2-6 面談
クリスティ・ギャロット中尉二十七歳の春、東方北部国境警備隊の作戦参謀として着任した。警備隊司令部に入れる程の事実上の序列三位である。着任時の挨拶で冷然と言い放った。
「私は情報部出身だ。君たちの働きを中央へ良く報告するか、悪く報告するかは私の一存にかかっている。しかし、私は不当な査定は好まない。君たちもしっかり働いて成果を出してほしい。そして、普段は後方部隊として地味な軍務に就いている糧食や医療といった者たちのことも、この機会に正当なる評価を行うつもりである」
いかにも中央から左遷、あるいは生真面目な任務を帯びてやってきた中級指揮官といった風情であった。クリスは早速、各部門の視察に動いた。
特に財務部を訪れた際には、あのシロタ二等兵との初面談となり、クリスは胸の高鳴りを抑えるのに必死であった。形だけの挨拶を交わし、シロタへ告げた。
「シロタ二等兵。昨年の帝国軍を退けた手腕について、報告書には書かれていない裏を確認したい。近々、時間を空けてもらうぞ」
後方部隊の視察を終えたクリスは、続いて実力部隊の視察へと向かった。左翼軍を回った後、最後に訪れたのが右翼軍である。そこにいたのは黒人兵であった。
「黒人兵、名を名乗れ」
「私は黒人です。名は持ちません」
「そうか。では黒人兵、昨年の帝国軍侵攻に関する報告書において、君の戦果に関する記述は極めて正確性に欠けるとの報告が上がっている。私が直接報告書の訂正を行うため、君の証言が必要だ」
「は!」
黒人兵は軍人として最も短く無駄のない返答を返し、その日の視察は終了した。
後日、クリスはシロタとの二人きりの面談の場を設けた。シロタは副官すら連れていないクリスの意図を訝しんだが、口には出さず黙っていた。
「シロタ二等兵、君が前にいた西方北部国境警備隊の財務報告を見た。……あれは一体何だ?」
「何だと言われましても困ります。私は規律通り、厳正に報告を上げたまでです」
シロタは目を丸くさせた。今更なぜ帝国軍を追い払った戦術ではなく、単なる過去の財務報告のことを問われたのか分からなかったのだ。だが、思いもしない角度からの言葉の奇襲であったことは確かであった。
「あのような真似をすれば、地元貴族から恨まれ、処分されるとは考えなかったのか?」
「考えましたが、その時は自分の運の無さを呪うだけです」
「運の無い、とは?」
「毎年のように帝国軍に侵攻され、軍の組織も装備も、本来なら費用をかけなければならない場所が無数にあります。それなのに、我が軍は余計なところに貴重な資金を回しすぎている」
「余計なところ、とは?」
「貴族へ支払う儀礼典礼費、という名の賄賂や、教会に支払う寄付金です。貴族や教会に死に金を払っても、軍の戦闘力はまったく強化されません。よって私は、あれを単なる有害な費用と判断し、現場の防壁修復費用や兵士の装備品調達費用に転用しました」
「なるほど。シロタ二等兵、君は貴族に恨みでもあるのか?」
「勤務中ですので、個人的な心情を中尉殿にお伝えすることは致しません」
なるほど。恨みがなければ「ありません」と言えば済む話だ。それを「勤務中だから言わない」と避けたのだ。つまり、程度はあれど確実に貴族を憎んでいる、ということだろう。
クリスはそれ以上、その点には触れなかった。シロタが貴族に対して恨み、引いては敵意を持つ。それが分かっただけで、手駒として引き入れるには十分であった。
「分かった、シロタ二等兵。後日、人事異動を言い渡す」
シロタはこれを聞き、降格か、あるいは不敬罪での処罰を覚悟した。
シロタの調べた限り、クリスティ・ギャロット中尉は下級貴族の出身のはずだ。であれば、嘘でも「恨みはない」と答えるべきだったか。しかし、嘘をついてその場を凌ぐという不合理な真似は、彼の知性と矜持が許さなかったのである。
翌日、クリスは黒人兵との面談を行った。部屋には二人しかいない。
「黒人兵、いや・・・ロラン・ドラン二等兵」
「!」
ロランは目を見開いた。この軍組織に入って以来、初めて自分の本当の名前を呼ばれたのだ。
彼は入隊時、申請書に名前すら書かず、一般人に割り振られる王国国民識別番号のみを記入していた。王国軍では名前欄に王国国民識別番号を書くことも認められていた。これは軍に入って人生をやり直したい、と思う若者が意外に多く、名前すら新たに自称することも認められていた。
申請書に残された唯一の手がかりは、同行した推薦人の名前だけ。王国の杜撰な管理システムでは、識別番号から名前を逆引きするだけでも一ヶ月以上の時間と莫大な資金が必要だと言われている。それを、目の前の中尉はどうやって調べ上げたのか。
「驚いたか?まあ、簡単なことだよ。君の申請書にあった推薦人の身元を情報部を使って追い、そこから君の過去の名前を確認しただけだからね」
「中尉……そこまでして、なぜ私のような者の名前を?」
「決まっている。君に強い興味があるからだ」
「それはありがたいことですが、私は軍令であれば中尉に従います。ですが、軍令がなければ従えません」
「それは軍人として当然だが、あえてそれを口にするのはなぜだね?」
「中尉は貴族家のご出身です。貴族家出身の将校が私のような、金で平民身分を買った元奴隷の末端兵とやり取りされれば、中尉の家名にも傷が付きかねません」
ロランは目の前の中尉が不気味であったのだ。できれば近づきたくない、個人的なやり取りはなく単に軍組織内の上下関係だけに留めておきたい、と思ってしまうような闇を感じ、無意識に距離を保とうと身を固くしていた。
「そうか?私は平民出身だが。ああそうか。私は下級貴族家に養子に入った身だから、戸籍上は貴族に見えるな。まあ、そんなことなどどうでもいい」
「それは、他者には隠しておくべきことでは?」
「まあ、普通はね。だが、君になら明かしても構わない。それで、君が持つ貴族に対する気持ちは、その程度の諦念だけか?」
「はい。平民のご出身とはいえ、中尉はれっきとした貴族のお方です。そのようなお方に話せる裏の内容など、私は持ち合わせておりません」
頑なに口を閉ざすロラン。初回はこんなものだろう、とクリスはロランを解放した。
「ロラン二等兵、近日中に人事異動を言い渡すから、そのつもりでな」
ロランは表情一つ変えずに敬礼し、執務室をあとにした。
後日、シロタとロランに言い渡された人事異動に、国境警備隊の誰もが驚愕した。二人は新任のクリス中尉の直属部隊へと配属されたのだ。
こうなることを予測できなかったシロタは「自分の情報分析能力はまだまだだ」と己を恥じ、こうなることを予感していたロランは「自分の運命がこの先どう転ぶのか」と静かに図りかねていた。
クリスはシロタを、自らの配下となる戦闘部隊百名の情報参謀に据え、ロランを実戦部隊指揮官に任命した。
通常、中尉の元で働く指揮官クラスには少尉や准尉が配属されるものだが、クリスは異例の人事を敢行し、自分の部隊から少尉・准尉の階級を完全に排除した。クリス以外のすべてを上等兵以下の一般兵で固めたのだ。無能な貴族の縁故将校が混ざれば、この二人の天才の足を引っ張る無駄な人員になると知っていたからである。
「黒人兵。これは君が直接動かす兵士たちだ。君の武勇は報告書で知っている。しかし多くの部下を動かす立場ではどうか、機会を与える。力を見せよ」
「は!」
「皆、我が隊の実戦兵は全員黒人兵の指示に従え。彼の階級は二等兵であり、この中には一等兵もいるが関係ない。我が命に従えぬ者は最初に申し出よ」
こうしてロランは臨時ではない立場として実戦部隊を配下に置き、率いていく立場となった。ロランの視界がにわかに滲んだ。それでも彼は姿勢を崩さず、ただ軍隊式の敬礼を続けた。




