1-3 初陣
国境地帯の春は王都と比べて遅い。王都からおよそ七日の距離にある北部国境地帯は北部の寒冷地に近いだけでなく連なる山々が自然国境を形成しているため標高が比較的高く、その分だけ冬は厳しく春の訪れが遅い。
そんな晩春の頃、国境警備隊砦の前庭で古参兵が間近の山並みを見ながらディックに話しかけた。
「おい新入り。ここがどんな場所か分かって配属希望を出したのか?」
「はい。我が国と帝国の国境であり、周辺の治安維持も担う場所と認識しております」
「ここは国境の監視から治安維持まで何でも押し付けられる。だが人も金も足りん。帝国の動きまで怪しくなってきたってのにな」
「酷い話です」
そして日々の修練と治安維持活動に励む中、いつの間にか季節は夏に移り変わっていた。
汗を拭いながら入ってきたドギーが、不機嫌そうに吐き捨てた。
「坊っちゃん。近隣の村落で数件の強盗殺人騒ぎが起きているようです」
「坊っちゃんはやめろ、何度言ったら分かる?」
「すみません、坊っちゃん。で、その強盗の件ですがね」
「うむ」
「最初は村長たちも、地域の教会へ助けを求めたそうですよ。どんな小さな教会でも聖導教会は実力部隊を抱えていますからね」
「当然の判断だな。それで、教会はどう動いた?」
「動かなかったです」
ドギーは冷ややかに鼻で笑った。
「神父が求めたのは寄付金だそうです。強盗に荒らされて蓄えのない村落にそんな金があるはずもありません。にっちもさっちも行かなくなった村長が、丸一日かけて我が国境警備隊へ駆け込んできたというわけです」
「哀れなことだ。治安維持も我々の務め。すぐに討伐隊を出すべきだな」
しかし、その悲痛な訴えが届いた司令官室の反応は、あまりにも冷酷だった。
「ふん、強盗の鎮圧だと?」
豪華な椅子に身を深々と預けた司令官は、つまらなさそうに鼻で笑った。
「そんな金にもならん面倒な仕事、いちいち私にあげんでいい。下の者にでも適当に処理させておけ」
「はっ、かしこまりました 」
処理をすべて副官へと丸投げしたのだった。
司令官はそのまま手を振り、次の面会を通した。次の面会は毎月訪れる顔なじみの商人であり、いつもの通り司令官室で商人に金品を渡した。
「これでまた若いもんに旨いものを食わせてやってくれ」
「司令官もご苦労ですな」
「いつも通り、黙っとけよ」
司令官は私腹を肥やす一方で、不足する隊員の食費を自腹で補ってもいた。腐敗した人物ではあったが、部下のすべてを顧みない男でもなかった。
「シャドウ二等兵、准尉殿がお呼びです」
副官から丸投げされた准尉は、部隊の中から今後が有望な若手、として十人の二等兵を選抜した。その中に、ディックとドギーの姿もあった。そして丸投げされた准尉は十人を見渡し、言った。
「お前達に盗賊討伐は任せる。報告によれば盗賊は四、五人くらいだ。十人もいればいいだろう。首領は殺すな。背後関係を洗う必要がある。他は捕らえられればいいが無理なら神の元へ送れ。指揮官はお前たちで決めろ。実績を見せろ!」
「は!」
相談の結果、指揮官にはディックが就いた。ドギーはディックよりも年長だったがディックの補佐役であり、あとの八人はディックよりも年少だったからだ。
現地へ急行した十人を待っていたのは想像を絶する惨状だった。 荒らされた家々、倒れた村人たち。晩春の村落には血と死の臭いが充満していた。ディックは静かに立ち止まり、真新しい犠牲者の前で佇んだ。
「まずは、神の元へ召された村人たちの冥福を祈ろう。全員、敬礼」
拳を握りしめたディックはあらためて誓いを胸にした。十人は一斉に軍隊式敬礼を捧げた。敬礼を終えると、ディックは村落の惨状を見回して即座に指示を出した。
「負傷者が多いな。お前は確か負傷者の治療経験があったはずだな?」
選ばれた兵士の一人が前に出た。
「はい、シャドウ二等兵。応急手当程度なら心得ております」
「よし、お前ともう一人は村に残って負傷者の手当てに当たってくれ。動ける村人には遺体の埋葬をさせるんだ。それらが終わったら我々が戻るまでできるだけ村人の役に立つように動いてくれ。残る八人は強盗どもが逃げ込んだとされる大森林へ入る」
「了解いたしました!」
ディックは大森林の大まかな図を確認後、八人で計画的に捜索するための順路を作り、暗く陰る大森林へ足を踏み入れた。そして三日目の夜、木々の隙間に小さな篝火の光を捉えたドギーがまわりで捜索をしている仲間を集めて低く囁いた。
「見つけましたな。潜伏していた強盗一味ですな」
「うむ、馬も四頭だ。恐らく盗賊は准尉の言った通り四人くらいだろう」
そして篝火の下で一人の見張りと思われる姿があるが他には見えず、篝火の裏手にある洞窟で休んでいるものと思われた。
洞窟の奥までは分からない以上、盗賊を逃がしてしまう可能性もあるが、それを先回りして調べる時間はない。逆に相手を油断させて洞窟の外におびき出すほうがいいだろう。
篝火の周囲には空になった酒瓶が転がり、洞窟からは酔った笑い声が漏れていた。見張り役の男さえ、火のそばで眠り込んでいる。
「酔って判断が鈍っている。見張りに悲鳴を上げさせれば、状況も確かめず飛び出してくる可能性が高い。まず俺とドギーの二人で前に出て篝火のそばで寝ている男を射抜いて悲鳴を上げさせる 。我々が二人と分かれば奥から出てくるだろう。そうしたらお前たちも加勢して盗賊たちを包囲してくれ」
そしてディックとドギーは篝火の近くまで行き、盗賊の太ももめがけて矢を放った。矢は狙い通り寝ていた盗賊の足に突き刺さった。
「ぎゃー!」
悲鳴をあげて起きる盗賊。そしてその声に反応して洞窟から三人の盗賊が顔をだしてきた。全員、酔っ払っていた。
「お前たちは近隣の村を荒らす盗賊だな。首領は誰だ?」
「お前らは何だ?軍か?」
「なんだっていいだろう。誰に命令されている?」
「命令だと?命令は俺が下すんだよ!」
といっていきなり剣を抜いてディックに切りかかってきたのだ。間一髪かわしたディックは、
「こいつが首領だ!首領だけは生け捕りにしろ!他は抵抗を続けるなら斬り捨てろ!」
そして戦いの火蓋が切られた。
さすがに盗賊たちも八人に囲まれては分が悪い、と思ったのだろう。必死にまわりをみて逃げる隙を探しながらの戦いになった。
ディックは目の前の首領と思われる盗賊を相手にした。首領を殺すわけにはいかないが、自分が傷を負うわけにもいかない。ここは時間を長引かせて他の仲間が首領以外の盗賊を下すまで時間を稼ぐ。これがディックができることだった。
ディックの予想通り、強盗どもは次々と倒れていく。
しかしディックたち八人も無傷というわけにはいかなかった。盗賊の一人は剣の腕が良かったようで、三人を相手に一歩もひかず、一人の兵士の腕を斬り、もう一人の兵士の太ももを突き刺した。しかしその腕利きの盗賊も無傷ではなく、脇腹を刺されていた。しかし残った兵士が仲間の負傷兵に気を取られた一瞬の隙に森の奥へと逃げていった。
太ももを突き刺された兵士の傷は深手だった。まともに歩けない。もう一人は左腕を斬られて出血が多かった。
「ドギー、治療を頼む。俺は首領を縛り上げる」
「はい」
四人いた盗賊の二人が神の元へ召され、一人は怪我をしたが首領を捕獲する内に逃亡してしまい、残った首領はそれを見て抵抗を諦めた。
「坊っちゃん、一人逃げられました!」
「首領を木に縛り付けたら追いかける。ドギーは怪我人二人とともに村落に戻れ。あと二人も肩を貸してやってくれ」
二人の負傷兵と両肩を担ぐ二人の兵、そして彼らをまとめるためドギーの合計五人が村落へ引き返した。
「よし、逃げた盗賊を追うぞ!」
ディックは一人を首領の監視役として残し、ディックともう一人の二等兵で逃げた盗賊を追跡したが、ほどなく森の中で絶命している盗賊を発見した。出血が多く、気を失ってそのまま神の元に召されたようだった。ディックはその盗賊の左耳と先程の戦闘でやはり神の元へ召された盗賊二人の左耳を切り取った。これは盗賊三人分の死亡報告となる。
ディックは村落へ戻った。
「坊っちゃん、深手を負った二等兵が・・・」
「何だと!」
ディックはその二等兵のところに行ったが、既に神の元へ召されていた。ディックが初めて見る仲間の死。それはあまりにも衝撃的であり、自分の指揮が果たして正しかったのか考えてしまっていた。
ディックは静かに彼の首輪章を外した。その目は涙で濡れていた。
「村長殿、彼の埋葬を・・・」
「はい、お引き受け致します」
重罪人の首領と三人分の左耳、そして二等兵の首輪章を持って国境砦へと帰還したディックたち。しかし仲間を一人失ったことはディックの心に暗い影を落としていた。
そこで驚くべき事実が判明した。
「おい、知ってるか? 俺たちが捕まえたあの首領、長年王国内で凶悪犯罪を重ねてきたお尋ね者だったらしいぞ」
同行した若い兵士が、呆れ顔でドギーに耳打ちする。
「被害に遭った貴族の別荘も多かったらしくてな。その首には破格の懸賞金が懸けられていたそうだ」
「へえ、懸賞金ですか」
ドギーが皮肉っぽく呟いた直後、司令官室から丸聞こえの大きな声が響き渡った。
「がははは! 見事だ! この作戦は、私が裏で完璧な指揮を執っていたからこそ成功したのだ!」
そう叫ぶや否や、司令官は即座に手柄を己のものへと書き換え、莫大な懸賞金を独占して自分の懐へ収めてしまったのだ。
その後、命懸けで任務を果たしたディックたち九人が司令官室へ呼び出された。
「お前達ご苦労であったな。諸君らの働きを称え、私の権限により褒美をやる!」
「司令官、一人の兵士が神の元へ召されてしまいました」
「うむ、そのようだな。首輪章は所定の手続に則って処理せよ」
「あの・・・!」
「なんだ、まだなにか用か?」
「いえ・・・」
司令官は満足そうに胸を張るが、提示された「褒美」は役職も給与も変わらない、名ばかりの形だけの昇格だった。平民兵は昇格しても給与は変わらないため、文字通り形だけであった。
司令官室を出た後、同行した兵士が収まらない様子で拳を握りしめた。
「手柄を丸ごと横取りされたうえに、給与も増えない名誉だけの昇格だと!? ふざけるな、俺たちは命懸けで森を捜索したんだぞ!」
「落ち着け」
ディックの声は静かだった。不満を爆発させる同僚に対し、彼はただ冷ややかに司令部の執務室を見つめている。
「奴らのやることだ。最初から期待などしていない」
その瞳は、軍に巣くう「膿」を冷徹に見捉えていた。
そして後日、ディックの元へ連絡が入った。神の元へ召されたあの二等兵は戦死ではなく事故死として処理され、その結果として特進も見送られた、ということだった。
「なぜ彼は戦死ではなく事故死なんだ?」
「帝国との戦争ではなかったからでしょう」
「そんな馬鹿な!」




