7-9 攻城
クリスは信頼するロランを最後で最強の槍として温存した。そしてタチバナにはとある密命を下した。
クリスが掌握した王都防衛兵力は、左翼軍二万、右翼軍残兵一万、中央軍残兵約一万。あとは臨時兵が数千といったところであった。
全権を掌握した臨時総司令官クリス中将は、即座に王国軍の全兵員へ向けて、魂を揺さぶる「最初の訓示」を発した。
「全軍、静聴せよ! 私は今朝、国王陛下より軍の臨時総司令官に指名された、クリスティ・ギャロット中将である!」
凛としたクリスの冷徹な声が、広場と司令部に響き渡る。
「皆も知っての通り、我が軍において通常、総司令官という職は退役間際の老いぼれに与えられる名誉職に過ぎん。だが、私の場合は違う! 実権を伴う、事実上の全軍最上位の指揮官である! 私の上には国王陛下しかおらず、私に並び立つ者は王国軍にただの一人も存在しない。以後、戦場における私の命令は国王陛下の勅命に等しい。死力を尽くしてこの未曾有の国難を乗り越えよ!」
一呼吸置き、クリスは氷のように冷たい眼光で居並ぶ幹部たちを射抜いた。
「私はこの国難を乗り切るためであれば、手段も身分も一切問わない。よって、血統や家柄といった今までの生温かい習わしなどは完全に無視する! 無能な上司の下に有能な部下はなし。自らの無能を自覚する上席は、今すぐ指揮官職を辞せ。ただし軍務から逃げることは許さん。能力に相応しい階級へ降り、一兵として前線で働け。私の下で相応の能力を示せない者には、その場で死が与えられるものと思って仕事をすることだ」
クリスはその言葉通り、王国の歴史を根底からひっくり返す大鉈を振るった。肌が黒いというただそれだけの理由で最下層に留め置かれていたロランを、上等兵から六階級上の中佐へ特進させ、その配下へ五千人もの軍勢を与える大抜擢を行った。
かつて東方国境警備隊時代のディックもロランを正当に評価しようとしたが、当時の身分の壁に阻まれた。だが、いまや全権を握るクリスには、軍法と慣例を力ずくで踏み越える権限があった。
「なっ・・・・・・黒人兵を一気に中佐だと!?」
「狂っている! 礼節も血統も無視か!?」
この身の毛もよだつ超実力主義を突きつけられ、自らの能力に自信のない老齢の門閥貴族や無能な指揮官たちは、戦地での即座の処刑を恐れてこぞって軍事務局へ駆け込んだ。
「辞任させてくれ! 退職を申し出る!」
しかし、クリスはそれらを冷酷に一蹴した。
「却下だ。自分の無能を認めたのなら上等兵になって前線へ行け」
貴族たちの階級を剥奪し、強制的に最前線へ引きずり出したのだ。
さらにクリスは、有能な秘書官シロタを少佐へ昇進させ、「軍情報部首席参謀」に据えて自らの絶対的な知恵袋とした。矢継ぎ早に人事を断行したクリスは、シロタの籠城計画の実行に移った。
「ロラン中佐、シロタ少佐。実務を指揮せよ」
「はっ! クリス様、いや、総司令官閣下! このロラン、命に代えても期待に応えてみせます!」
自分たちと同じ平民から一躍中佐へ登ったロラン中佐の姿を見て、平民兵たちの士気は狂熱的なまでに跳ね上がった!
シロタが立案した戦略の核心は、極めてシンプルであった。
「まず全軍を集中して包囲網の一角を食い破り、外部からの食料搬入路を確保します。突破に成功した後、別動隊を秘匿してきたキャメリート街道から北上させます。帝国領から帰還して南下する別動隊と、王都の残存軍で帝国軍を南北から挟撃します」
開けた「野戦」の舞台へ引きずり出し、泥沼の中で決着をつける。だが、帝国での過酷な権力闘争を経て怪物へと鍛え上げられたディック少将もまた、クリスの読み通りの生温かい展開を許す男ではなかった。
「報告! 王国軍の新たな総司令官にクリスティ・ギャロット中将が着任いたしました!」
クリス着任の翌日、ティーツー要塞の司令部で、密偵からの報告を受けたディックの全身に激しい戦慄が走った。
「何だと!? クリスが、あのクリスが軍の総指揮を握っただと!?」
「は、はい! クリス中将は全軍統帥権を握り、平民兵のロランを中佐へ特進させ、凄まじい軍制刷新を行っております!」
ディックの顔から笑みが消えた。彼は即座に立ち上がり、司令部の地図を叩いた。
「方針を全面変更する! 悠長に冬を待つな! 今すぐ二万を王都の『南部城壁前』へ集結させろ!」
「ディック様、どうされましたか?」
「スパイク、お前はクリスティ・ギャロットを知らんのか?」
「お名前だけは聞いたことがありますが」
「そうか。ならいい。ここは俺に従え」
「そ、総司令!? 突然どうされたのですか! 先ほどまでの長期包囲の構えとはまるで違いますが・・・・・・!」
動揺する大佐たちを、ディックは睨みつけた。
「南部は敵の視線を引きつけるための大規模な陽動だ! 南部への猛攻を開始した直後、本隊をもって『北部城壁』への全面総力攻略を開始する! 損害を恐れるな! 今日中に何が何でも王都の城門の一つを力ずくで叩き割るぞ!」
「し、しかし・・・・・・これまでの包囲戦術であれば無傷で勝てたのですぞ!?」
「黙れ!」
ディックは机を拳で打ち砕かんばかりに叫んだ。
「王国に本物の悪魔が還ってきたのだ! あの悪魔に我々の内腑を食い破られる前に、こちらから力ずくで城壁ごと食い破らねば、我々は必ずこの戦いに負けて帰る先は帝国ではなく神の元になるぞ!」
「は、ははっ!!」
総司令官の尋常ならざる危機感は前線へ伝播し、帝国軍の陣形は凄惨な速度で変貌していった。包囲していた約六万五千の兵力を、北と南の二大攻城部隊へ分けた。南部へ二万を回し、残る四万五千をディック直率の北部攻城軍とした。
ドドドォォォンッ!!
「な、なんだ!? 帝国軍が急に南部城門へ押し寄せてきたぞ!?」
「包囲をやめて突撃してきた! 応戦しろぉッ!」
帝国軍は攻城梯子と大盾を前面へ押し立て、城壁一帯へ波状攻撃を仕掛けた。南部守備隊は本命の総攻撃と誤認し、王都各地から増援をかき集めた。
戦術の主導権を一瞬で奪われた王国軍は後手に回り、各地の悲鳴のような防衛指令に追われることとなった。
そして、南部での激戦が始まってわずか半刻後。本命である王都「北部城門」において、ディック直率の本隊による総力攻城戦の火蓋が切られた!
「全責任はすべて私が背負う! ただ前へ進め!」
ディックの咆哮とともに、ヴァルディス共和国の技術で作られた三基の巨大な「破城槌」が前線へ押し出され、鉄板で補強された巨大な木製城門へ凄まじい質量で激突した。
ドスーーーン!! ドスーーーン!!
「ひいぃぃっ! 城門が揺れているぞ!」
「火矢を放て! 破城槌を燃やせぇッ!」
城壁の上から無数の火矢が降らされ、破城槌の屋根が燃え上がるが、帝国兵たちは狂ったように水を含ませた厚布を叩きつけて執念で消火した。一基目は火矢で炎上し、二基目もやはり火矢で燃え始めていた。それでもディックは三基目を前へ出した。
同時に、ディックは巨大な弩砲による超長距離からの射撃を連続で敢行。城壁上の狭間や胸壁を狙って長大な矢を撃ち込み、周囲の弓兵ごと薙ぎ払い損害を与えていった。
「梯子をかけろ! 登れぇッ!」
城壁には無数の攻城梯子が架けられ、帝国兵が蟻のように押し寄せる。油を注がれて燃やされ、突き落とされながらも、帝国軍の猛進は二刻以上、ひたすら狂気のように続けられた。
城壁の真下には死体の山が築かれていた。 泥と血にまみれて倒れる若い兵士たちを見て、ディックの胸は悲痛に引き裂かれた。
「すまない・・・・・・すまないみんな・・・・・・! だが、ここで退くわけにはいかないのだ・・・・・・!」
悲痛を押し殺し、ディックは鬼神の如き形相で大音声を張り上げた。
「進めぇ! 我らの未来はあの城門の先にあるぞ!!」
すべては、あの悪魔クリスを打ち破るため!赤黒い夕刻の光が戦場を染めた頃。 最後に残った三基目の破城槌が、爆音とともに北城門の閂をへし折った!
バリバリバリッ! ガガーンッ!!
「閂が折れたぞ! 城門が開いたぁぁッ!」
「突き進めぇぇぇッ!!」
勝ち鬨の雄叫びを上げる無数の帝国兵たちが、ついにアルカディア王国の絶対防衛線の内側へ怒濤の如く雪崩れ込み始めたのである!
定石を無視した死に物狂いの猛攻は、確かにクリスの初手を上回った。軍権を握って二日目、ディックが数万の犠牲を辞さない超短期決戦へ賭けるとまでは読み切れなかったのである。だが北城門が破られた瞬間、クリスはすでに、その失敗を第二の罠へと組み替えていた。
そして帝国軍の司令部では一人の若手軍人が司令官ディックに謝罪をしていた。
「ディック・ブライトン司令官。今までの非礼をお詫びいたします」
「うぬ?何のことだ?」
「私はとある方に命じられ、ディック様が帝国を裏切ったときには亡き者とするように言われておりました」
「まあ皆まで言わなくてもいいぞ。だいたいは分かっていた」
「何と、重ねてお詫びいたします」
「ところで何故今になって詫びを入れるのだ?」
「は!私はディック様が王国へお戻りになりたいのではないか、いずれ帝国を裏切るのではないかと疑っておりました。しかし今日まで、ずっとお側で見てまいりました。そして今、あなたは王都の門まで打ち破った。・・・・・・もう疑いようがございません」
「お主もはっきりとものを言う奴だな。でもまあ嫌いではない」
「は!申し訳ありませんでした。これよりは監視役としてではなく、私自身の意思でディック様にお仕えいたします」
これまで監視対象として見続けてきた男を、この日初めて、ジロフは自らの意思で上官として仰いだ。
こうして帝国軍司令部内ではひとつの小さな和解があったのだった。
「タチバナはいるか?」
「はい、クリス様」
「城門が破られた。あとは繊細な敵軍誘導が必要だ。腕を見せてくれ」
「お任せください、クリス様」




