6-2 尋問
王都でクリスの保護を受け、匿われる生活を送っていたメラニアであったが、ディックの覆面騒動と帝国への亡命、という報せには、あまりの衝撃に言葉を失っていた。まさか自分の不幸、いや、あの悪夢のような「処女膜再生儀式」が引き金となり、実の弟が王国を追われる事になるとは、彼女の想像を遥かに超えた事態であった。
行き場のない激怒と焦燥に狂ったメラニアは、怒りの矛先を亡き父へと向け、烈火の如く呪った。
「お父様がディックとの婚姻なんてバカな遺言を残さなければ、こんなことにはならなかったのよっ!!」
一方、ディックが巻き起こした前代未聞の大事件を知ったメラニアとディックの兄である現ブライトン伯爵は、血相を変えて避暑地から王都へ駆け戻り、事態の収拾に追われた。
筆頭執事から詳細を聴取した当主は、即座に冷酷な処断を下した。 まず、出奔したディックを弾劾文の発出前に遡って正式に「勘当」とし、ブライトン伯爵家から永久追放。そして諸悪の根源であるメラニアもまた同罪とし、家門から叩き出したのである。
対照的に、覆面兵団へ無理やり参加させられた傘下の貴族兵たちへは、一切の処罰を行わなかった。すべては「当主代行の職権乱用による無理強いであった」と処理したのだ。 それどころか当主は、負傷した兵に手厚い休暇と恩賞を与え、討ち死にした兵の遺族には巨額の弔慰金を下賜し、彼らの公式な名誉を完璧に回復させてみせた。
また、覆面兵団に協力をした平民と奴隷に対しても伯爵家はしっかりと対応し、補償を申し出た者に対しては無条件でけが人と神の元へ召された家族に一時金を提供したのだ。
この沙汰を知ったメラニアは、激しい恐怖に打ち震えた。 伯爵家から完全に勘当され、路頭に迷わされては、今後生きていく術など皆無だからだ。彼女は殊勝な内容で許しを乞う手紙を書き、何度も実家へ送った。 しかし、返ってきたのは冷淡な一通のみ。その他はすべて無視された。その唯一届いた手紙には、「現在メラニアに仕えている侍女のミルキー・ランダーを直ちに伯爵家へ戻せ」という命令と、「あとは自由にしろ」という突き放すような短い文面があるのみであった。 手紙を読んだメラニアは、それから数日間、兄に、弟に、そして神の元に召された父にあらゆる悪態をついていた。
恨み言を吐くメラニアを案じた侍女のミルキー・ランダーは、伯爵家へ連れ戻される直前、密かにタチバナの元を訪ねていた。
「タチバナ様。メラニア様はあのようなお方ですが、どうか、どうかお力になってあげてください!」
悲痛な懇願を受けたタチバナは少し考えた後、すぐさまシロタを呼び寄せた。 シロタの頭脳を用い、この侍女からメラニアに関するあらゆる裏情報を吐き出させようと考えたのだ。
こう見えてシロタは、不思議と若い女性受けが極めて良かった。 端正な顔立ちと、圧倒的な頭脳明晰さが醸し出す冷たげな雰囲気が、女性の庇護欲と好奇心を激しく刺激するのだ。主君であるクリスが、シロタのモテぶりを見るたびに「俺にその見た目の半分を寄越せ」と零すほどであった。駆けつけたシロタは、タチバナの意図を瞬時に察すると、控室に待たせてあった侍女を伴い、静かに外へと連れ出した。
シロタが侍女を案内したのは、とある隠れ家的な高級喫茶店の個室であった。 平素からクリス配下の工作員が密談に使用する部屋であり、喫茶店そのものがクリス陣営の極秘の経営店舗であった。ミルキーを豪華な三人掛けの長椅子に腰掛けさせ、シロタは穏やかに、しかし隙のない口調で問いかけた。
「メラニア嬢の侍女、ミルキー・ランダー殿。このような味気ない場所へ呼び立ててしまい、申し訳ない」
「と、とんでもありません!ミルキーとお呼び下さい。私は貴方様のことを何とお呼びすれば?」
「好きに呼べばいいが、そうだな、シロタと呼べ」
「わかりましたシロタ様。シロタ様は軍の御方ですか?」
「そうだ、だが質問は私からする」
「わかりました。で、シロタ様は剣士様ですか?」
「いいや、私は剣を使えない、あとな、質問は私からする」
「そうでしたわね、わかりました。それでシロタ様は・・・」
「すこし待て、私が質問をするから」
「わかりました。何でも聞いて下さい。好きな食べ物、好きな家具、好きな男性・・・」
「すまぬが少し外す」
調子が狂ってしまったシロタは若干外し、戻ってきた。
「そこでミルキー殿。普段のメラニア様が、一体どのようなお方であるのかを詳しく伺いたくてね」
シロタが優しく語りかけると、驚くべき事態が起きた。 出るわ出るわ、ミルキーの口から凄まじい量の独白が堰を切ったように溢れ出したのだ!高度な誘導尋問など一切不要であった。シロタは内心で目を白黒させながらも、持ち前の抜群の記憶力で膨大な情報を正確に脳内へ記憶していった。 だが、まだ肝心な部分を隠していると見たシロタは、踏み込んだ。
「メラニア嬢は、例のアパートに下級貴族の男性を呼び寄せた際、一体どのようなことをされているのですか?」
「それはその、男女の、深い関係にございますわ」
顔を真っ赤に染め、恥じらうように俯くミルキー。 その表情を見たシロタの鋭い観察眼は、彼女の心の奥に潜む「別の渇き」を正確に察知した。
「なるほど、お若い男女ですからね。して、貴女はその間、気を利かせて外出されていたのですか?」
「いいえ。主人からは、外出時は必ず許可を取れ、と厳しく言われておりました。ですが、あの男性、ランディ様というのですがその方がいらっしゃると、その、すぐに外出許可を取るどころではなくなってしまうのです」
「それはなぜですか? 何か不都合でも?」
「あの、それは、私の口からは、とても言えませんわ」
身体をくねらせ、上目遣いにシロタを見つめるミルキー。 理性の堤防が完全に決壊しかけていることを見極めたシロタは、静かに彼女の隣へ腰掛け、その華奢な肩をそっと優しく抱き寄せた。
「そうだったのですね。よく分かりますよ。貴女も、随分とご苦労されたのですね。ですがその報われないご苦労は、これまで誰かに、きちんと労われていましたか?」
「あの、その『ねぎらう』というのは、具体的にはどういう意味でしょうか?」
「ねぎらうとは、過酷な仕事で疲れた身体と心を優しくほぐし、そして時には、いつもとは違う強烈な刺激によって、身体も心も完璧に満たして差しあげることです。例えば、このようにして」
シロタは低く甘い声で囁くと、ミルキーを強く腕の中へ抱き寄せ、その唇を重ねようとした。
拒絶の素振りがあれば、即座に無理強いを止めて身を引こう。「貴女が魅力的であったものだから失礼した」と言い訳すれば済む。シロタは冷徹に計算していた。しかし、現実は彼の予測を遥かに裏切った。
「んむっ!?」
なんとミルキーは、重ねられようとしたシロタの唇に対し、自ら飢えた肉食獣のように猛然と自らの唇を突きだし、重ねてきたのだ! 勢い余って二人の前歯がカチリと高い音を立ててぶつかり合う。
ミルキー・ランダーはシロタの手を掴むと、自らの身体に導き、情熱的に唇を重ねてきたのである。
「ほう!」
シロタとて血の通った男である。女性からここまで大胆に迫られては、単なる観客でいられるはずがない。彼の頭脳は「尋問」から「肉体尋問」へと一瞬で切り替わった。
まずは若い身体をほぐして発散させ、極限の快感の中で全ての秘密を吐き出させることが最速の上策!
シロタは別室の諜報員へ合図を送り、事が終わるまで部屋を完全な密室とするよう目で合図を送った。
そしてシロタは、ミルキーが長年胸の内に秘めてきた欲求に応えることで、彼女の警戒心を完全に解きほぐそうとした。しかし、思惑通りに事が進んだわけではなかった。ミルキーはシロタに強い好意を抱いたものの、肝心のメラニアの秘密については、なかなか口を開かなかったのである。やがてシロタの巧みな焦らしと満足感への誘導によって、彼女はついに重大な秘密を打ち明けた。
「ミルキー殿、そろそろ抱えていらっしゃるものを吐き出してはいかがかな。そうすればお望み通りに・・・」
「わ、わかりましたわ。メ、メラニア様は、タ、タチバナ様を拉致して、しょ、娼館に売り飛ばす計画を立てているのです!」
ミルキーは息も絶え絶えになりながらも最後まで抱えていた秘密を話してしまった。これでミルキーは隠すものもなくなり、より大胆になっていった。
シロタがミルキーの言葉を聞いて驚いたのは、タチバナを売る計画そのものではない。それほど重大な企てを、一介の侍女であるミルキーまでもが知っていたという事実であった。メラニアは謀略には向いていない、とシロタは感じた。
タチバナ強奪計画を除けば、その内容の大半はシロタが既に把握している情報であった。しかし、最も近くにいたミルキーからの「完全な裏付け」を得た意味において、この肉体を使った取引には天文学的な価値があった。
情事の終わりに差し掛かり、シロタは低く問いかけた。
「侍女殿」
「ミルキーとお呼びください!」
「ミルキー殿、教会が出している例の避妊薬は、日頃から飲んでいるのかね?」
「いいえっ! あんな恐ろしいお薬、一度も飲んでおりませんわっ!」
「そうか。ならば慎重にならねばならんな」
「え?なぜですか?どうかこのまま・・・」
「そういうわけにもいくまい」
こうして二人の初めての夜は終わった。
ミルキーにとってこの夜は、主人への忠義を失った日ではなく、生まれて初めて「自分だけを見てくれる人」と出会えた、何ものにも代え難い幸福の始まりであった。
そして己の欲望と使命が見事にかみ合った、この怪しくも濃厚な夜。 これが、のちにシロタの生涯の伴侶となるミルキー・ランダーとの、記念すべき「最初の契り」であった。
「シロタ様は剣士ではない、ということでしたが、嘘ばっかり」
「いや、嘘ではない。私は軍人ではあるが剣を持っては戦えん」
「本当ですの?シロタ様の剣は折れることを知らない最強の剣ではありませんの?」
「・・・・・」




