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ヒュービック大陸興亡記  作者: 田中好雄
第4章 帝国征伐戦
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4-9 反攻

その年の暮れ、王都には初雪が降った。翌朝には雪こそ止んだものの、路面は白く凍りついていた。そんな寒さの中、王国軍では年に一度の全軍会議が開かれた。

近衛兵団、右翼軍、左翼軍、そして中央軍の幹部が一堂に会し、年明けからの行動計画の確認や次年度予算の最終すり合わせを行う重要会議。そこで右翼軍情報部から、思いもよらぬ提案が出された。春の種まきが終わる頃に農民出身兵が軍に戻るのを待ち、ガルディニア帝国へ侵攻する、というものであった。

要するに、右翼軍自身の立場を立て直すための戦争だった。この提案を聞いたクリスは吐き捨てた。


「右翼軍のために国をおとしめるバカが」


それを聞いたシロタがクリスに聞いた。


「クリス様。確かに言わんとされている事は分かりますが、念のためクリス様のお考えを聞かせて下さい」

「そうだな。まず戦争、とりわけ軍隊というものは使わないことに意味があるんだ。その前提で言えば過去数十年間の帝国は軍を王国に侵入させて小さい利益を奪おうとする、まったく無能な集団といえる」

「軍隊は使わないことに意味がある、とは?」

「軍隊というものは何も生み出さない。単に消費するだけの存在なんだよ。とりわけ取り返しがつかない人命すら消費するからな。この何も生み出さないことと人命を失うことを考えれば多少の略奪など無いも同然だ。だからこそ軍隊は相手国への脅しに使うのが一番なんだよ」

「そうですね。だからこそクリス様は人命が失われないように、とされているのだと理解しています」

「そうだな。そして戦争というものは単なる政治的な目的を達成するための様々な手段のうちのひとつでしかない。更に言えば他の様々な手段の中で最も効率が悪くて費用がやたらとかかる最悪の手段、と言えるだろうな。何も生まず消費するだけの集団。だけど政治目標を達成するためには不可欠な存在。これが軍隊だ。使わないに越したことはないんだ」

「使わないが必要なもの、なんですね」

「そうだ。だからここ何十年も共和国は戦争をやっていないだろう。でも共和国軍は精強だし装備も充実している。王国はあの姿を目指さなければならん」

「では右翼軍に実戦経験を積ませたい、ということは間違いでしょうか?」

「そうだ。明確に間違っている。経験を積ませるために人が死ぬことなど許容できるはずがない」


確かに実戦経験の偏りは将来的な課題であり、人事異動による人員配置の転換も行われてはいた。しかし、同じ実戦でも防衛戦と侵攻戦では性質が異なってくる。それゆえ、一見すれば実現困難と思われたこの提案は却下されるどころか決裁が下りてしまったのだった。


「一体どの様な政治目標を達成したいのか。話にならん」


呆れ果てたクリスは、再び苦々しく吐き捨てた。

全体軍議で決まった帝国領侵攻。その目的は「帝国に王国軍の軍威を知らしめ、王国内への今後の侵攻を躊躇させる」という極めて曖昧なものであった。

王国では軍の提案が政府・議会・国王を経て承認される。しかし長年その仕組みは形骸化しており、反対する者はほとんどいなかった。


国王の裁可が下りると、王国軍は実際の作戦指揮を担う「ガルディニア帝国侵攻軍司令部」を立ち上げた。近衛兵団を除く三軍の首脳が揃い踏みし、最初に検討したのが侵攻部隊の構成である。

本来なら右翼軍の管轄であるが、定員の半分に満たない上に長年実戦経験がない。おまけに一級装備品は国境警備隊や中央軍、左翼軍へ優先的に回され、右翼軍に残された装備は質・量ともに散々な状態であった。それを知ったクリスは再び王国政府批判をシロタにしてしまった。


「よくこれで上層部は対外侵攻を決めたものだな」

「本当ですね。対する帝国はどうなのでしょう?」

「問題はそこだ。帝国の戦力が分からん。こちらが攻撃されたなら二倍、三倍にして叩きのめすしかないが、こちらから仕掛けるとなれば話は違う」

「では、どのような条件が必要なのでしょうか?」

「まず相手の兵数、武器装備、兵站、街道、士気などを徹底して調べ上げ、自国と比較する。その上で少なくとも二倍の戦力で侵攻できるか、徹底した頭脳戦を仕掛けられるか、そのどちらかが必要だ。そして何よりも国民の合意がなくてはならない」

「二倍ですか。それほどの差が必要なのですね」

「いや、これは最低限だ。帝国の首都、皇城を攻めるなら五倍はいる。もちろん皇城までの損耗を考えればもっと必要だ。攻める側は守る側よりも犠牲が多くなることを計算に入れれば二倍では全然足りないくらいだ」


戦争準備というものをまったく無視した侵攻判断にクリスは呆れを通り越していたが、司令部は着々と準備を進め、軍容を決定した。


右翼軍の不足を補うため、実戦経験のある人材を各軍から一時的に配置し、軍を北に向けて進軍させる方針をとる。そして情報作戦部には、実績を買われたクリスティ・ギャロット中尉が配され、首席少尉に昇進したディック・ブライトンが配下の百人とともに加わることとなった。

王国政府と軍上層部の方針へは強い不満があるものの、立場上は従わざるを得ないクリスは現場に入る身として全力をあげて少しでも良い結果を出すことでしか対応策が無かった。


決定された最終的な侵攻軍は総勢五万三千。内訳は実戦部隊三万四千、工作部隊六千、輜重部隊一万、輜重護衛部隊三千である。

情報作戦部では様々な作戦案が議論されていた。「帝国長期占領案」や「短期略奪案」、果ては「皇帝誘拐計画」や「帝国南部に第二帝国を建国する案」など、独創的といえば聞こえの良い怪文書のような案すら飛び交う中、クリスもシロタと向き合っていた。


「シロタならこの侵攻の作戦計画をどう作る?」

「いえ、私の段階では情報が足りなすぎます」

「では情報があればどの程度の作戦まで立てられそうか?」

「そうですね、帝国を取ってこいと言われれば取ってまいりますが・・・・・・」


冗談めかしたシロタの言葉だったが、クリスは笑わなかった。この男なら本当にやってのけるだろうという怖さがあったからだ。クリスは集められる限りの情報を提示し、作戦の核心を伝えた。


「俺は今回政治家が決めた侵攻の方針だけは評価しているんだ。つまり、帝国に王国軍の軍威を知らしめ、王国内への今後の侵攻を躊躇させる、という政府の方針の前半はどうでもいいとして、後半だ。これは正しいと思っている」

「つまり、王国内への今後の侵攻を躊躇させる、という部分ですね」

「その通りだ。よって私の作戦の目的もここに置くことにする」

「ですがクリス様、そのような弱腰ではなく帝国そのものを奪い取ってしまえば、半永久的に今後の侵攻というものはなくなると思いますが」

「そうか?では帝国を奪い取った後はどうする?お前が帝国の皇帝になるか?」

「いえ、前言撤回します」

「では帝国は奪わない。だが、今後の王国内への侵攻を躊躇させる、という方針ではどうだ?」

「そうですね、費用をかけていいなら帝国へ侵略して皇帝を捕えるか帝国軍を打ち破るかし、軍事施設や軍需工場などの軍関連施設を破壊します。もし費用をかけるな、ということならタチバナとバスク以下をお貸しいただければ何とか近いところまでは出来ると思います」

「まあこの国は調略とか工作活動を低く見ているからな、裏工作で、というのはまず無理だろう」

「そうですね、そうなるとたくさんの人が傷つきます」

「そうだな、外交もせずに戦争をしたがるような奴らだ、建前のためには人が死んでも構わないのだろうな」


寒冷な北の帝国領を羨む王国民などおらず、取ったところで誰も移住したがらない。それでは奪う意味がないのだ。

ちなみに同じような時に王都の別の場所では同じ様な会話がなされていた。


「ドギー、スパイクを呼べ」

「は!」

「スパイク准尉、到着しました!」

「入れ!」

「ところで准尉。今回の帝国遠征について、准尉ならどのような作戦計画を立てる? 述べてみよ」

「はい!えらく突然でありましたので用意しておりません!」

「そうか、悪かった。では今ここですぐに考えてみよ」

「できません!」

「できないか」

「はい!できません。首席少尉殿のご意見を先に伺いたく存じます」

「うむ。俺の意見はな、大軍と一緒に糧食を抱えて帝国に侵入し、困窮する村々を救うぞ。そして王国への編入を希望させ食糧を分け与える。こうして少しずつ帝国領土を切り取る、ということがいいと思うのだが」

「首席少尉殿、それは穴だらけです!」

「・・・・・そうか?」

「はい。まず王国民が飢える可能性があります。次に軍だけではなく多くの村民の糧食も運ぶとなると輜重部隊に過大な負担となります」

「まあそうかもしれんな」

「はい!そして帝国は事前に村民から人質を取っておけば村民は絶対に折れないでしょう」

「確かにそのとおりかと思う。では准尉の作戦はどうか?」

「はい。首席少尉殿の作戦を聞いていて感じました。首席少尉殿は帝国民を助けたいのでしょうか?」

「まあそうだな、それが最優先というわけでは無いが王国で略奪をしないと食っていけないのは憐れだと思う」

「しかしそれは帝国の皇帝と政府の問題です」

「それはその通りだ。しかし、だからといって帝国民だから気にする必要はない、というのは違うぞ」

「首席少尉殿らしいです」

「いや、そうではなくてな、どう考えるか?スパイク」

「そうですね、話していて思いました。もし帝国の食料生産量が増加すれば王国に略奪戦争を仕掛けなくて良くなる、でしょうか」

「まあそれほど単純ではなかろうが、でも極めて大きな理由の一つはなくなるな」

「そういうことであれば話は難しくありません」

「どうするんだ?」

「これは軍という範疇を越えますが、王国政府は帝国へ農業技術を与え、収穫量を増やすべきです。略奪の必要が薄れれば、戦争の理由も一つ消えます。そうすれば、帝国へ攻め込む必要もなくなるでしょう」

「軍の仕事ではないな」

「はい。ですが、本来は軍を動かす前に政府が行うべきことです」

「ではどうする?」

「そうですね。再確認しますが、王国には帝国を積極的に攻める理由は見当たりません」

「そうだな、攻め入っても奪えるものがあまりない」

「はい。なので過去、王国から帝国への出兵はほとんど無かったと思います」

「確かにな」

「なればこそ、帝国は王国が羨ましく、王国は帝国のことなどまったく羨ましがっておりません」

「まあ北の不毛な土地だから仕方あるまい」

「ならば今回は戦わず、交渉の糸口を探します!」

「政治まで含めた回答としては合格だが、戦争に限った回答としては不合格だな。ドギーはどう思う?」

「へ?私ですかな?私はそうですねぇ、楽な方が良いですな!」


王都で似たような会話がなされていたとも知らずにクリスはシロタに様々な点を打ち合わせし、再度侵攻目的を確認したのだった。

シロタは目的が明確になるとまるで水を得た魚のように生き生きと作戦計画を組み上げ始めた。クリスも度々意見を交わし、双方の強みを活かして細部を詰めていく。謀略や工作に長けたクリスに対し、実戦部隊の運用や作戦立案においてシロタの頭脳は極めて優れていた。

二人が作り上げた緻密な作戦案が提出されると、右翼情報作戦部は即座にそれを採用した。最も費用が安く済む作戦であったからだ。


初春から始まった出撃準備は、慌ただしいものとなった。大量の食料買い付け、家畜や物資、装備品の新調。コスト削減のために中古品の買い付けが認められたため、業者たちは王都のみならず地方都市まで幅広く駆け回った。

そのような中、クリスが提出した作戦が前倒しで極秘発令され、三月後半には中央軍で鍛え抜かれた軍工作部隊四千が先発したのだった。


その後、軍が買い付けた物資や食糧がどんどん王都郊外にある軍倉庫に運び入れられていった。


「ここまで派手に動けば、各国の潜入諜報員に気づいてくれと言っているようなものだな」


情報統制の甘さも相まって、「王国軍が数ヶ月後に五万人規模で帝国へ侵攻する」という極秘情報は容易に漏洩した。

裏付けを取った諜報員からの報告に、もちろんガルディニア帝国は浮き足立った。帝国側も王国側の出兵を断念させるための工作員を相次いで派遣した。工作が芳しい成果を上げないと見るや、皇帝陛下の号令一下、徹底的な迎撃準備へ切り替えたのだった。

そのような慌ただしい帝国の皇城の一角で帝国軍の将兵が酒を酌み交わしていた。


「生きるための食料に苦労のない王国がなぜこのような寒い北方を攻めるのだ?王国民は誰もこんなところに住みたくないと聞くぞ。我々はあのような惰弱で意思決定さえ満足にできない王国に負けるわけにはいかん。我々は皇帝陛下の元で強く統率されているからこそ、この寒冷の地で生き残れているのだからな。」


帝国では飢饉のたびに子供を犠牲にする風習があった。だが三代前の皇帝はそれを禁じ、働けなくなった老人や重病人を皇城が引き取る制度へ改めた。それは帝国の未来を守るための、あまりにも冷酷な救済であった。

その結果、多くの子どもの命が救われたのだった。


双方の思惑が交錯するままおよそ二ケ月が過ぎ、春の種まきが一通り終わる頃、王都では出陣式が執り行われた。

そして、実戦部隊三万四千が進軍を開始し、二日後に輜重部隊とその護衛が続いた。行進する三万四千の軍勢の中にはクリスやディックの姿もあったが、二人の表情には何とも言えない影が落ちていた。

本来なら一万程度の軍勢で七日ほどの道のりだが、大軍であることと、間に合わなかった中古装備や消耗品が毎日のように行軍先へ納品される影響で、足取りを緩めざるを得なかったのだ。北方への行軍は、十日間に及んだ。


採用された作戦は、帝国の民間地域を極力傷つけず、軍事施設と兵站能力だけを徹底的に破壊する作戦だった。優先目標は、軍装備品製造工場、保管倉庫、皇城の城壁や皇宮。一方で、民衆の反発を最小限に抑えるため、居住地や商業地、食料倉庫などの破壊は極力避けるよう指示された。当然、帝国軍の迎撃には万全の構えで臨みつつ臨機応変に対処する。

さらに皇城での破壊活動を終えた後の「帰還時」にも、軍用街道、橋梁、橋などの渡河設備なども順次破壊し、帝国軍が国内を速やかに移動できないよう工作する計画が組み込まれていた。


この作戦を実行するため、侵攻軍は工作部隊を重視した編成を採った。実戦部隊三万四千は二軍に分けられ、工作部隊六千のうち四千は先発し、残る二千にも別途任務が与えられた。


春風の残る王都を後にし、王国軍は静かに北へ向かった。そしてこれらの記録を取るために侵攻軍に加わった王国全軍司令部記録処の若手担当官、リノス・ヤーヴェア少尉もその中にあった。


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