6-5 反乱
ディックが三十二歳となった年の夏。 ガルディニア帝国において、突如として不穏な反乱事件が勃発した。
「ディックなる者は王国から送り込まれた負け犬の亡命者に過ぎず、帝国を内部から崩壊せしめようとする謀略の種だ!」
そう主張する、保守派のシーロフ伯爵家を中心とした帝国門閥貴族らによる政治反乱であった。
しかし、懸念を払拭するため、いや、ディックを裏切らせないための手段として皇帝の打診を受け入れ、愛娘フェリスをディックに嫁がせていた名門貴族であるシーナイン侯爵家の怒りは凄まじかった。 彼らにとって反乱貴族たちの主張は、ディックへの攻撃という以上に、愛娘フェリスとシーナイン侯爵家の威信を泥で汚す暴挙に他ならなかったからである。
「帝国貴族の名において断じて許せん!」
シーナイン侯爵家は一族の全力を挙げ、反乱軍の討伐計画を立ち上げた。だが悲しいかな、農政や経済、土木における帝国の第一人者であっても、シーナイン家は軍事に関しては先日まで軍務で裏方仕事をしていた愛娘のフェリスが関わっていただけであり、いわゆる実戦については完全な素人であった。
またシーナイン家とすればフェリスと婚姻をさせたディックに今後も影響力を拡大させ、軍の実力者となってもらわなければ、という考えもあった。
そこでシーナイン侯爵は即座に軍や帝室へ大規模な根回しを行い、「シーナイン家が全額軍費を負担する」という破格の条件を提示。正式に皇帝と帝国政府の正式な裁可を示す「反乱軍鎮圧命令」を得たのである。
当然、その命令には反乱を起こした貴族家四家を討伐対象とする記載があり、命令の最後には帝国政府の印と皇帝印の二つが正式に捺印されていた。そして討伐部隊の総司令官にはディック中佐が任命され、その副官には忠実なドギーが滑り込んだ。
「坊っちゃん、ようやく腕が鳴りますな」
「坊っちゃんはやめろと、何度言ったら分かるんだ?」
戦場へ向かう道中、二人の間にはいつもと変わらぬ信頼に満ちたやり取りが交わされていた。
「ですが坊っちゃん、奥方様のご実家は名門貴族とはいえご領地が遠すぎますな。時間をかければ二百名規模の実力部隊を編成できそうですが皇城近郊での反乱ですからな、時間をかけるわけにもいきませんな」
「で?フェリスの実家からは兵がどれくらい来そうなんだ?」
「多くて五十人だそうですが、恐らく四十人くらいでしょうな」
「反乱軍の人数は?」
「だいたい三百人くらいらしいですな」
「厳しい戦力差だな」
反乱軍の内訳は首領家が約八十、他の三家がそれぞれ七十前後であった。 この状況に皇帝も事態を重く見て帝室予算から討伐費用を出そうとしたが、シーナイン家はこれを頑なに拒んだ。
「陛下、万が一にも反乱が成功した際の保険をお残しください。反乱軍は未だ帝室そのものへは弓を引いておりません。しかし、陛下が鎮圧軍に直接予算を出されれば、万が一反乱が成功した暁には我が家が逆に反乱軍となります」
皇帝もその裏にある冷徹な政治的危険性を即座に理解し、不安を抱きつつも予算と正規軍の拠出を見送ったのだった。またディックはドギーに呟いた。
「本来なら帝国内の不条理な権力闘争とは無縁でいたかったが、反乱の大義名分が自分にある以上、逃げるわけにはいかない。ましてやこの状況だからといって帝国を離れるわけにはいかん。何と言ってもフェリスと赤ん坊が生まれたからな」
出陣に際し、集まってくれた四十人の兵士たちへ感謝を述べ、手厚い恩賞を約束したディック。 そして決戦の場へと進軍する途中、驚くべき奇跡が起こった。なんと、かつて彼が皇城の護衛責任者を務めていた頃の「元・護衛隊員たち」が、街道へ次々と姿を現したのだ!
「隊長!今ここで隊長に死なれたら、残された綺麗な奥さんとお子さんが可哀想ですからね!」
「そうですよ! 隊長が死んじまったら、あの若くて可愛い奥さんは毎晩火照った身体をもてあましちまうじゃないですか!」
「おい馬鹿やめろ! 大丈夫だ、その時はこの俺が新しい夫になって身も心も慰めてやるからよ!」
「お前じゃ絶対に無理だ、だめだぁ!」
行軍の最中、男たちの間にドッと温かい爆笑が沸き起こった。旧護衛隊四百名のうち、非番や休暇中だった者を中心に、およそ百名が駆けつけた。彼らが抜けた皇城の警備の穴は、ディックを慕う建築労働者たちが自発的に引き受けたというから、ディックの民衆人気は凄まじいものがあった。
こうして元部下たちを吸収し、四十人から百四十人へと勢力を拡大したディック隊は、反乱軍との接触を避けた。
「スパイク。この後どうすべきと思うか?」
「この後ですか?私には情報が足りなすぎます。まずはディック様のご意見を伺いたく」
「またか、いいだろう。このあと反乱軍三百と対決して打ち破るぞ!」
「・・・穴だらけもいいとこですね。いつ、どこで、どうやって、がすべて抜けています」
「そんなことはない。いつ、どこで、はそのうち適当に決まるだろう。どうやって、についてはその場所の地形、特性などがわからん内はどうにも決められん」
「そうですよね、なので私も現時点では何も作戦は立てられません!」
「わかった。では作戦ではなく、反乱軍と会敵するまでの行動について、意見を聞こう」
「わかりました。それなら・・・」
スパイクの意見はこうだった。まず反乱軍首領のシーロフ伯爵家へ行き、当主が反乱に賛成か反対かを見極める。もし反乱に反対であればシーロフ伯爵家の勢力を利用し、伯爵家からも反乱を収めるように説得させる。それを反乱の主要人物の各貴族家で行う。もし伯爵家も反乱に賛成であればその伯爵家を潰すもよし、伯爵家の人たちを人質とするもよし。使い方は様々だ。
ディックはその提案を了とし、反乱軍の首領と思われるシーロフ伯爵家の領地へ向かった。伯爵家は皇城からおよそ二日の距離にある集落に拠点を構える大貴族であり、その伯爵家当主もこの反乱に賛同していたのだった。
「シーロフ伯爵家の当主殿はいるか?」
「なんだ、突然。無礼であろう」
「当主殿はいるか?」
「ワシだ」
「貴殿が当主殿か。貴殿のご子息が帝室に弓を引いている現状をどう認識するのだ?」
「お主はもしかして王国から来た負け犬か?お主こそ恥を知れ。今すぐに王国へ帰るなら許してやらんこともない」
「私のことはともかく、帝室に弓を引くお考えは改めるべきだろう」
「帝室には弓を引いておらん。お主を排除するだけだ」
「なんだと?」
「ほう、丸腰の私を殺すか?捉らえるか?王国流の騎士様はやることが汚いな」
「・・・・・」
「お前が我が息子を破ったらまたくるがいい。そうしたら喜んで縄についてもよい。しかしな、お主の軍勢では我が息子には勝てんよ」
そんなやり取りをする最中に報告が入った。
「報告。反乱軍が物凄い勢いで迫ってきてます!」
「わかった。今戦っても勝負にならん。今は逃げるとしよう」
「おい、負け犬。逃げるか。やはり負け犬は負け犬だな」
ディックは全軍を引き連れて反乱軍が来る方向とは真逆の方向へ撤退した。そして反乱軍首領四人のうちのもう一人の貴族家を訪ねた。
「当主殿。当主殿はいるか?」
「私が当家の主ですがあなたは・・・?」
「貴殿が当主殿か。貴殿のご子息が帝室に弓を引いている現状をどう認識するのだ?」
「いいえ、とんでもありません。息子からは、帝室を守るために挙兵する、と聞いております」
「なるほど、やはりな。おい!」
そういってディックはドギーに持たせていた公式の反乱軍撃滅命令書を当主に見せた。それを見た当主は顔を青ざめさせて言った。
「帝室に弓を引くなどありえません!」
「では即刻手を引け、と御子息に伝えろ」
「も、もちろんです!」
およそ一つの貴族家がおよそ七十人の 警備護衛兵を出している計算であるゆえ、これで一つ崩れれば約三百人の反乱軍はそれだけで二百三十人規模となる。
「スパイク!」
「は!」
「このまま次の貴族家へ出向くが少し距離がある。しかも方角からして反乱軍と遭遇する可能性もある」
「はい」
「何か策はないか?」
「策ですか?何の策でしょうか?」
「反乱軍を遭遇しないようにするか、もしくは遭遇しても負けない策だ」
「そのような策はございません」
「いやな、考えろ!」
「では先にディック様の策をお聞かせ下さい」
「俺の策か?そうだな、このまま進んでもし反乱軍と遭遇したら戦うぞ。ひとつの貴族家は折れたのだ。人数的は厳しいが遭遇してしまったら致し方あるまい」
「それでは駄目です。人が死にます。いいんでしょうか?」
「よくはないが、ではどうする?」
「この策はいかがでしょうか?」
スパイクの策はそのまま次の貴族家に行くのではなく、どの貴族家からも遠ざかる策であった。そして伝令を使い、残りの二家の当主を呼び出す。ディックの元には来なくても皇城には出向くだろう。その途上で二家の当主を皇城へ向かう途中で待ち受け、直接事情を問いただす、というものであった。少し時間はかかるだろうが戦死者を出さないほうが重要だと思ったディックは了承した。そして伝令を飛ばした。
結果としてスパイクの策はうまくいき、残りの二家とも反乱の意思はなく、すぐさま子弟を呼び戻した。その結果、反乱軍は最初のシーロフ伯爵家のみとなり、その軍勢も八十程度となっていると推測された。
「ディック様、勝負ありましたな」
「いや、まだ八十人残っている」
「いいえ、その八十人も勝負にならないでしょう」
「ほう?なぜだ?」
「反乱軍の首領だった貴族家はもう恐らく顔が真っ青だと思います。明日にも再度訪問してみましょう」
「そうだな」
「あともうひとつ提案致します。反乱軍が減りましたので我が部隊も数を減らしましょう。食料調達に負担がかかっておりましたので」
「そうだな。許可しよう」
こうしてディック軍に途中から入ってきた元部下の四十を戻し、ディック軍は百人に再編された。




