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ヒュービック大陸興亡記  作者: 田中好雄
第7章 王都攻防戦
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7-6 裁判

「クリス様、ティーツー要塞が落ちました」

「何!早いな。さすがは白銀の騎士様だ」


クリスはそうつぶやき、シロタはこの後の王都の混乱が目に見えるようだった。

ティーツー要塞陥落という衝撃の悲報が届いた王都は、まさに阿鼻叫喚の大混乱に包まれていた。


「出ろ! 家財道具を積め! 帝国軍が来るぞ!」

「お願いです、僕を軍隊に入れてください! 国を守りたいんです!」


脱出を試みる群衆と、悲壮な思いで臨時兵募集へ押し寄せる平民たち。 逃亡を図る特権貴族に対しては、王室から貴族庁を通じて即座に苛烈な動員令が下された。


「これぞ王都の危機である。すべての貴族は一丸となって帝国軍と戦い、王室に対する日頃の多大なる恩義を証明せよ!」


退路を断たれた貴族たちは逃げ出すこともできず、せめて財産だけでもと女子供に金目の物を託し、郊外の別荘地へ極秘裏に逃がすのが精一杯であった。そして同じ混乱は、聖導教会の各所でも広がっていた。


「神よ、どうか我らをお救いくだされ・・・・・・!」

「神父様! 寄付金をいくら払えば、聖導騎士団が最優先で守ってくれるのですか!?」


しかし皮肉なことに、誰よりも真っ先に全財産を抱えて逃げ出したがっていたのは、他でもない教会の神父や司教たちだったのだ。何と言っても、攻めてくる帝国軍を率いるのは「あの」ディック・ブライトンなのである。 十年前、王都を恐怖に陥れた「覆面兵団」の暴動を覚えている彼らは、本能的に悟っていた。


「これは・・・・・・我ら聖導教会に対する復讐だ・・・・・・!」


司教や神父たちが荷物をまとめて逃亡を開始しようとしたが、ディックがそれを許すはずもなかった。 要塞攻略の遥か前から、ディックは王都へつながるすべての主要街道に検問所を置く計画をたてていたのだ。


「全軍に命じる! 要塞攻略と同時に、王都へつながる主要幹線のすべてに強固な検問所を構築せよ!」


ディックの厳格な声が司令部天幕に響く。


「目的は、王都から逃亡を図る王族、貴族、政治家、行政官、高級軍人、そして何よりも教会関係者を一人残らず捕縛することだ。捕らえた後は交渉の人質にするも良し、身代金を取るも良し。一般平民や奴隷も含め、許可なき出入りを完全に遮断しろ!」


主要な四つの街道には異常な速度で検問所が築かれ、通行人の厳重な身元確認が始まった。自分たちが巨大な鳥籠の中に囚われたと知り、王国民は絶望に打ちひしがれた。


一方、包囲網を敷いたディックは、王都の壁を力押しで攻め急ぐ気など微塵もなかった。


「ドギー、後方からの糧食の進捗はどうか?」

「万全ですぞ、坊っちゃん。ベイクの野郎が経済官僚の権限をフルに使って、共和国の貯蔵食料を大量に買い叩いて回してきております。数日後には追加の輜重隊が届きますな」

「そうか。ならば焦る必要は全くない」


ディックは冷笑を浮かべた。


「秋が深まり、極寒の冬が来れば、外部からの供給が止まった王都の方から勝手に干上がる。無理に城壁へ兵を突撃させる必要などないのだ」


ディックは王都の四門を完全に封鎖。さらに、かつての記憶から王城の「秘密の逃走用隠し通路」の出口を逆算し、伏兵を潜ませた。その上で、ディックは王都に向けて一人の使者を遣わした。 国王宛ての手紙には、教会の喉元を抉る痛烈な内容が記されていた。


「元アルカディア王国民、ブライトン伯爵家出身、現ガルディニア帝国軍少将ディック・ブライトンより申し伝える。王国軍が即座に無条件降伏するならば、国王陛下の命だけは保証しよう。 また、降伏とは別に、聖導教会のすべての司教および神父は、直ちに王都の城壁の外へ出てくるよう要求する。我が司令部において簡易裁判の上、適切な処罰を与えるものとする」


この布告が王都内に知れ渡ると、民衆の怒りは一気に爆発した。


「そうだ! 我が国がこんな目に遭っているのは、あの腐りきった教会のせいじゃないか!」

「神父どもを叩き出せ!」


聖導教会が長年築いてきた権威は、一夜にして大きく揺らぎ始めた。


民衆の暴発を恐れた王国政府は、教会関係者の身柄を差し出すことで、ひとまず帝国軍との交渉を継続する道を選んだ。教会を守って王都内部で反乱を起こされるより、彼らを切り捨てる方がまだましだと判断したのである。


使者を遣わした翌朝。 王都の巨大な城壁の前には、ずらりと青ざめた教会関係者たちが並ばされていた。

ディックは一般平民にこの「裁判」の観覧を許可し、血気盛んな二百人の若者を選び出して逃亡防止の監視役に当たらせた。


民衆の憎悪の視線が突き刺さる中、ディック少将による冷酷な簡易裁判が始まった。ディックは並んだ司教らの中で、かつて実家に出入りしていた見覚えのある一人の司教を冷たく指差した。


「そこの司教に聞く。貴様ら教会が平民の女どもから莫大な寄付金を巻き上げて行ってきた、あの処女膜再生儀式とやらは、本当に医学的な効果が存在するのか? どのような神の薬が使われているのか、今すぐ私の前で見せてみろ」


問いただされた司教は、背後に控える帝国兵の鍛層剣の輝きに青ざめ、揉み手をしながら答えた。


「ディ、ディック様! もちろん、確かな効果がございますとも!」

「ならばその薬を見せろ。今持っていないと言うなら、部下に取りに行かせれば済む話だ」

「いいえ、ここにはございません! あの薬は神より与えられし至高の秘薬! 神聖なる再生儀式のまさにその瞬間にのみ、神の御手によって初めて奇跡的に生成されるのです!」


どこまでも神の名を騙り、のらりくらりと罪を逃れようとする態度に、ディックは完全に痺れを切らした。


「そうか。では好都合だ。ここにその儀式を希望する女がいる。必要な寄付金はすべて私が支払ってやるゆえ、私の目の前で、今すぐその神薬とやらを生成し、再生儀式を行ってみせろ。できぬのであれば、貴様らの儀式はすべてただの嘘であると断定する」


司教は逃げ場のない奈落へ追い詰められたことを悟り、ガタガタと震え出した。


「デ、ディック様! 儀式を執り行うためには数日間、神殿で祈りを捧げる必要がございます! 今ここですぐに、という訳には!」

「そうか。ならば、貴様自身が今すぐ神の元へ赴き、その神薬とやらを作ってくるがいい」


ディックが冷酷に言い捨て、ドギーに短く目配せをした。ドギーは配下の大柄な兵士に合図を送った。


ドスッ・・・・・・!!


「ひいいいっ!?」


鋭い風切り音とともに鍛層剣が真横に閃き、司教の処刑が執行された。平民たちから悲鳴が上がったが、教会を擁護する声はただの一言も上がらなかった。ディックはたった今、神の元へ召された司教を一瞥もせず、隣で腰を抜かしている別の司教へ冷徹な視線を移した。


「次はお前の番だ。今ここで神薬を作って儀式を証明するか、それとも証明せずに今すぐ神の元へ行くか、どうする?」

「ひ、ひぃっ! ディ、ディック様! 神薬は、あ、あ、ありまぁす!」

「わかった。では今ここでいつもやっている通りに神薬を使ってみせろ。おい!希望する女を連れてこい」

「い、いや、その、ここではできません」

「何故だ?」

「きちんとしたお祈りと教会の部屋でないと・・・」

「斬れ」

「ぎゃあぁぁぁッ!?」


また一人の司教が血の海に沈んだ。 そして、ディックが三人目の司教に指を向けたその瞬間。


「おのれ、この悪魔の手先め。神を冒涜する異端者め!地獄へ落ち―― 」

「斬れ」

「ぎゃあぁぁぁッ!?」


そしてディックが四人目の司教に指を向けたその瞬間。


「ディック様ぁぁッ! 本当のことを! 本当のことを申し上げますからお許しくださいぃ!」


四人目の司教はボロボロと涙を流し、激しく地面に額を擦り付けた。


「あの処女膜再生儀式など、すべて最初からデタラメです! 処女膜が再生するなどあり得ませんし、神薬などというものは我々が金銭を騙し取るためにでっち上げた真っ赤な嘘っぱちでございますぅぅッ!」


その決定的な自白が響き渡った瞬間。


「「「うおおおおおおッ!!」」」


周囲を取り囲んでいた平民たちから、大地を揺るがすほどの怒号が沸き起こった!


「やっぱり嘘だったんじゃねえか!」

「俺たちの金を騙し取りやがって!」


ディックは冷酷に唇を歪めた。


「残された司教と神父どもに告ぐ。今この場で、処女膜再生儀式以外の教会のすべての不正、横領、騙し取りの真実を洗いざらい白状するならば、我が帝国軍の名にかけてこれ以上、神の元へは送らん。しかし、未だ嘘を吐き続ける者がいるならば、その身をあの血に飢えた平民どもの前に放り投げてやる」

「言います! 全部言いますから助けてくださいぃ!」


狂乱する民衆を恐れた司教たちは、我先にと地面へ額を擦り付け、長年隠蔽してきた醜悪な不正の数々のすべてを競い合うように自白し始めたのだった。


城壁の上からその様子を見下ろしていたロランは、低く呟いた。


「ディック様も、完全に変わられたな」


城外での公開裁判の詳細が王都内へ伝わると、怒りに我を忘れた平民や最下層の奴隷たちが大群衆となり、全域の教会施設を襲撃した。 聖導騎士団は圧倒的な数の暴力の前に装備を捨てて逃亡。王都の教会はことごとく略奪され、火を放たれ、夜空を赤く染めながら灰燼に帰していったのである。


高台からその燃え盛る光景を見下ろしていた政治家クリスは、冷酷に口角を上げた。


「ふん。少しはディックのことも、認めてやってもいいかもしれんな」


城内で燃え盛る火の手を冷静に見つめるディックのもとへ、さらなる動きがもたらされた。 王城の隠された小門から、一団の使節が姿を現し、声を上げたのだ。


「帝国軍総司令官、ディック・ブライトンに告ぐ! 我らと和議を結ぼうではないか! 貴殿は教会への復讐を完成させたのだ、もはや攻め立てる大義名分はないはずだ!」


馬を進めてきたのは、ディックが誰よりも知る男であった。


「兄上」


現ブライトン伯爵家当主である実の兄が、高圧的に見下ろして言葉を紡ぐ。


「ここで軍を引き揚げろ、ディック。そうすれば、お前がアルカディア王国へ無罪で帰参できる道を私が用意してやらんこともない。誰もがお前の不憫な境遇に深く同情してだな、」

「兄上」


ディックは冷酷に遮った。


「いつにも増して、よくそれだけ舌が回るものですね。もうその辺りで、おやめください」

「な、何だと!?」


ディックは傍らに控える精鋭弓兵へ短く指示を出した。「当てるなよ」と。そして弓から矢が放たれた。


ヒュンッ・・・・・・ドスッ!!


「ひやぁぁぁッ!?」


足元近くの地面へ黒羽の矢が深々と突き刺さった。 恐怖に顔を歪ませたブライトン家当主は、悲鳴を上げて門の奥へ逃げ戻っていった。


ふん・・・・・・安っぽい親心や肉親の情で、ディックの復讐が消えるはずがないだろう。遠くから見ていたクリスには、全てが分かっていた。そう、もうひとつの、『本物の切り札』を除いては。


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