までだ」

「ははっ! このクリス・ギャロット、全生命を賭して王国の再建に尽力いたす所存にございます」


こうして軍の頂点を降りた直後のクリスは、国家最高の政治権力たる「首席宰相」の座を手に入れた。 胸元には、宰相の証たる黄金の徽章が輝く。


これにより、クリスは国家行政の最高決定権を得て、軍に対しても文民統制の立場から命令を下せる身となった。


さらに先の戦乱で議会議員の大多数が死亡し、議会は定足数を満たせず、事実上機能を失っていた。国王は究極の超法規的措置として「首席宰相クリスが行政の長を担いながら、一時的に貴族院と衆民院の長も兼任する」という、事実上の独裁体制の構築を許可したのである。


クリスの頭上を遮るものは、もはや「国王」というただ一つの存在を残すのみとなった。国王陛下から下命された日の夜、タチバナはクリスに問うた。


「クリス様、復讐は成し遂げられましたのに、なぜ国王陛下からの下命をお受けになられたのですか?」

「なんだ、そんな事を聞くのかタチバナ」

「いけませんの?」

「いいや、構わん。お前は俺が前に話したことを覚えているか?」


それはクリスが子供の頃に実父から聞いた税金の使い道、についてのことだった。


「俺はその時、選挙に立候補している人から聞いたのだ。税金の使い道は議員が決める、と。そしてな、大人になったら税金の使い道を決められる議員になるのだ、と思ったのだ」

「はい、それは聞いたことがありますわ」

「復讐だけなら、もう終わった。だがな、タチバナ。俺が憎んだ連中を殺したところで、同じ仕組みが残っていれば、いずれ第二、第三の俺が生まれる。それでは何も終わっていない」


タチバナは驚きを隠せなかった。自分は復讐が最大の目的であり、復讐を遂げた後のことは考えたことがなかった。恐らくロランもシロタも同じだろう。しかしクリスだけは違ったのだ。復讐の後にはその根を潰す。


「ではクリス様は貴族がほとんどいなくなった今が貴族制度を潰すいい機会だと?」

「まあそうだな。貴族制度を潰すなら今しかないだろう」

「ひいては王国も?」

「いや、王国まで潰す必要はない」

「ですが、王家もまた特権を持つ存在では?」

「だから特権は取り上げる。だが王家そのものを潰して何になる? 平民の多くは王家を敬っている。それをわざわざ敵に回し、長年続いた王国そのものをひっくり返して、新しい国の形まで俺が考えるのか?面倒なだけだ」

「では、王家は残されると?」

「政治に口を出さないならな。王でいたいなら好きに王でいればいい」

「クリス様、その目的達成のため、私に出来ることは何なりとお手伝いいたしますわ」


そして、クリスが首席宰相と議会の代表を兼務した、最初の日の夜のこと。 王城の静寂の闇の中で、ひとつの事件が勃発した。


実は、戦死したディックは王城に対して一つの「最悪の置き土産」を残していたのだ。王城の地下に存在する「秘密の隠し通路」。王都南門周辺を調査していた帝国兵は、王室の記録から失われた古い隠し通路の出口を偶然発見していた。報告を受けたディックは、王都総攻撃の直前、ベイクへ密命を下した。


「ベイク、隠し通路を使って国王夫妻を拉致してきてほしい。降伏させて帝国の庇護下に入らせるため、もしくは国王の子弟を人質にとるためだ。どうしても無理であれば、その場で国王夫妻を殺害してくれ」


それは、王室の記録から失われていた、もう一つの古い隠し通路だった。帝国軍は王都包囲中、その出口を偶然発見していたのである。


密命を受けたベイク・ランスリーは水と乾燥食だけを携えた選りすぐった十数人だけを率いて隠し通路に入り、機会を伺って丸三日間を耐えていた。そしてついに、壁の向こうから年配の男女の睦まじい声が漏れてきたのである。壁の隙間から覗くと、豪奢な夜着を纏った国王夫妻の姿があった。


「突入せよ! 国王を拉致する!」


ドガーンッ!!


石壁に偽装された隠し扉が内側から打ち破られ、ベイクたちが寝室へ雪崩れ込んだ!


「何者ぞ! アルカディア国王たる余の前に、何用か!!」


凛と立ちはだかった国王であったが、ベイクの顔を見た瞬間、目を大きく見開いた。


「ライツか。ライツ・ランスリー伯! 久しいな」

「いいや、俺はベイク・ランスリーだ。ライツの息子さ」

「なに、ライツの息子か! そっくりだな。ライツは自ら共和国へ亡命していったのだったな」

「あんたは何も知らんのか? オヤジは他の貴族から罪を着せられ、処刑される寸前に逃げたんだよ!」

「何と! それは知らなかった。私はライツを信頼していたのだ。ライツの息子よ、王国に戻って私の元で働かんか?」


ベイクは吐き捨てるように冷笑した。


「オヤジに罪を着せた貴族を放っておいたアンタがよく言うぜ。反吐が出る」

「では、お主は何をしにここへ来た? 私を殺しにか?」

「いいや、アンタを誘拐して帝国に行くさ」

「そうか。ではな、奥方は許してやってくれ」

「いいだろう。おい、連れて行け!」

「はっ!」


その時、廊下から激しい足音が響いた。


「陛下! 陛下、ご無事ですか!?」

「ちっ、追手か。おい、国王を連れて行け!」


ベイクは王室の家具を倒して火を放ち、隠し通路を通って外へと脱出。縛り上げた国王を馬車に乗せ、帝国軍との合流を急いだ。

しかし合流先でベイクが耳にしたのは、ディックの戦死という衝撃の報せであった。


「ちっ、ディックが死んだか。ならば帝国を儲けさせる理由も、国王を誘拐する意味もなくなったな」


ベイクは馬車の国王に向き直った。


「お前を誘拐する理由がなくなった。苦しんで死ぬか、苦しまずに死ぬか、選ばせてやろう」


国王は静かに尋ねた。


「私は死なねばならないか?」

「そうだな。そういえばお前の奥方は死んだそうだ。俺が最後に放った火の煙を吸い込んだそうだぞ」

「そうか。お主の父には悪いことをしたからな、その罰であろう。・・・・・・私としては、逃がしてほしいのだがな」

「お前を逃がして、俺に何の利益がある?」

「うーむ、私には分からん。だが、私を殺さず帝国か共和国へ連れていくのはどうだ? 王位を失ったとしても、私はまだ死にたくない 」

「オヤジが罪を着せられ、国を追われたことすら知らずに王座へ座っていたあんたの首なら共和国へ持ち帰らなくても、俺個人には十分な価値がある。では、選んでもらおうか」

「分かった」


国王は静かに受諾し、ベイクの手によって神の元へ送られた。 ベイク自身は目的を果たし、静かにヴァルディス共和国へと帰っていったのである。


こうして、ひとつの時代が静かに終わりを告げたのであった。


帝国軍の侵攻、迎撃、双丘戦、王都防衛戦、そしてディック・ブライトンの死と国王陛下の死。これらすべての出来事は後日、詳細な報告が軍上層部へあげられ、更に関係者からの聞き取り調査などを経て全てが王国全軍司令部記録処の中堅担当官、リノス・ヤーヴェア少尉三十四歳によって詳細に記録され、王国軍書物庫に納められた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第7章ではブライトン兄妹の悲劇とクリスの復讐完遂を描きました。

次章は復讐を終えたあとのクリスを描きます。どうぞご期待ください。


もし本作を面白いと感じていただけましたら、ページ下部の星マークからの評価や、感想をいただけると励みになります。

引き続き『ヒュービック大陸興亡記』をよろしくお願いいたします。

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