6-6 鎮圧
そしてその翌日。反乱軍首領の貴族家、シーロフ伯爵家の当主はディックの姿を見るとすぐに揉み手をしながら近づいてきた。他の三家が相次いで離反し、配下の兵も脱走を始めたとの報告は、その日のうちに首領家へ届いていたのだ。
「これはこれは、ディック様ではありませんか。我が息子は勘当しましたぞ」
「ほう。伯爵殿は私のことを嫌いだったと思うが」
「いいえ、とんでもありません。私はただ、息子の負けん気にあてられてしまっただけでしてな、いい年をしてお恥ずかしい」
「ではお主は反乱の意思は無いのだな?」
「当然です。最初からありませんでした!」
「わかった。帝国人の血が流れないのは誠にめでたい。では伯爵殿、配下の警備護衛兵を呼び戻せ」
「もちろんでございます。すぐに!」
そして三日後には首領の家から連れて行った警備護衛兵四十が戻された。だがまだ四十近くの反乱軍の人数が残っていたのはディックにも想定外であった。
「スパイク、各家の警備護衛兵を引かせたがなぜまだ四十もの人数が反乱軍に残っているのだ?」
「恐らくは各家の警備護衛兵の中には純粋に王国から来たディック様のことをよく思っていない兵士がいたのでしょう」
「なるほど、一戦は避けられんな」
そしてディックは反乱軍首領にあてて手紙を送り、決戦となる場所と日を伝えた。そして反乱軍四十とディック軍百が対峙した。
「王国から逃げてきた負け犬の亡命者、ディックよ! すぐさまその汚い顔を王国へ向けて退散させるなら命までは取らん! ただし、お前の家族はここに置いていけ。あの女と子供は生粋の気高き帝国人であるからな!」
その男の顔を見たディック部隊の兵が、呆れたように囁いた。
「おいおい・・・あいつ、長年ディック様の奥方であるフェリス様に熱烈に告白しては、木端微塵に振られ続けてた門閥貴族のボンボンだぜ。確か名前は・・・・・・ナントカ・シーロフ、忘れたわ。まあいいか」
「なんだ、そういうことか。国家のためだの謀略だのと偉そうな大義名分を並べ立てておいて、単に恋路を邪魔されたディック様への私怨の復讐かよ」
部隊全体に伝わると、ディック隊は一斉に男の滑稽さを笑い飛ばした。 屈辱的な笑い声が響き渡った瞬間、反乱軍主将は顔を真っ赤に激昂させ、全軍突撃の大号令を下した。
「全軍突撃ぃぃっ!」
反乱軍は中央突破を狙う「紡錘陣形」で猛烈に突進してきた。反乱軍は人数で劣りながらも、首領の狂気に引きずられるように一点へ殺到した。正面の盾列が大きく軋み、数名の兵が後ろへ押し倒される。
「踏みとどまれ! ドギーとスパイクが回り込むまで持たせろ!」
対するディック隊は徐々に後退しつつ、大盾を巧みに噛み合わせて敵の圧力を正面から受け止め、盾の隙間から長槍で正確無比な反撃を繰り出して先鋒を削り取っていく。
そしてあらかじめ打ち合わせていたドギーが別動隊二十人を率いて時計回り大回りし、反乱軍の左後方に食いついた。更にスパイクに率いさせた二十人は反時計回りに大回りし、反乱軍の右後方に食いついた。これで勝負あった。
「反乱軍を包囲した。貴殿らに勝ち目はない。平民は降伏して武器を捨てよ。今降伏すれば助命嘆願してやる」
この言葉で多くの平民兵は武器を捨てた。そして残ったシーロフ伯爵家の長男は大声を出しながら逃亡してしまった。彼はもうこの国にいる場所はないだろう。そして後日判明したが、逃亡したシーロフ伯爵家の長男であり次期当主は数日後に王国との国境に現れ、王国への亡命を申請した、ということであった。
こうして帝国の貴族反乱は鎮圧されたのである。
この反乱により帝国皇帝はシーロフ伯爵家の当主を死罪とし、伯爵家の貴族称号を取り消し国外追放することまでを考えたが、伯爵家の縁戚からの減刑嘆願と政治工作が行われ、以下の内容で決着することとなった。
・シーロフ伯爵は男爵に降格。
・シーロフ伯爵家の現当主は無期限の謹慎処分。
・シーロフ伯爵家の領地の七割を帝室へ移管。
・亡命したシーロフ伯爵家長男は帝国への帰国禁止。
この処分を受け入れたシーロフ伯爵は無期限謹慎に入り、男爵号に改められた。そして次期当主だった長男の帰参は認められず、次男で今年十歳になるボーリ・シーロフが次期当主となることに決まった。
今回の反乱を最小限の損害で収めた軍功により、ディックは階級をさらに上げ、公式に中佐へ昇進した。それから一年間、ディックは実戦部隊司令官として訓練改革と軍政改革、そして更なる皇城再建、更には国境防衛にまで尽力し、成果を挙げた。ディックはこの一年間の努力により更に階級をひとつ進め、三十三歳の春に帝国軍大佐となった。
帝国の軍制において、外国へ侵攻する場合の総司令官「大将軍」職には「少将」が任命される。そして少将の直下に、大佐が配置される。大佐の人数は侵攻軍の全体の人数によって変わってくる。そして大佐のうちの一人は兵站を一手に担う「侵攻軍後方部隊司令官」であり、残りの大佐は全員、「侵攻軍実戦部隊司令官」となる。
ディックは侵攻軍実戦部隊の序列三位までのし上がった。そして実戦部隊の准将は総司令官の補佐役ときまっていて後方情報部から出ることとなっていた。そのため実戦部隊には実質的に准将の地位を飛ばしていた。よって実質的には実戦部隊の大佐は序列二位であった。
実は、反乱が起きる前からシーナイン侯爵家は用意周到な人事画策を行っていた。一族と縁の深い忠実な貴族軍人を後方部隊の要職へ送り込み、大佐へ出世させていたのである。
シーナイン家は情報網から「ディックの資質があれば実質的な侵攻軍トップに登り詰めるのは時間の問題」と見抜いていた。そのため、兵站を握る後方部隊のトップを自分たちの息のかかった軍人で固めることに政治力を集中させていたのだ。結果としてディックの大佐就任と同時に、後方部隊司令官の座もシーナイン派で掌握することに成功した。
そしてこれは、皇帝の暗黙の裁可を得たものでもあった。 ある日、皇帝は宰相と二人きりのときに宰相から聞かれた。
「陛下、亡命者であるブライトンにあまり権力を持たせるのはいかがかと思います」
「ふむ、懸念はもっともだ。だがブライトンなどそれほど問題ではない。ブライトンは恐らく王国に戻りたいのだろう、我々はその気持ちを利用すれば良い。裏切りも考えられるがそのための対策はしておる」
「陛下のお考えはさすがです。あと、王国に戦争を仕掛ける事はわかりますが時期が問題です」
「問題はそこだ。王国は大きく強い。国の規模だけでいえば我が方の三倍はある。しかしな、国土が広く他国と隣接しているため全軍を一箇所にまとめられまい。あとな、我々に欠けていたのは今の王国軍と王都、王国民を知る人材だ。あと十年も経過してみろ、ブライトンが知悉している王国の内情など、すべて古い情報になってしまう。やるなら今しかないのだ」
「ブライトンの望郷の思いと知識を利用する、ということでしょうか」
「その通りだ」
皇帝もまた、長年王国侵攻が悲惨な失敗に終わっていた原因を冷徹に分析していた。必要なのは優秀な軍人、優れた作戦、そして王国の地理と弱点を知り尽くした水先案内人。ディックがそのすべてを兼ね備えているなら、利用しない手はない。
正妻に侯爵家の娘を迎えている以上、もしディックが裏切ればシーナイン家ごと叩き潰せばいい。皇帝は皇帝で、彼を最高級の猟犬として飼い慣らす判断を下していたのだ。
しかし、シーナイン侯爵家にとって唯一の不満は、侵攻軍総司令官少将の座に未だ自分たちの息のかかっていない門閥貴族の老少将が居座っていることだった。約八年前に王国へ侵攻させた際のヤヌス少将が不審な皇帝反逆の汚名を着せられて侵攻途中で戻ったが結局王国の工作活動によるものと断定され、ヤヌス少将は不問に付された。しかし結果として侵攻失敗に終わった責任は負わされ、ヤヌス少将の後に侵攻軍司令官として就任した高齢の少将であった。
その高齢の少将はヤヌス少将の前の少将だった人物であり、ヤヌス少将以下に適任の人物がいなかったため老齢であったが退役後の再就任となった。本来ならアムット、クラビック両大佐がヤヌス少将の次を狙っていたが、ヤヌス少将が結果として失脚することとなった王国攻めのときにやはりクリスの計略によって評価を落としていたのだ。そしてアムット、クラビック以外の大佐級人材については実戦部隊に適任がいなかった。
そのため老少将はあくまでも臨時復職、と見られていたがなかなか後継が表れず、結果として約八年もの間、少将職に就いてしまっていた。
そしてこの間、王国への侵攻はなされず少将も年齢をかさね、今では高齢であり軍議においても若いディックたちの打てば即響くような小気味のいい戦術論についていけていなかった。そもそも耳が遠く、全員が大声で叫ばなければ作戦の意図すら通じないという致命的な問題を抱えていたのだ。その弱点を突いたシーナイン侯爵家は、皇帝へ直接上奏を行った。
「現在の侵攻軍総司令官の長年の忠誠を称え、さらなる高位へ昇進させて報いるべきである」
老少将が「中将」へ名誉昇進すれば、軍の規定により、最前線の侵攻軍総司令官の任からは解かれることになる。
シーナイン家の情報工作の結果、「老少将の発案による新たな歩兵陣形再編と訓練の実績」が武功として評価され、昇進が決定した。 実際にはディックが鍛層剣の威力を活かすために考案した近代戦術であったが、フェリスの説得を受けたディックはその功を老少将へ譲ったのだ。周囲の将兵は「政治的な都合による強制勇退か」と納得せざるを得なかった。
こうして空席となった侵攻軍総司令官の椅子へ、ディックは必然の結果として滑り込むこと、とすぐにはならなかった。
まず皇帝勅命により、シーナイン家の皇城居宅の警備が増員された。そしてフェリスと生まれた子供は皇城居宅での生活が義務付けられた。ディックは「軟禁だな」と思ったがそれを口にすることはなかった。
そしてディックの側付き要員として一人の若者が寄越された。ジロフと名乗る准尉はジャコフの側近だった軍人であった。ジロフにはジャコフから、「ディックが王国と繋がっている証拠を掴め。裏切りが確実となり、もはや止める術がないと判断したときは殺せ 」と密命が下されていた。当然ディックもその程度の想像はできたため、何も言わずにジロフを受け入れた。
「坊っちゃん、よろしいのですかな?」
「ジロフか?まあ構わんだろう。私が今更王国軍と繋がるわけがない」
「しかし、謀略や工作などをされましたら面倒ですな」
「まあそのときはそのときだ。うまくジロフを見張っていてくれよ、ドギー」
「はぁ・・・」
そういった様々な事情を飲み込みながらディックは昇進した。ディック三十五歳の春であった。ガルディニア帝国軍少将。並びに、対アルカディア王国侵攻軍総司令官。帝国ではこの役職についた少将のことを「大将軍」と呼んでいた。ディックは帰宅後にフェリスから祝いの言葉をもらった。
「大将軍、おめでとうございます、あなた」
「まだ終わりじゃない。」
「王国へ?」
「ああ。」
フェリスは少し寂しそうな顔をした。
「あなた、王国のことはもうお忘れになって。この子もいることですしあなたに万が一のことがあったらどうしますか」
「フェリス、すまない。フェリスが言うことはよく分かる。しかしな、この子が生きる将来のためにも俺がやるべきことがあるはずなんだ」
「この子のため、ですか」
「そうだ。人は恐怖や打算で動くがそれでは希望がない。俺はこの子に希望を常に抱いてほしい」
「はい・・・」




