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ヒュービック大陸興亡記  作者: 田中好雄
第5章 受難!ブライトン兄妹
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5-4 告発

「ギャロット様、お連れしました。事情がございますので、実名は伏せさせていただきます」


タチバナが切り出すと、クリスが事務机から接客用の応接椅子へ移動し、重々しく腰を下ろした。


「お初にお目にかかる、お嬢さん。クリスティ・ギャロット情報部少佐です」

「はじめまして、少佐。匿名での非礼をお許しください」


クリスは質問を重ねながら、頭脳を猛回転させていた。 この女の被害をうまく利用すればディックをはじめとしたブライトン家、教会、そして数々の貴族どもに致命傷を負わせられる。失敗しても俺に痛手はない。


「お嬢さん、貴方は教会の処罰をお望みですか?」

「もちろんです! そのために参りました!」

「では、暴行を受けた証拠はお持ちですか?」

「それは・・・」

「証拠がなければ、軍としても教会を裁くことは困難です。もし証拠がなくても実名での告発があれば動けるのですが」

「実名の公表など絶対に無理ですわ! ブライ・・・、いいえ、我が家の名誉に関わります!」


メラニアが叫ぶと、クリスは勝機とばかりに眼光を鋭く光らせた。


「お嬢さん、私に良い案があります。私一人だけに貴方の本名を教えてくれませんか?」

「少佐にだけ?」

「ええ。軍の公文書では匿名のまま進めます。ただし、私が職責をもって貴方の本名を預かり、もし告発が真実である限りは死んでも秘匿をお守りする。私だけに本名を明かしていただけますか?ただし、もし貴方の告発が嘘であれば、私は貴方とのお約束を守ることはできません。つまり、貴方のお話の真偽はあなたが私に実名を言えるかどうかで分かります」


名乗れということね。でも、すでにタチバナ様にはバレているし、この少佐一人だけに伝えるなら。

メラニアは少し考え、頷いた。


「分かりましたわ、少佐。ですが、私のお名前をお伝えするのは少佐とタチバナ様の二人だけです。決して他言しないとお約束していただけますか?」

「お約束しましょう。ただし、万が一お名前を外部に出す必要が生じた場合は、必ず事前にお申し出の上、貴方の指示に従います」

「結構ですわ。私の名は、メラニア・ブライトンです」


こうして、クリスはメラニアの本名を正式に押さえたのだった。


メラニアが退出した後、クリスは副官のシロタを呼び寄せた。


「シロタ、聞いたな?」

「ええ、壁越しに伺っておりました」

「メラニアの言ったことの裏は取れるか?」

「女性の諜報員数名と、ある程度の機密費をいただければ可能です」


シロタは直ちに動いた。数日後に書類を偽造して女性諜報員を教会へ送り込み、「処女膜再生の儀式」を申請させたのだ。 事前に強い解毒剤を服用させ、暴行に及ばれても最後まで耐える覚悟のある者を選抜した。言うまでもないが高額な危険手当を支給した。

さらに、絵心の卓越した諜報員を忍び込ませ、教会の内部構造や儀式部屋の配置を詳細な絵図として記録させた。


こうして完璧な裏付けを取ったシロタは、「処女膜再生の儀式はデタラメであり、暴行の泥沼である」という決定的な証拠を添えて謀略の計画書をクリスへ提出。クリスがいくつか修正を加え、準備は完了した。


後日、タチバナに伴われて再び来訪したメラニアと、三人で昼食を共にした後、クリスは本題を切り出した。


「メラニア嬢、貴女の被害は法的に見れば明白な婦女暴行罪です。しかし、相手が教会となれば、一筋縄ではいきません」

「ええ、重々承知しておりますわ」

「ですが、社会悪を放置するわけにはいかない。まずは匿名のまま軍として告発状を受理し、動かない場合は私の手元の工作員を動かします」


深刻な表情で語るクリスだったが、腹の中では黒い笑みを浮かべていた。メラニアもまた、「失敗した時に火の粉が降りかからないようにするにはどうすべきか」と冷徹に計算していた。


「クリス様、一つ確認です。私の名前を伏せるお約束は間違いありませんわね?」

「もちろんです。ただし、一つだけ。貴女の弟君にだけは、真実を伝えるべきかと存じます」


メラニアの顔色がサッと蒼白になった。


「なっ!? なぜ弟に話すのですか!? 約束が違うではありませんか!」

「メラニア嬢、よくお考えください。貴女が教会へ行かれた本来の目的は何でしたか?」

「それは、処女膜再生の儀式ですわ」


これを聞いた瞬間メラニアはクリスの言わんとする事がわかったが、念のため続けさせた。


「ええ。ですが再生はなされず、逆に暴行を受けた。では、このまま暴行の事実を隠して弟君と初夜を迎えられますか? 再生していない以上、誤魔化せませんよ」

「!」


言葉を詰まらせるメラニアに、クリスは甘い毒を含ませるように囁いた。


「弟君が求めているのは、貴女が捧げるはずだった初めて、です。それを、不幸にも教会の悪辣な暴行によって奪われてしまった被害者、というお話にすれば、全ては丸く収まるのではありませんか?」

「・・・・・・!」


やはり。メラニアの頭の中で思った結論は同じだった。自分が処女でない理由を全部『教会の暴行のせい』にしてしまえば、ディックは私を責められないどころか、同情して守ろうとする。

クリスの狙いは別にある。 真実という偽りのお話を知ったディックが激怒して教会へ突撃し、自滅するか大炎上を引き起こすこと。それこそがクリスの描く筋書きだったのだが、追い詰められたメラニアにそれを見抜く余裕はなかった。


こうして、メラニアは一時的にクリスの保護下という名の監視下に入ることとなったのだった。


クリスの元を去ったメラニアは、タチバナの家の近くに小さなアパートの一室を借りた。 いつまでもタチバナの元に居座るわけにはいかないし、何よりタチバナという妖艶な女に激しい対抗心と嫉妬心が燃えてしまうのだ。そのためであろう、夜ごと身体が疼いて仕方がない。いくら自分で慰めてもまったく足りなかった。そのためメラニアには男友達を連れ込む場所が必要だったのだ。


通信所から速達を出し、ブライトン邸で最も忠実だった侍女、ミルキー・ランダーを呼び寄せたメラニアは、身の回りの世話と連絡係を命じた。部屋を確保したメラニアが真っ先に行ったのは長年の友人であるランディ準男爵を呼び出すことであった。彼は単なる友人ではなく、メラニアにとってランディはいつも困った時に力を貸してくれる頼れる男、そして割り切った肉体関係を持てる準男爵家のランディであった。だがメラニアには恋愛感情は皆無であり、ランディのこともせいぜい便利な道具、としてしか見ていなかった。


そんなランディであったが、実はメラニアの悪趣味ぶりには吐き気を催す場面も過去何度もあった。いつだっただろうか、メラニアが若い頃、中等学校貴族部の二回生だった青年を連れてきて媚薬を大量注射して死に至らせた事は本当に気分が悪くなった。ランディは色々と問題を抱えた人物ではあったが、あの件だけは吐き気を感じた。気を使って、その犠牲となった青年の実家へ真相を書き記した手紙を投げ込んだこともあった。だが彼はそれくらいメラニアの悪趣味ぶりには慣れていたのだ。


そんなランディと久々の激しい肉弾戦を終えたメラニアは寝台の上で脇に置いた強めのウヰスキーグラスを傾けながら切り出した。


「ねえ、ある平民の女を、娼館に売り飛ばしたいのだけれど」

「いいねぇ。どんな女だい?」

「すごく綺麗な女よ」

「メラニアより?」

「ふふ、馬鹿ね。私より下に決まっているじゃない」

「だよねぇ。で、売り飛ばしても大丈夫な女なのかい?」

「ええ、単なる平民よ。実家もなさそうだし、他の貴族との繋がりもないわ」

「へぇ、よく調べたね。分かった、こちらで身元を確認して問題なさそうなら売り飛ばしてやるよ」


だがランディは内心で小さく舌打ちした。面倒事の匂いがする。金になるなら動くが、自分が危険になる仕事だけは御免だった。もちろん調べてみて簡単に金になりそうなら手掛けてもいいがそれでも自分の手は汚さない。もし相手が悪かったり面倒になったりすれば適当な嘘をついて流せばいいし、最悪でも売り飛ばすその場に自分がいなければいい。それで今まで何度も切り抜けてきた。


不敵に笑い合う二人。 実はメラニアは、優しく接してくれたタチバナに対し、激しい嫉妬と憎悪を滾らせていたのだ。


「あんな平民のくせに私と同じくらいの美貌を持って、男に悩む風もなく優雅に暮らしているなんて許せない! 私より幸せな女は、みんな地獄に落ちればいいのよ!」


そしてメラニアは思った。普段のランディはメラニアの発散相手にしか役には立たないけれど、こういう汚れ仕事だけは昔から嫌がらずに引き受けてきたため何かと便利だったのだ。メラニアの歪んだ性格が、救い手を牙で噛み千切ろうとしていた。


二人が再び激しい肉弾戦を再開する中、隣室の隙間から侍女ミルキーが息を潜め、頬を赤らめながらその光景を覗き込んでいた。


「私がこんなになっているのもメラニアさまのせいだわ。誰か責任とってよ・・・」


室内はそれほど暑くは無かったが、なぜかミルキーの身体は火照り、特に額と太ももの根元には汗が滲んでいた。

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