6-8 糾弾
タチバナに監禁されたメラニアはタチバナが用意した豪華な邸宅の一室に監禁された。そして監禁されてから数日後、メラニアの元をクリスが訪れた。椅子に座らされていたメラニアの両脇にはタチバナ配下の大柄な工作員ふたりがメラニアを見張っていた。
「メラニア、お前は本当に凄い女だな。我々が到底手出し出来ない身分のオルガノ公爵と教会の高位聖職者を何人も破滅させてしまった。これはお世辞無しの評価だ。弟とは違うな」
「ギャロット!お前だけは許さないわ!」
「許さないならどうする?ジュリアンのように殺すのか?」
「ジュリアン?誰よそれ?」
「ふむ、まあいい。すっとぼけていられるのも今のうちだけだ。連れてこい!」
クリスがそう言うとランディが連れられてきた。
「ランディ?なんでランディがいるのよ?」
「こいつは色々と話してくれたぞ。以前にお前が教会の司祭を嵌めようとして逆に嵌められた話とかな。後は過去の悪行についても色々とだ」
「はあ?ランディ、あんた何言ってくれてんのよ!このクズっ!」
「ごめんよメラニア。物凄い美人さんに迫られて我慢できなかったんだよ」
ランディはあらかじめタチバナから色仕掛けの寸止めを繰り返されて聞かれたことをすべて話してしまっていた。その上、聞かれてもいないメラニアの秘密までを白状したことでジュリアンへの凶行を手紙に書いてレイバー家へ投げ込んだ人物も判明したのだったが、本人は頑なに「自分は手紙を投げ入れただけです」と言って難を逃れようとしていた。
「あんたなんかに色々と頼まなきゃ良かったわ」
「メラニア、認めるんだな」
「は?何を?何を認めればいいのよ!このスケベっ!」
「まずはジュリアン・レイバーのことだ」
「ジュリアン?だからさ、誰よそれ」
直感的にクリスは思ってしまった。メラニアの奴、素で言った。覚えていないのか?
「お前が手にかけた学生だ!お前がまだ二十代だったころに殺した当時十八歳の学生だ」
「覚えてないわ」
「しらばっくれるんじゃない!これは思い出すだろう。お前が本名ではなくニア、と名乗った相手だよ」
「ニア?確かに私のあだ名はニアだったわよ。でもそんなのずっと使っていたわ」
「これならどうだ。お前を好きだ、と言った年下の若い学生を薬漬けにして、ろくに食事も与えず衰弱死させた学生だ。しかもブライトン家にまつわる家のボロ屋でな」
メラニアは何か思い出すきっかけでもあったのだろうか。深刻そうな顔をして俯き、思い出そうとしているようだった。
「駄目だわ。思い出せないわ」
「・・・・・」
「でもそのレイバーが何でここに出てくるのよ!」
「俺の弟だからだよ。俺の弟を殺したのがお前だ!」
「弟?だってあなたはギャロットじゃないの。ああ、腹違いか何かなのね」
クリスの怒りは更に燃え上がった。
「何だと!」
「何だと、じゃないわよ。覚えていないんだから仕方ないじゃない。それよりも思い出させる材料を持ってこないあんたが悪いわ!」
「おい、ランディ!お前が思い出させろ!」
「え?俺が?」
「タチバナ!」
「はい。ランディ、分かっているわよね」
「もちろんです!タチバナ様!」
ランディはこっそりメラニアに耳打ちした。
「ああ!あの?分かったわ!」
「ようやく思い出したのか!」
「ギャロットもたいしたことないわね。薬漬けにして、なんて言うから分からなかったわよ。媚薬ね。思い出したわ。私を好きだっていった坊やだわよね。覚えているわよ」
「思い出したのか。なら自分の罪も分かるよな」
「罪?何のこと?あの子、名前は忘れたけど死んだの?私と秘密の事をしたがってたから媚薬を打って違う女を見せたら私だと思ったみたいで喜んでいたけど。え?あそこで死んだの?本当に?」
「ランディ。こいつ、誰かと勘違いしているのか?」
「いえ、分かりません」
「おいメラニア、しらばっくれるのもいい加減にしろ!」
「しらばっくれてなんかいないわよ。かなり昔の話だけど私だって馬鹿じゃないわ。良く覚えているわよ!」
結局、クリスが様々な角度からメラニアの記憶を呼び覚ますように尋問を行ったがメラニアの記憶にはジュリアンの死は無かった。そしてランディが思い出したようにクリスに言った。
「そういえば思い出しました」
「何だ?」
「ジュリアンが死んだ瞬間にメラニアはそこにはいなかったような気がします」
「本当か?」
「何せ昔のことですので間違っているかもしれませんが」
「何だと・・・」
実際には、ランディ自身もメラニアの身体目当ての取り巻きとしてジュリアン事件に深く関わっていた。事件の詳細を知っていたのもそのためである。しかし、この場で自分の関与を正直に話せばまずい、と察したランディは、手紙を書いたのは別人だと偽り、事件についても肝心なところでは口を濁していた。
しかしクリスの人生をこれほど破壊した事件が、メラニアの人生では記憶にも残らない小さな一件だったというのか。クリスは絶望の寸前にいた。
「クリス様、少し休まれては」
「そうだな」
クリスはこれまで、いつかメラニアにジュリアンの死を思い知らせ、その罪を悔いさせた上で復讐を遂げるつもりでいた。しかし本人には、ジュリアンを死なせたという認識そのものがない。間接的には間違いなくジュリアン殺害の主犯だったが、罪悪感や後悔、という意味ではそれを強要させるのは無理だろう。
クリスにとってこれは淡々と処理できるものではなかった。とても収まりそうにない。こうなれば復讐はメラニアに対して、ではなくこのような平民の命を虫けらのように扱う貴族社会そのもの向いてしまうではないか。しかし貴族社会全体を復讐相手にするなど狂気の沙汰である。
しかし、貴族社会全体を復讐相手に、と思った瞬間、クリスの頭は逆に晴れ渡った。メラニア一人を殺したところで、第二、第三のメラニアが生まれるだけではないか。相手が大きく強ければやりがいがある。なに、メラニアなぞ小物に過ぎない。ジュリアンとクロエが犠牲になったんだ、せめて大物を相手にしないとな。
「タチバナ、後は任せる。メラニアの監禁は継続だ。暴れるなら薬でも媚薬でも何でも使え。但し、殺すなよ」
「ランディはどうしますか?」
「ランディか。おいランディ、お前はどうしたい?」
「タチバナ様、ご褒美を・・・」
「・・・・・分かったわ。後でね」
「はい!」
タチバナがどんな褒美をランディに与えたのか、その確認には何も関心を示さないクリスだった。
「メラニア、お前という奴は・・・本当に楽しませてくれるな」
・・・・・
なお、ランディが神の元に召された後に発見された手記によれば、このときにタチバナからもらった褒美はランディの生涯でも特に忘れがたい褒美のひとつであったらしい。更に、大陸語ではなく誰が見ても意味がわからない角張った小さな図形と丸い図形が幾つか記録されていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第6章では、主要キャラクターたちがそれぞれの苦境に立ち向かう姿を描きました。
次章では亡命したディック・ブライトンが大軍勢を率い、再び戦場に立ちます。どうぞご期待ください。
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引き続き『ヒュービック大陸興亡記』をよろしくお願いいたします。




