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ヒュービック大陸興亡記  作者: 田中好雄
第1章 初指揮
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1-6 商隊

「准尉」へと昇格したディックには部下としてドギーを含めた二十四人が配属された。彼にとっては、初めて得た直属兵であった。この二十四人をどのように配置し、動かすのか。

「ドギー、皆を集めよ。それぞれ兵士のことを皆で聞いていく」

「坊っちゃん、聞いてどうするんですか?」

「例えば剣の腕前が良ければ前に出すし剣より弓が得意なら後方に置いて弓を使わせる。料理、医療の経験があればそれに適した配置ができよう。足が速ければ伝令、眼が良ければ諜報、色々とあるんだ。家族構成も聞いておきたい。戦死した場合、残された家族に誰が知らせ、誰が支えるのかまで把握しておく」


「家族構成まではやり過ぎではないですかな」

「何を言う。王国民あっての王国だぞ。民を大切にしない国に未来はない!」


そうして配下の兵から様々な話を聞き、できるだけ適材適所を考えての配置を行い、訓練に明け暮れた半年となった。

王国北部国境地帯には早い秋が訪れ始めていた。秋にはまず霊峰マウント・ヒュービックの山頂が白く染まり、その下の山肌が赤く色づく。そしてその下には濃い緑が映える美しい三段紅葉が見事であった。

そして実りの秋が訪れると、東方北部国境警備隊には毎年恒例となっている「商隊護衛」の時期がやってきた。昨年は新入隊であったため商隊護衛からは外されたが今年は商隊護衛を言い渡された。隊舎の廊下を並んで歩きながら、ドギーが書類を提示するように口を開く。


「ハァ、今年もやってきましたな。秋恒例の商隊護衛の時期ですぞ」

「ああ、穀物の輸出だな。秋の収穫物は例年以上の規模になると聞く」


アルカディア王国は穀物を中心に豊かな農業生産力を誇り、その多くの産品を近隣諸国へ輸出することで莫大な外貨を獲得していた。その輸出品を運ぶのが無数の商人たちが徒党を組んだ商人集団である。

ドギーは窓の外、国境街道へと続く道に視線をやった。


「王国の都市部と平野部は比較的安全ですがねぇ、この低山の山岳国境付近となると話は別ですなぁ。これらを狙う凶悪な山賊どもが頻繁に出没しますからな」

「貴重な外貨収入源を守り抜くことは、王国にとっても軍にとっても最優先の責務だ」


ディックは新しく身につけた准尉の階級章にそっと手を触れ、自身の率いる二十四人の部下たちの顔を思い浮かべた。


「商隊護衛ですか。ですがね、相手は山賊だけとは限りませんぞ、坊っちゃん」

「坊っちゃんはやめろ、何度言ったら分かる?」


ドギーが周囲を警戒するように声を落として言った。


「常に食料の略奪を狙うガルディニア帝国も、我が国の収穫時期を狙って国境を越えてくることがありますからなぁ」

「だが、一度商隊の形を組んでしまえば、帝国軍とておいそれと手を出すことはできないはずだ」


ディックが冷静に指摘すると、ドギーはニヤリと口元を緩めた。


「まさにその通りでしたな。過去に一度、王国内の商隊を襲った帝国軍が、ヴァルディス共和国から手痛い外交の追及を受けたことがありましたな」

「共和国へ届くはずの輸出品だったな 」

「左様でございます。両国の間には陸の国境がなく海で隔てられておりますが、帝国には水上軍が存在しません。力づくで解決できぬ以上、外交戦に頼るほかありませんでしたが……外交力で生き抜いてきた共和国に対し、武力頼みの帝国では勝負になりませんでしたな」


その手痛い外交上の敗北以来、帝国軍は輸出入のための商隊を一切襲わなくなったのだった。


「それ以来、我が王国でも商隊を巧みに配置して帝国の侵入を防ぐという、国家防衛戦略そのものに商隊を組み込むようになりましたがな」

「なるほどな。商人たちの移動そのものが、帝国に対する盾というわけか」


国の思惑と複雑な外交関係が絡み合う国境の情勢に、ディックは改めて思考を巡らせるのだった。

東方北部国境警備隊は、管轄地域を通過する大規模な商隊を十の集団に分割した。

そして、それぞれの集団の護衛に各准尉を割り当て、一隊につき二十五人の兵力を配属する計画を立てたのである。

ディックもまた准尉としての初任務として、自身と二十四人の部下を合わせた二十五名の隊を率い、ひとつの商隊を護衛することとなった。そして准尉以下二十五人のうち、十人を糧食と予備装備の運搬担当とし、ディックを含む残る十人を商隊の直接護衛に配置した。 そして残りの五人のうち二人を前方一刻の距離で異常の有無を確認させ、残る三人を左右後方で索敵に当たらせた。

出発前、集結した商人たちの荷馬車を見渡しながら、ドギーがどこか気楽な様子で話しかけてくる。


「ハァ、二十五人規模の軍の護衛がついた商隊を襲うような物好きな山賊など、そうはおりませんからな」

「油断は禁物だが、通常の護衛任務であれば過度な不覚を取ることもないはずだ」

「ハァ、今回の護衛任務の行程はおよそ二十五日間ですな。最初の三日間はリアレンド川まで出向いて商隊と合流、続く十日間は、リアレンド川から農村地帯を抜け、あの険しい山岳地帯の入り口に達するまで護衛、となっておりますぞ。」

「そして、続く七日間で荒涼とした山岳地帯を進み、国境を越えるわけだな」

「はい。国境と言っても明確な壁があるわけではなく、あの険しい自然の山々に暗黙の国境線が引かれておりますからな。山を降りた先の村で、待機している相手国の警備隊に商隊を無事に引き渡せば、我らの護衛の責務は完了でございます」

「引き渡しを終えた後の、残りの五日間は?」

「我ら騎馬の俊足を生かし、全力で部隊へと復帰することになりますな。これが一連の流れでございます」


ディックたちが護衛を担当する商隊は、はるか共和国を目指す街道を進むこととなっていた。その先には険しい山岳地帯が待ち受けている。


「農村地帯であれば金銭を支払って糧食を調達できますがねぇ、村が皆無の山岳地帯に入ればそれも不可能ですからな」

「軍人はすべてを自前で調達するのが鉄則だ。過酷ではあるが、致しかたないな」


ディックは新しく配属された二十四人の部下たちに目を配った。

彼にとっては、自分が命を預かる大切な部下たちである。周囲の楽観的な雰囲気に流されることなく、ディックは兜の帯を締め直し、凛とした声で指示を出した。

前庭ではいつものように出陣式が執り行われ、教会からの祝福を受けた。


「全員、隊列を乱すな。これより商隊の護衛のため移動を開始する」

「ハッ、了解いたしました、シャドウ准尉殿!」


ディック率いる二十五人は一度南下し、古代の王の墓と噂される双丘を対岸の望むリアレンド川の北側で商隊と合流し、あらためて護衛任務が開始された。

荷馬車が一斉に動き出した。


王都から共和国への街道は途中まで霊山マウント・ヒュービックを右前方に見ながら北東へ進む。そして川にかかる橋を越える辺りから霊峰が真正面にみえるようになり、そこから二日も進むと今度は霊峰が左前方に見えるようになる。距離が進む度にその山肌の角度が変化し、旅人は見える山の形からどのくらいの行程を進んだのか、を測るのだった。

ディックの冴え渡る指示のもと、隊は隙のない陣形で進軍を続けた。夜間の野営時にも厳格な見張り交代制を敷き、ディック自らも深夜の闇に目を光らせて警戒を維持した。

商隊が街道をゆったりと進む傍ら、街道の脇をすれ違う貴族の馬車の窓から、贅沢な衣装に身を包みながらも顔を強張らせた貴族たちが、許可証や厳格な身分縛りなどお構いなしに商売をして旅をする平民商人たちを、どこか苦々しい嫉妬の籠もった目で覗き見ている。

ディックは軍人としての礼節を守りながら巧みに人員を移動させ、すれ違った。ディックはその貴族らの目線の意味が痛いほどよく分かるのだ。

貴族には自由がない。豪華な生活をしているように見えても貴族社会の規則に縛られ、茶会や宴会などでは着飾り見栄を張らなければ生きていけない。当然、旅行や転居の自由はまったくなく、結婚相手ですら自分で決めることはできなかった。その意味では多くの貴族は立場が逆の平民、つまり旅行や転居の自由があり、才覚一つで新天地で花を開かせることも出来る立場を羨ましく、ではない、憎んでいたのだ。

野営の際、ドギーが差し出す温かい茶を受け取りながら、ディックは静かに街道の先にある暗い山々の影を見つめながらどうしてこのような歪な社会となったのか、貴族出身で現在は平民と同じ目線に立つからこそ悩むディックであった。


平地での護衛任務中の夕方になると野営を行った。ディックは野営のたびに襲撃時の集合地点を定め、夜間でも商人たちを中央へ収容できるよう、部下たちに繰り返し手順を確認させた。

そして運搬荷物から護衛兵士の食事を作り、商隊と護衛隊は交代で食事を摂った。商人らは自身の食事は用意してあり、お互いに食事の提供は不要とされていた。それは安全面を考えても重要なことであった。

その最中、商隊の中から一人の妖艶な女性がしなやかな足取りで近づいてきた。年齢は恐らくディックよりも少し上であろう。彼女は色気のある笑みを浮かべ、馬上から周囲に目を配る若き護衛隊長へと声をかけた。


「隊長さん、いつもご苦労さま。それにしても隊長さんは若いわね、おいくつですの?」


ディックは前を見据えたまま、いかにも硬い声で応じた。


「任務中だ。私語は慎んでもらいたい」

「つれないお返事だわね。お姉さんが怖いの?」

「いや、そういうわけではないが」


あからさまに調子を崩し、女性に対して異常なまでの不器用さを露呈するディック。そのやり取りを真横で聞いていたドギーが、こらえきれずにクスクスと笑い声を漏らした。


「いやはや、戦場ではあれほど勇猛な坊っちゃんが、美しいご婦人を前にすると形無しですなぁ」


ディックはわずかに頬を赤らめ、従者へと小声で鋭い視線を向けた。


「おい、笑うなドギー。それと・・・」

「坊っちゃんはやめろ、ですよね。もちろんです、坊っちゃん。ですがねぇ、あまりに可愛らしい反応なものでして」


ディックは忌々しそうに短く息を吐くと、必死に平静を装い、再び前方の街道へと厳しい視線を戻すのだった。

やがて何事もなく田園地帯を過ぎ、部隊は山岳地帯へと足を踏み入れた。

さすがに狭く険しい山道では円陣形を維持することはできず、ディックは隊員に指示を出した。


「全隊、これより縦陣形へ切り替える! 護衛を隊列の前後に分厚く配置し、警戒を強めろ!」


しかし、雲が分厚く垂れ込めた山岳地帯の三日目の夜、ついに事件は起きた。

深夜、不穏な風の音に混じって悲鳴混じりの物音が響く。直後、商人たちが眠っていた幕舎が激しい炎を上げて燃え上がったのだった。


「敵襲! 敵襲ーーッ!」


見張りの絶叫が夜の静寂を切り裂き、全員が飛び起きた。燃え盛る炎の周囲からは瞬く間に無数の金属音が響き渡り、狂気のごとき剣戟が始まった。


「商隊長! 商人たちを一つにまとめろ! 動くな!」


ディックは即座に指示を飛ばし、狼狽する商人たちを円陣の内側へと押し込め、防衛線を構築した。

闇の向こうから次々と襲いかかってくる山賊たち。だが、彼らはただの野盗ではなかった。一人一人の身のこなしが妙に鋭く、強い。

深い雲に遮られ、わずかな月明かりしかない暗闇での戦闘には限界があった。ディックは歯を食いしばり叫んだ。


「人命を最優先とせよ! 防戦に徹しろ!」


山賊たちは数で勝っており、防衛に手一杯のディックたちを嘲笑うかのように、商隊の物資を次々と強奪していった。目の前で奪われていく国の富を前に、防戦一方に追い込まれる己の無力さに、ディックは激しい屈辱の泥を噛んでいた。

襲撃が始まってから半刻が過ぎた頃、山賊たちは潮が引くように鮮やかに撤退していったのだった。

戦場に残された敵の死体を検分しようとしたディックは、奇妙な違和感に気づいた。


「妙だな……ドギー、敵の死体が見当たらん」

「ハァ、驚きましたな。確実に十人以上は斬り倒したはずですが、地面に死体が転がっておりませんな。退却の際、仲間の屍すら完璧に回収していったようですな」


しかし、より深刻なのは商隊の物資がほぼすべて奪い去られていたことだった。賊どもは家畜の扱いにも異常に長けており、物資を積んだ牛たちを巧みに操り、あっという間に闇の彼方へと連れ去ってしまったのである。


「あれはただの山賊ではない。指揮官がいて、訓練を受け、撤退時刻まで決め、仲間の死体まで回収していった」

「山賊に扮した軍隊そのものですな 」


幸いにも、商人たちに怪我人は出たものの命を落とした者はなく、護衛部隊側も重傷者は出たものの命に別状はなかった。

ディックは悔しさに唇を血が出るほど噛み締め、商隊長の前で深く頭を下げた。


「私の不徳の致すところだ。大切な物資を守り切れず、実に申し訳ない」


しかし、商隊長は首を振り、ディックの血に染まった手を力強く握りしめた。


「滅相もない、シャドウ准尉殿。我々の命を救ってくださった。それだけで十分でございます」


頭を下げるディックに対し、商隊長は穏やかに首を横に振りながら微笑んだ。

事実、アルカディア王国政府と商人たちの間には特異な経済協定が結ばれていた。

一連の護衛を終え、最寄りの国境警備隊の砦へと引き返した後、ドギーがディックへとお茶を出しながら言った。


「ハァ、まあ商人があそこまで心穏やかなのには、我が国の特異な協定があるからですな」

「五割の税と引き換えの、完全な損害補償か」

「ええ。無事に商売が完了すれば利益の五割を国に納める代わりに、今回のように襲われて荷を失えば、損害分と想定利益の五割をすべて王国が穴埋めしてくれますからな」


この強固な国家補償があるからこそ、商人たちは安心して危険な国境貿易に挑むことができ、王国も無事に成功すれば莫大な外貨を手にできる。


「つまり商人にとっては、命さえ無事であれば利益は約束されているというわけですな」

「だから商隊長は、荷を失っても我々を責めなかったわけか 」

「そうですな。ですが商人も手放しで喜べません。そもそも補償を受けるのは大変面倒らしくてですな、補償の審査には時間がかかりますからな。普通に荷を届けて代金を受け取り、次の商いへ移った方が、よほど早く利益になりますぞ 」

「ほう、そんなに補償は受けにくいのか」

「まあそうでしょうな。荷は出発前に全部検査されますし帳簿も領収書もすべて出さないとなりません。補償額も安い方の価格で計算されます。二度目ともなれば役人どもが目を皿のようにして調べますぞ。王国の補償は手厚い分、徹底した不正対策があるわけですな」


物資を失った商人たちは、このまま共和国へ向かう意味を失っていたため、相手方の取引先へ事態を知らせる伝令だけを先に走らせた。

そして傷ついた一行は運ぶべき荷物を失い、逆に安全が確保されたことで王都へ戻ることとなったが、その前に一行は怪我人の治療のために一度東方北部国境警備隊の砦まで出向くことになった。


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