4-13 北伐
クリスティ・ギャロット中尉は攻城作戦の立案に頭を悩ませていた。シロタ、バスクを伴い、旅人を装いながら北上して王国軍実戦部隊に合流したのは数日前であった。
その頃、南西二日の距離では王国輜重部隊が帝国軍と対峙していたが、その急報はまだクリスのもとへ届いていなかった。この後、侵攻軍の実戦部隊は帝国首都、皇城を攻める、つまり攻城戦に入るのだが、なかなか良い作戦は出ていなかった。
「バスク、皇城の構造はどうなってるか?」
「は! 帝国の皇城は巨大な城壁で囲まれ、出入り口は南北の二箇所しかありません。皇城の北側には中規模の河川が流れ、そこから城内へ水を引いております」
「城壁は分厚いか?崩せるか?」
「いいえ、かなりの規模で厚みがあります。城壁を外から破壊することはかなり困難かと」
「シロタ!」
「は!」
「攻城戦の作戦を作れ!」
「は!」
侵攻や戦争行為において、ある程度の犠牲が出るのは致し方ない。だがクリスはそもそも、大軍同士の激突という行為そのものを「無能どもが招いた失策」程度に考えていた。
「私はな、戦争などバカバカしさの極みだと常日頃から思っている。そうは思わないか、シロタ」
「クリス様のお考えも分かりますが、そのようなお考えが軍の上層部と政府にあるはずがありません。それに血の気の多い貴族共も納得しないでしょう」
「問題はその貴族共なんだよ。俺の策略に絶望して血の涙を流しながら死ぬならまだしも、敵兵と戦って死なれては困るんだよ!」
「それがクリス様の本音ですよね」
「こんな詰まらない戦いで俺の復讐相手を減らされてはたまらん」
だが、次なる目標は攻城戦である。帝国の士気が低いとはいえ、皇城を守る近衛兵は精強であり、街の破壊を恐れる一般兵も必死で抵抗するだろう。それを踏まえてシロタは作戦を考えた。
そして翌日シロタが提出してきた作戦は、「兵糧攻め」であった。皇城の出入り口が二箇所しかない点を突き、その二門と北側河川を完全に封鎖する。城内から出る平民と奴隷は検査のうえで退去を認めるが、軍人、貴族、行政官の退出と、あらゆる物資の搬入を禁ずる。皇城内に残る軍と政府を外部から完全に切り離し、食料と士気が尽きるのを待つ作戦であった。
「何ヶ月くらいで干上がるか?」
「皇城内の食料備蓄量をバスク配下の諜報員が調べました。それをもとに計算したところ、平民の退去を認めた場合でも、軍人と政府関係者だけで三ヶ月は持ちません。軍馬の飼料や灯火用油、医薬品はさらに早く不足します」
「よく作ってくれた、シロタ。一通り見たが、私からの修正点は何一つない。犠牲を完全にゼロにはできまいが、多大な血が流れるはずの攻城戦において、これなら最小限の犠牲で城を落とせる」
「は!恐縮です」
いつになく饒舌に褒めちぎるクリスを見て、シロタは、クリス様もお疲れなのだろうな、と静かに心中で察していた。
シロタが作り、クリスがその作戦を実戦部隊司令部へ提出した。幾つかの案と合わせて吟味されたが、クリスが提出した兵糧作戦は以下の点で採用が見送られた。
1.時間がかかること。
2.皇城を囲む王国軍の食料を運ぶため、長い距離を王国軍輜重部隊が行き来することとなり、費用が嵩むこと。
3.多くの貴族将校が戦いたがっていること。
そのため別の情報参謀が提出した攻城戦が採用され、クリスは天幕に戻ってシロタへ毒づいた。
「司令部は何も分かっとらん!戦えば犠牲者が出る。犠牲者が出れば恨みが生じる。恨みが生じれば将来に渡って戦乱の火が残り続ける。一人でも死者を減らす戦いをしなければならんのに、何が、貴族将校が戦いたがってる、だ。恥を知れ!」
「クリス様、外に聞こえます」
「構うもんか!クソったれ!」
こうして翌日から攻城作戦が開始された。
まず王国軍は部隊を南門攻撃隊と北門牽制隊に分け、南門攻撃隊にははるばる王国から運び入れた巨大な攻城兵器を使わせることとなった。それは「破城槌」と呼ばれる巨大な丸太の先に鉄の角をつけ、その質量をまともに城門にぶつけて破壊する兵器である。実はこれをここまで持ち込む苦労も並大抵のものではなかったのだ。クリスに言わせれば「馬鹿そのもの」である。
この破城槌は火矢を防ぐための簡易的な木製屋根が付けられておりその表面には薄いが鉄板が貼り付けてある。そしてその屋根の支柱に大木の丸太がぶら下がる構造となっている。そしてその大きな丸太を大勢の兵士が引っ張り、離す。すると振り子のように先が鉄で尖った丸太が城門にぶつかり、破壊する、というものだ。
翌日早くに皇城近くに布陣した王国軍はさっそく城門破壊のために破城槌を組み立てはじめた。皇城からの出兵はなく、高い城壁の上には弓を持った兵士がずらりと並び、威圧してきている。
そして破城槌が組み上がると共に王国軍より突撃銅鑼がならされ、一斉に破城槌を中心とした突撃部隊が皇城南門へ殺到した。城門からは火矢が破城槌に向けて雨となって降り注ぐ。破城槌を囲う屋根が針鼠のようになるが、鉄板のおかげで屋根が燃え上がるまでには時間が必要だった。
そして王国軍も城壁まで行き、何本もの高ハシゴをかけ、兵士が登り始めた。ハシゴを登る兵は特に重い装備で矢を防ぐも装備の隙間に矢が刺されば流石に登れなくなる。しかしハシゴが五本、六本とかかり、その中央のハシゴを登る兵士は城壁に登れる寸前まで行くのだが重い装備のため、城壁に登る頃には疲れのため速度が落ちる。そしてそこをまた狙われるのだ。
しかし司令部の思惑はあくまでも城門破壊であった。故にハシゴ兵は囮としてしか考えておらず、その犠牲をみつつ破城槌を引く兵士に号令をかけた。その号令のもと、多くの兵士が太綱を握り、破城槌を限界まで後方へ引いた。合図とともに綱を離した。
轟音が城壁一帯を震わせた。
破城槌が物凄い勢いで城門に突き刺さるが、城門はびくともしない。再度、同じ箇所を狙うため大勢の兵士が太綱を握り直し、引っ張り上げ、落とした。そうしている間に何と、皇城西側から帝国軍の騎馬部隊が突入してきた。実は皇城の東西には馬がようやく通過できるくらいの小さな通用口があったのだ。帝国騎馬隊は通用口を開くと同時に駆け出し、城壁沿いを南下した。
「クリス様、帝国軍は西の通用門から騎馬隊を出撃させ、反時計回りで突っ込んできました」
「そのようだな。シロタ、敵騎馬隊が撤収するときにあわせて場内に攻め込めるか?」
「敵騎馬隊が撤収できるほど王国軍は甘くありません。恐らく全滅でしょう」
「まあそうだな」
帝国軍騎馬部隊は散々に破城槌の太綱を持つ大勢の兵隊を狙うもそうはさせじと弓隊が矢で防ぐが矢がびっしりとささった盾を構えて大勢の騎馬兵が突入してきた。そして太綱から槍や剣に持ち替えた王国兵との激しい乱戦となった。
しかし所詮は数が違う。帝国騎馬兵の多くが討ち取られていったが、太綱要員の兵士たちの多くも犠牲となり、それ以上に太綱の多くが切られてしまったことが痛手となった。
太綱要員の兵士を補充し、素早く切られた太綱を結び直している間にとうとう、火矢を防いでいた破城槌の屋根が焼け落ち、破城槌に直接火矢が命中するようになってきた。同時に太綱を結び直していた兵士にもつぎつぎと矢が命中し、多くの犠牲が出ていた。
そのような大きな犠牲を払いつつ、ようやく結び直された太綱を引き上げ、何とか三回目の破城槌打撃を行ったが城門はいまだ落ちなかった。
そしてとうとう、破城槌を引っ張り上げるための太綱に火が周り、どんどん焼ききれていってしまった。こうなってはもう引き上げることができない。
「何とかならんのか!もう少しで城門は壊れるぞ!」
何とかならんのか、と言われて何とかなるようなら話は早いのだが、どうにもならなかった。帝国軍も必死なのだ。
結局、破城槌から焼け落ちた太綱を直せず、ハシゴ兵も城壁攻略ができないまま日が傾き、夕刻となった。夜間の城攻めも考えた司令部だったが兵の消耗と疲労が激しく、一旦引いて野営することとなった。
「明日からどうなると思うか?シロタ」
「恐らく今夜遅くにひっそりと破城槌に近づき、引き戻そうとするのでは。引き戻せたら綱を結び直すなり、するかと思いますが、まあ無理でしょう」
「ほう、無理か」
「はい。私なら王国軍が引いた瞬間に一斉に破城槌に火矢を打ち込んで完全に燃やし尽くします」
まあそうだろうな、と思ったクリスは無言で頷き、考え事をしていた。
翌朝、二つの報告が王国軍実戦部隊司令部にもたらされた。一つは輜重部隊の増援に出向いていた部隊が帰還したこと。そしてもう一つが皇城の城門破壊のために持ち込んだ破城槌が燃やされ、完全に使い物にならなくなってしまったこと、であった。
実戦部隊司令部は緊急の軍議を開き、そこへクリスも呼ばれて参加した。
「今後の方針を決める必要がある。副官、ここまでの損耗を報告せよ」
「は!当初実戦部隊は三万四千の規模で進発しましたが、現時点までに死傷者合わせて約六千が戦線離脱となりました。現時点での戦力は二万八千となります。特に昨日の戦闘においておよそ二千の損害が出ております」
そして実戦部隊最大の問題は、巨大攻城兵器の破城槌を失ったことにある。これでは力押しを行うにも別の方法を考えなくてはならない。そして更に報告は続いた。
「王国軍の輜重部隊は健在ですが先日の輜重部隊周辺戦闘により、予定よりも二日ほど、物資補給が遅れます。つまり、今日と明日は先ほど帰参した部隊による補給でなんとかなりますが、その後の二日間は補給がありません。つまり、今日と明日の二日間の食料で四日分を食いつなぐ必要があります」
「食料は深刻だが、途絶えたわけではない。各部隊、配給を減らして乗り切れ。心苦しいが、回収した戦死者の携行食も無駄にするな。次は残存部隊でどうやって皇城を攻略するか、だが、クリス中尉!」
「は!」
「貴殿の作戦、兵糧作戦だな、これは今からでも可能か?」
「はい、可能です」
「よろしい。では貴殿の作戦だ。貴殿が臨時司令官となって作戦を遂行せよ。これは命令である」
「は!」
包囲軍はすべてクリスの命令系統へ組み込まれた。




