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ヒュービック大陸興亡記  作者: 田中好雄
第5章 受難!ブライトン兄妹
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5-1 謀略

ヴァルディス共和国で大統領就任四年目を迎える現大統領、ウィリー・クーパーはある日、執務室にて補佐官からの報告を受けていた。


「大統領、ご報告がございます」

「ウム、申せ」

「は! 先日アルカディア王国が行いました帝国への侵攻ですが、王国の大勝利、帝国の大敗北に終わりました。帝国は皇城が陥落し、皇帝とその一家は極秘裏に裏門から北の地へ逃げ落ちた模様です」

「なんだと!」


飲んでいた茶の湯呑が揺れ、書類の端へこぼれた。しかし、彼は火傷にも気づかず補佐官を睨みつけた。


「こちらが詳細な報告書となります」


静かに書類を受け取るクーパーであったが、その胸中は穏やかではなかった。クーパーは人払いをした。


「失敗したか」


共和国はこれまで、帝国をけしかけて王国と争わせ、両国の力を削いできた。今回も双方が大きな損害を受けて終わるはずだった。ところが、王国は共和国の予想を遥かに超える圧勝を収めたのである。


共和国は軍事的な弱小国ではなかった。だが、ここ二百年ほど、大規模な戦争は途絶えている。 それは二百年前、共和国においてとある軍事革命があったからだ。それは「鍛層の剣」である。各国はその圧倒的な武力を恐れ、諸外国が共和国との正面衝突を避けるようになったからである。


山岳地帯が多く、国土の八割を森林が占める共和国は、古くから林業や製炭業、木材加工が盛んであった。 そんな中、南の隣国・ナカーディア公国との国境付近の山間地で巨大な鉄鉱脈が発見された。そしてこの「鉄鉱石戦争」に勝利した共和国は豊かな鉄鉱脈を手に入れた。鉄鉱石戦争敗北の報を聞いたナカーディア公国のナカーダ六世公爵は、飲みかけた牛乳を吹き出して倒れたという。


鉄鉱脈を手に入れた共和国は、製鉄を国家事業に指定。そして長年の研究と技術開発を経てとうとう「鍛層の精錬」という奇跡に到達したのだった。鍛層鉄は国家保護素材に指定され、製法は最高機密として封印された。


共和国軍が真っ先に実用化したのが、鍛層製の剣である。その威力は凄まじかった。他国の兵が持つ鉄剣に対し、鍛層剣は刃を交えれば相手の鉄剣を「斬る」ことができた。それだけ鍛層剣は硬度があり、そして独特の製法によりしなやかさを保ち、硬いが曲がるし折れにくく、圧倒的な性能差をみせつけた。同時に製法を変えてしなやかさを無くせば硬さを強くすることも出来た。「鍛層剣を持つ軍隊と鉄剣の軍隊が戦えば、三倍の人数差すらあっさりと覆して圧勝する」とまで言わしめた軍事革命であった。


だが、その話を聞いた王国のクリス参謀は「そんなもの、知恵と工夫でいくらでも逆転できるさ」と鼻で笑っていた。


しかし、圧倒的な武力を手に入れた共和国の足元では民間から「反戦平和主義運動」が巻き起こった。戦争遺族たちが「戦争反対」、「子供を戦地へ送るな」と声を上げたのだ。草の根運動として始まったそれは予想外の勢いを見せ、反戦党単独で国策を左右するほどの勢力ではなかったが、戦争を始めれば反対派が結集し、政権を揺るがすだけの影響力は持っていた。


とはいえ民主国家である共和国政府はこれ以降の防衛方針を「高度な諜報・工作」へと切り替えた。もちろん軍事力の維持と技術開発も怠らない。その一方で裏では他国同士を争わせ、互いに消耗させて共和国へ牙を向けさせない、という徹底した対外工作を実施してきたのだ。


「諸外国を争わせ、互いに疲弊させる。我が国はその裏で物資を売りつけて利益を上げ、その富でさらに技術と防衛力を高める」


それが共和国の基本戦略であった。


そのために共和国がもうひとつ利用したものが教会であった。共和国は帝国に対して教会を通じて神の教えと称してとある思想を広めた。


「人間は誰もが平等な豊かさを受けられる。豊かな者は貧しい者へ分け与えよ。豊かな者から奪う事も神が認めた平等である」


このように吹き込み、より豊かな王国へとその目を向けさせた。同時に「水は恐ろしいものだ」と刷り込み、水軍作りの芽をことごとく摘んできた。


王国に対しては帝国とは別の思想を広めた。


「人間は神の意思により生まれながらにして平等である。生まれ落ちた後は能力、家柄、財産等様々な不平等が存在するが、それはまさに人間の罪である」


その結果、根深い身分制度と平民の不満が国力を削ぎ続けてきたのだ。


今回の王国による帝国侵攻も、共和国の工作員が王国の情報部軍人をそそのかし、その気にさせ提案させたものであった。 共和国の読みでは、ある程度帝国に損害を与えたところで王国が引き揚げ、双方痛み分けで終わるはず、だったのだ。


「それがまさかクリスとディックという二人の軍人によって、帝国が皇都まで失って大敗するとはな」


クーパー大統領は頭を抱えた。計算が大きく狂ってしまった。 王国が帝国をそのまま併合してしまう事態だけは避けねばならない。


「大統領、作戦部より上がって参りました対王国・対帝国同時工作案にございます」

「見せてもらおう」


補佐官から提出された作戦案の概略は、以下のようなものであった。


【対帝国工作】 弱体化した帝国軍の再建のため、武器商人経由で裏から資金と武具を流し込む。帝国政府との直接接触は避け、悟られないようにする。さらに帝国聖導教会を利用し、煽動によって平民の若い男性を大量に軍へ志願させる。


【対王国工作】 王国弱体化のため、国内の不満分子へ資金と武器を極秘裏に供与して決起を促す。 同時に王国聖導教会を通じて貴族の特権意識を煽り、平民と奴隷への締め付けを強めさせる。さらに、王国が輸入に頼る肥料の品質を意図的に落とし、穀物不作を引き起こして食料価格高騰による社会不安を煽る。


「いいだろう。裏で我が国が動いていると悟られぬよう、綿密に進めねばな」

「はっ。すでに要員を選定し、準備に入らせております」


ここで重要なのは、王国および帝国にある聖導教会が、実はヴァルディス共和国にある「共和国聖導教会」の末端組織に過ぎないという事実であった。それは開祖、ヒュービック生誕の地とも深く関係していたがこれはごく一部の教会上層部しか知らないことだった。各国のトップすら知らないこの極秘ルートを通じて、共和国の意思がそのまま宗教的な「教理」として現地へ投下されるのだ。


指示を受けた工作員たちは、直ちに王国・帝国双方で暗躍を開始した。王国では、貴族たちが今まで以上に平民を虐げ、鬱憤を溜めた平民がその腹いせに奴隷を痛めつけるという負の連鎖が加速していた。街では小競り合いが頻発し、さらに原因不明の野菜、穀物の生育不良により、秋の収穫への不安が広がっていた。


一方、帝国では武器商人へ秘密裏に大量の資金と装備が運び込まれ、安価で良質な武具が軍へ供給され始めていた。 さらに村々では、教会の神父たちが村の男たちを集め、声を張り上げていた。


「いいか、立ち上がれ男たちよ! この帝国の危機に立ち上がらぬ者は男ではない!」


日頃から妻に叱られ、子供に馬鹿にされ、人糞臭い身体で肩身の狭い思いをしてきた農夫たちが、生唾を呑んで神父を見つめる。


「王国は不当にも豊かな糧を独占しておる! 神はその不平等をお許しにならぬ! お前たちが男なら今ここで意地を見せよ!なに、不安か? ならば今ここで、教会が預かる奴隷女を使って男を証明してみせるが良い!」


男たちが躊躇っているとすかさず神父が畳み掛けた。


「帝国を守る男に必要なのは、力と覚悟だ! 口先ではなく、その身で証明してみせよ!」


神父が手で合図を送ると、使用人によって奥の扉から肌の黒い若い奴隷女が引きずり出された。恐怖に顔を歪め、涙を流す若い女。


「さあ、どうした!」


神父は使用人に奴隷女の衣服を引き割かせ、農夫たちを扇動した。男たちの目が一瞬で野獣のそれに変わった。


「ひ、ひぃぃっ! やめて! 助けて!」


悲鳴を上げて逃げ惑う奴隷女だったが、説教室の重い扉は固く閉ざされていた。そして神父は、男たちによる凄惨な暴行を黙認した。やがて、我に返った半裸の男の手を神父が掴んだ。


「さあ、ここに名前を書くのだ。神のため、帝国のためにな!」


握らされた筆で、男たちは言われるがまま「帝国軍入隊書類」に名前を記入していく。逆らえば今の暴行を告発されるという、完全な脅迫と裏取引であった。


こうしてヴァルディス共和国の描いた黒い筋書き通りに、王国と帝国の二つの国は、さらなる混乱と混沌の渦へと引きずり込まれていくのであった。農夫たちが呆然と教会から立ち去った後、神父たちは入隊書類の束を数えながら顔を見合わせた。


「これでまた共和国から報酬をもらえるわい」


説教室に、神父たちの下卑た笑い声が響いた。


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