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ヒュービック大陸興亡記  作者: 田中好雄
第7章 王都攻防戦
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7-5 要塞

初戦の大規模平原戦闘において、王国中央軍の息の根を事実上止めたガルディニア帝国侵攻軍総司令官、ディック・ブライトン少将は副官ドギーへ向けて次なる軍令を下した。


「全軍に半日・・・・・・六刻の休息と部隊再編を命じる! 兵站の補給を急げ!」


さらにディックは、近隣の村々へ伝令を走らせ、村は襲わない。王国軍の捕虜を受け入れてほしい。村に酒があれば高額で買い取る、として備蓄されていた大量の酒を正当な対価で買い取らせ、司令部へ持ち帰らせていた。決して潤沢な量ではなかったが、労いの言葉と共に各部隊へ公平に振る舞われたのである。


「野郎ども! ディック少将閣下から勝利の酒の差し入れだぞッ!」

「うおおおッ! 乾杯!大尉・・・・・・いや、ディック大将軍に栄光あれ!」

「美味い! 最高の酒だ! 閣下のためなら、明日死んだって構わねえぞ!」

「死ぬな! 勝って生きて帰れ!」

「冗談ですよ上官どの!」

「これでいい女がいればなぁ!」

「そりゃ無理だ!いや、今回はいるんだったな!女が」


初戦の大勝利という興奮冷めやらぬ中、決して上等な酒ではなかった。だが、勝利の後に飲む一杯は、兵士たちには何よりの美酒だった。適度な休息と酒を与えられた帝国兵たちの士気と忠誠心は、熱狂的なまでに跳ね上がった。


また、娼館から借り受けて従軍してきた女の天幕には目ざとい者が早速出向いて汗を流した。時間が限られてはいたが女たちは多くの収入をこの時にも得たという。


半日後。輜重隊と直属部隊を含む約九万の帝国軍は再編を終え、再び王都へ向けて進軍を開始した。


進軍を続ける帝国軍の視界の先。 ついに王都を守護する陣地、双丘要塞ティーツーがその不気味な姿を現した。二つの丘は、もはや自然の地形には見えなかった。斜面には幾重もの石壁と逆さ杭が巡らされ、頂上には丸い監視塔がそびえ立つ。二つの要塞は谷を挟んで向かい合い、相互に矢を射かけて死角を補えるよう設計されていた。


「見えてまいりましたな、坊っちゃん。あの因縁の丘が」


並走するドギーが、馬上で目を細めて呟いた。


「ああ。十年前の侵攻で帝国軍が陣を張り、王国軍を苦しめた二つの丘だ。あの後、王国軍が莫大な予算を投じて大規模な改修を施し、堅牢な双子要塞へと生まれ変わらせたはず」

「要塞の前面にはリアレンド川。無視して王都へ直進すれば、背後から追撃され、帝国からの補給路を完全に遮断されますな」

「そうだ。王都を包囲する前に、まずはあのティーツーを何としてでも完膚なきまでに叩き潰さねばならん」


ディックは帝国へ亡命した八年前から、幾度となくティーツー要塞の攻略を脳内で演習し、スパイクと作戦を練り上げてきた。そして今、実戦の舞台で自らの戦術を証明する時が訪れたのだ。


通常の手順であれば、ティーツー要塞は難攻不落であった。 北側のレアレンド川を渡河し、急斜面を這い上がらねばならない上、唯一の出入り口は川とは反対側の「中腹の死角」にしか口を開けていない。斜面を登ろうとすれば、矢の雨、熱湯、沸騰した油、そして燃え盛る巨大な丸太が転がり落ちてくるのだ。


「スパイク、ティーツー要塞の攻略作戦の概要はまとまっているな」

「は!」


ディックは平原戦後も戦列に残った約七万二千の実戦部隊を四群に分けた。先日の戦いで帝国軍にも死傷者が出て実戦部隊八万はおよそ七万二千にまで数を減らしていた。


「主力六万は急流を渡れ! 二万ずつ三群に分かれ、要塞の東・西・南を封鎖せよ! 残る一万二千は北側、川の対岸へ布陣しろ!」


ディックの手際よい指示と裏方サトウによる采配により、ティーツー要塞は人員も物資も一切出入りできない「完全封鎖網」の中に閉じ込められた。


長引く食糧難のせいで満足な備蓄がなく、自軍の少なさを自覚していた要塞守備隊は、完全に内部へ引き篭もった。さらに王都からは「一日でも長く持ちこたえよ」と指示が出ていたため、余計に立て篭もる心理が強まったのだ。


帝国軍は戦端を開くことなく、まず完全包囲を成立させた。


「少将閣下! 要塞の屋上から、鏡の反射を使った光伝令で王都へ信号が放たれております!」

「放っておけ。物理的に光は遮断できん。王都へ増援要請が入るなど、最初から織り込み済みだ」


報告に来た伝令を送り出すと、ディックは次の手を発動した。


「風上を選び、大量の煙を噴き出す樹木を山積みにしろ! その中に例の毒草を混ぜ込むのだ!」

「毒草? あの、かつて下町の戦いで使った記録がありましたが、あれですか。吸い込むと『全身の手足が痺れて麻痺する』というあの悪魔の草木ですな!?」

「そうだ。あの毒煙を、風下の双子要塞へ容赦なく流し込め!濃度を誤るな。殺す必要はない。監視所から退かせ、手足を鈍らせれば十分だ」


ゴーッ・・・・・・!


風に乗った濃密で不気味な白煙が、ティーツー要塞全体を覆い尽くしていった。


「ゴホッ! ガハッ・・・・・・なんだこの煙は!?」

「目が、目が痛い! 足に力が入らん・・・・・・麻痺してくるぞ! 毒煙だぁッ!」


ディックは煙を隠れ蓑に、要塞側面へ複数の横穴を掘り進める「土竜作戦」を開始した。


「掘れ! 掘り進めろ!」

「この丘は天然の土山だ! 内部の防衛が薄い部屋の壁へ必ずブチ当たるぞ!」


土竜隊には、水と薬草汁を染み込ませた厚布で口鼻を覆わせた。さらに、全方位を取り囲む帝国軍の残りの部隊は、掘削音を隠すために夜昼問わず叫び声を上げ、見張り穴や矢眼に向けて無数の矢を雨あられと射かけ続けた。

しかし王国軍も必死であった。まず煙の発生源に向かって集中的に矢を射かけ、煙をいぶらせ続けられないようにした。そして斜面に取りつかれないように上から丸太、岩などを転がして落とし、帝国軍に出血を強いていった。


二日目、王国軍も地下から響く掘削音に気づいた。


その夜、王国軍守備隊は暗闇に紛れて斜面を下り、坑道の入口を突き止めた。入口を守る帝国兵へ奇襲をかけ、支柱を破壊して坑道を崩落させる。内部で作業していた土竜隊は、土砂の下へ生き埋めになった。

だが、彼らも死に物狂いだった。残った兵士たちは素手と鍬で土を掻き出し、翌朝までに辛うじて外への通路を復旧させた。


そして王国兵は夜、雲が垂れ込めた瞬間を狙って帝国軍野営地に夜襲を仕掛けた。要塞と王都を結ぶ街道に陣取る帝国軍に対し、決死の夜襲であった。


神罰病を恐れて出撃を拒む兵も多かった。そこで守備隊司令部は、成功者へ多額の恩賞を約束し、決死隊を募ったのである。雲が月を覆った瞬間、決死隊は要塞を飛び出し、王都街道を封鎖する帝国軍陣地へ襲いかかった。


帝国軍もディックから夜襲に備えるように伝令を受けていたため対応は出来たが万全ではなく、多くの死傷者が出てしまっていた。


そして要塞内司令部では敵軍の土竜部隊に対する対策が検討され、結果として待ち伏せ作戦をするしかない、と結論付けられた。それは土竜が貫通するであろう部屋を割り出し、罠と兵をおき、徹底してその土竜の出口で敵を防ぐ、というものであった。


そして帝国軍が土竜作戦を開始してから三日目。ひとつの土竜が内部の部屋に到達し、壁にわずかな穴が穿たれた。その瞬間、要塞内部で待ち構えていた王国軍兵士が小さな穴から土竜の穴に火矢を射ち込み、部屋から即座に粘土で穴を塞いでしまった。坑内の帝国兵は必死に火を消そうとした。だが、矢には油を染み込ませた布が巻かれており、容易には消えない。 また土壁を突き崩して火に土をかけて消そうとしたが、粘土で固められた壁は容易に崩れず狭い坑道に炎と煙が充満し、酸素が奪われた。酸欠のため何人もの兵士が斃れた。


ディックは地上部隊へ斜面からの陽動攻撃を命じ、弓兵には要塞上部を制圧射撃させた。その間に坑内の死傷者を後方へ運び出し、新たな土竜隊を再突入させる。


「報告!横穴の一本が、第一要塞の内部にある『兵員宿舎』の防壁を完全に突き破り、その部屋を占拠しました!」


兵員宿舎へ突入した帝国兵は、押し寄せる王国軍の反撃を少数で食い止めた。坑道から増援が一人、また一人と到着するたび、確保した足場は着実に広がっていった。


「よし!」


内部への侵入口さえ作ってしまえば、どれほど頑丈な外壁もただの「石の箱」に過ぎない。

しかし王国軍も要塞にこだわりすぎている訳ではなかった。

第一要塞の下層部を奪回できないと悟った守備隊は、上層へ退いた。


「第一要塞を捨てる! 第二要塞へ総員退避!」


兵士たちは階段と連絡路を駆け上がりながら、下層の各部屋へ油壺と柴束を投げ込んでいった。最後の兵が退避した直後、火矢が放たれる。

次の瞬間、要塞内部が巨大な炉と化した。

帝国軍が開けた土竜坑が空気を吸い込み、要塞中央の縦穴が巨大な煙突となった。炎は轟音を上げて下層から上層へ駆け上がった。

そして第一要塞守備兵は要塞を駆け下り、第二要塞へ登って退避していった。もちろん帝国兵からは容赦のない弓矢が射掛けられ、多くの王国兵が斃れていった。

だがこうしてふたつの要塞の内のひとつが完全に放棄され、王国軍は残された要塞の上部と内部に集結したのだった。


「坊っちゃん、ここまでの要塞攻略戦で約千の兵が死亡、約千五百の兵が負傷しました」

「千か・・・・・・多いな。だが、正面から攻め上がっていれば、その十倍では済まなかった。負傷兵は後送しろ。戦死者の遺品も一つ残らず回収せよ」

「は!」

「次は残った要塞だ。どうする?スパイク」

「先に少将閣下のお考えを聞かせて下さい」

「そうだな、最初の土竜を気付かれたのも失敗だった」

「そうですね。土竜は既に対策されてしまいました。土竜は不意打ちが効きますが予測されてはあまり効果的ではありませんからね」

「次は水攻めはできそうか?」

「いえ、さすがに気づかれます。相手は高いところから見張っていますからね」

「では全周囲から攻め上ろうか」

「犠牲がかなり出ます」

「うむ、ではどうする?」

「いっそのこともうひとつの丘は無視して王都に攻め上りましょうか」

「でも要塞兵が我々の後背をつくだろうし輜重隊も動けん」

「ですが要塞に兵力を温存して王都を見捨てれば、それこそ軍法会議ものです。必ずどこかで出陣してくるはずです」

「敵が要塞へ残り続けたら?」

「王都を見捨てた臆病者として処罰されます。残れば政治的に死に、出れば軍事的に不利になる。どちらを選んでも我々に損はありません」

「なるほど。要塞を落とすのではなく、要塞そのものを無価値にするのか」

「そうだな、それでいこう」


スパイクの案は次のようなものであった。まず残った約七万の帝国軍は部隊を二つにわけ、五万で王都に攻め上り、残り二万は輜重隊を護衛する。要塞兵は王都を守るために移動するか帝国軍の輜重部隊を破るために移動しなければ戦力として意味がなくなる。


そしてスパイクの計算では帝国軍の「神罰病」が効果を発揮し、既に要塞に立てこもった王国兵は多くて三万、少なければ一万程度しかいないだろう、と予想された。


「兵糧攻めではどうか?」

「要塞はかなりの大きさがある丘です。要塞の中がどこまで掘られて食料が保管されているかわかりません。下手をすると数ヶ月から半年とかかかることも考えられますが、やりますか?」

「いや。この要塞戦で終わりならそれでもいいが、この後にまだ王都もあるんだ。時間はあまりかけたくないな」


こうしてスパイク案が採用され、帝国軍は二手に分かれた。そして五万の兵を率いるのはディック・ブライトン大将軍であり、二万の兵で輜重部隊を守るのは実戦部隊をここまで率いた帝国軍のテスティック大佐であった。


翌日、ディックは帝国軍部隊を再編し、作戦を開始した。その結果、無惨な姿を晒すティーツー要塞がリアレンド川の南に残っていた。


そして帝国軍が要塞から移動を開始した頃、要塞内の王国軍司令部では対策が話し合われていた。


「司令官、残存兵力は約二万です」

「帝国軍は?」

「五万が王都へ。二万が東へ向かいました。東の軍は輜重隊を守るものと思われます」

「王都へ入るには五万を突破せねばならん。だが輜重隊の護衛なら我らと同数か」

「はい。輜重を焼けば、王都へ向かった五万も戦えなくなります」

「よし。全軍で東へ出る。帝国軍の腹を断つぞ!」


双丘要塞ティーツーは、まだ陥落していなかった。だが、その守備兵は自ら堅牢な壁を捨て、帝国軍の仕掛けた平野へ出ようとしていた。要塞を落とさず、要塞を無力化する。それこそが、スパイクの描いた第二の攻略法だった。


そしてディックが五万の兵を率いて王都へ向かい、帝国軍大佐が二万の兵を率いて東へ向かった翌日。ティーツー要塞に残った王国軍二万が東に向かって出撃した。諜報員を放ち、帝国軍二万と帝国輜重部隊を探し、撃滅するためである。


スパイクはその瞬間を見逃さなかった。


王国軍が要塞を離れた報告を諜報員から聞いたスパイクはすぐさまディックに知らせて行軍を止めた。そして一刻ほど進軍をとめ、その間にサトウに命じて五万の帝国軍から一万の足の早い騎馬兵、そして別の一万の歩兵を切り出して再編した。


追加の諜報員からの報告を確認し、ディックは号令を発した。


「騎馬兵一万は直ちに東へ向かえ。輜重隊を護衛するテスティック大佐の二万とともに王国軍二万を挟み込んで壊滅させよ。歩兵の一万は直ちに北へ戻り、ティーツー要塞を占拠せよ!」


スパイクは敵の出撃に備え、五万の中に騎兵一万と歩兵一万をあらかじめ独立運用できる形でサトウへ再編を指示していたため、これほどの短時間で次の作戦へ移行できたのだった。


帝国軍のテスティック大佐に率いられた二万と王都へ向かったはずの騎馬兵一万に挟み撃ちされた王国軍二万はまたたく間に数を減らした。


守備兵を失った第二要塞には、帝国軍の歩兵一万が抵抗もなく進入した。監視塔から王国旗が引きずり下ろされ、代わって帝国旗が掲げられた。双丘要塞ティーツーは、壁を破壊されたのではない。守る者を奪われることで陥落したのである。


そして帝国軍輜重部隊を狙った王国軍は大打撃を受けつつ何とか帝国軍の囲みを食い破り、残兵約一万は傷つきながらもティーツー要塞に戻ると、要塞は既に帝国軍によって占領されていた。仕方なく残った王国軍は何とか秩序を保ったまま王都へ撤退することとなった。


輜重隊を囮に使ったスパイクの作戦は成功したのだった。


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