3-7 理由
タチバナの話を全員が黙って聞いていた。そして話が終わると再び沈黙が訪れた。そしてその沈黙を破ったのはやはりシロタであった。
「クリス様、もうひとつ伺ってよろしいでしょうか」
「もうここまで話したんだ。何でも聞いてくれ」
「わかりました。クリス様が軍に入ったご事情なり理由なり、教えてください。確かに表向きの理由はあることでしょう。復讐のため、ということも分かります。しかしそれだけには思えません。もし復讐を遂げられたら軍をお辞めになるのでしょうか?」
「そういう質問か。分かった。これもきちんと答えよう。タチバナもそこに立ってないで座れ」
そうしてタチバナに着席を促したクリスは再び話し始めた。
「俺が小さい頃、帝国軍が王国に攻め込んできて父上、この場合の父とはレイバー家のことだが、レイバー家が管理する森林に侵入してその木を勝手に伐採したことがあったんだ。帝国軍はその場所に野営地を構えてから王国に侵攻していたんだ。そして王国軍と帝国軍が戦った結果、帝国軍は北へ引き上げたわけだ」
「そんなことがあったんですね」
「そうだ。そしてその時に我が家に仕えていた平民出身の使用人の家からも兵士が出ていてな、その戦いで戦死してしまった。その戦いの後に父上は現場を見に行ったんだ。帝国軍が森の中に切り開いた野営地をな。そしたらその森へ行く途中に架けられていた小川や川の橋が落とされていたり、途中の村落は襲撃されていた。もちろん家畜の馬や食料も盗まれ、逃げ遅れた老人は殺されていた。それはもう悲惨なものだったらしい」
「そうでしたか」
「更に初夏の穀倉地帯で戦いが行われたため、戦場となった農地では作物がほぼ実らなかったし戦死した帝国兵の亡骸を片付けるにも大変な苦労があった。そういった帝国兵の死体を王国軍は片付けなかったんだ」
「今では出来る限り軍が行う仕事のひとつになっていますが、当時はやっていなかったんですね」
「そうだ。そのため戦争が終わった後の平民は悲惨極まりなかったんだ。その上、帝国軍は王国に攻めてきた、それを王国軍は追い返しただけ。ということは王国は何も得るものはない、ということだな。帝国軍は撤退した、とは言え多くの女子供を誘拐したし家畜や備蓄食料も略奪した。かかった費用を上回る利益があったかは知らんがな」
「ということは・・・」
「そうだ。俺は子供ながらにその戦争の跡を見て思ったんだ。戦争とか軍隊というのは周りに迷惑を振りまくだけのものでしかない、とな」
「でも軍人になった、と」
「そうだ。貴族への復讐はもちろん最優先だ。しかしもっと大きな目で見れば、この世から戦争という食料も物資も人命も無駄に消費してしまうものを消したいから、なんだよ」
「そのために軍人になった、と?それは少し矛盾ではないでしょうか?」
「矛盾ではない。戦争を無くすには誰よりも戦争上手にならなければならん。そして攻められたら百倍の損害を相手に与えれば、費用はかかるがまったく利益が出ない、という状態を作れる。何も儲からない戦争というのはやる気を失わせるはずなんだ」
「なるほど。でもそれだけでしょうか?」
「シロタ、お前はどう思っている?」
「私は軍事よりも政治と経済の方面を学びましたので軍事はまだ少し疎いのですが」
「そんなことはないとは思うが。でもな、軍事は政治とは違う、というその考えは違うぞ」
「どういうことでしょうか」
「軍というのは政治部局のひとつに過ぎん。軍人になってよりはっきり分かった。軍人というのは政治家なんだよ。ただ単に戦うことを仕事とした政治家だ」
「政治家ですか。まあ軍隊の最高指揮官は国王陛下ですからね。その意味では国王という政治権力の頂点に組織されている、と思えば政治の範疇に入りますが」
「そうだ。軍事というのは政治の一つの形でしかない。だからこそ俺は軍隊に入って無駄な戦争を辞めさせたいし、そのためには政治のひとつの部門として見ていく、外国との戦争なら王国政府の対外国部局の組織のひとつ、という見方をしないとだめなんだ。だから俺は軍を極めた後は政治家になる。そうしないと軍を政治の道具として使えないからな」
クリスのその独特の考え方を聞いてシロタ、ロラン、タチバナは衝撃を受けていた。軍をそのように考えたことは誰も無かったからである。
「タチバナがやっていることを見ろ。外国に行って高官をひっかけてくる。表には出ないが強烈な外交だろう。でもタチバナが動いてもほとんど誰も死なないし、ほとんど費用もかからない。こうやって国家は生きていくべきなんだ」
「あら、クリス様。私のことを褒めてくださっているようで、ありがたいですわ」
「ああ、俺はタチバナの仕事を誰よりも評価しているからな」
「ありがとうございます、クリス様」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第3章では、少し重い内容も含め、クリスたちの過去を描きました。
次章からは再びディックとクリスが活躍します。どうぞご期待ください。
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引き続き『ヒュービック大陸興亡記』をよろしくお願いいたします。




