2-3 報告
中央軍情報部内の執務室にてタチバナからすべての鮮やかな報告を受け取ったクリスは、満足げな笑みを浮かべて言った。
「タチバナ、よくやった。後で褒美を渡す」
「ありがとうございます」
「ところでタチバナ、クーシュ・ベルヌが落ちた一番の理由は何だと思うか?」
「それはもちろん、私の魅力ですわ」
「いや、次男の誘拐とか一部始終を見られたから、とか、色々とあるだろう」
「いいえ、私の魅力です!」
そう言い終えて一息ついたタチバナは、ふと思い出したように美しい首を傾げて口を開いた。
「クリス様。そういえば先日、国境警備隊の拠点で、非常に興味深い二人の男に立ち会いましたわ」
「ほう、お前が任務以外の人間に目を留めるとはな。聞こうか」
「はい。一人は黒人の巨漢兵です。凄まじい武勇の持ち主だと噂されていましたが、残念ながら名前までは確認できませんでした。そしてもう一人はディック・シャドウという名の青年将校です。確か階級はまだ准尉だったかと思います」
「ほう?」
クリスは面白そうに眉を上げた。
「お前がそんな最下級の准尉に興味を持つとは珍しいな。その黒人兵とやらなら、さぞ体格も良く精力的だろうから、お前の夜のお相手にはちょうど良かったかもしれないが?」
「クリス様、冗談はおやめになって」
タチバナはクスリと妖しく微笑み、すぐにその瞳を冷たく細めた。
「そのディック准尉ですが間違いなく、ただ者ではありませんわ。あれは警戒すべき怪物です。早いうちに私たちの仲間に引き入れるか、もし引き入れられないのであれば芽が出る前に排除すべきかと」
「お前にそこまで言わせるとはな。その男はどこかの貴族の出か?貴族であれば任官時点で准尉からスタートするはずだからな。もしくは平民の叩き上げか。まあ、少し調べてみよう」
「ええ、ぜひに」
タチバナが去った後、興味をそそられたクリスは、中央軍の情報網を駆使して「ディック・シャドウ」という軍人の素性を徹底的に洗わせた。
しかし、調査を進めるにつれ、クリスの顔から次第に余裕の笑みが消え失せていった。
どうしても、ディック・シャドウという男が国境警備隊に入隊する前の記録が、この世に一枚も存在しないのだ。
クリスは時間をかけて王国の戸籍、地方の徴兵記録、王都の公的病院の出産記録や傷病手当記録、教会の洗礼名簿から初等学校、中等学校の卒業記録に至るまで、あらゆる公的記録を遡ったが、彼の過去は完全に空白であった。
まさか外国人なのか?他国からの潜入工作員か?
そう睨んだクリスは、国境警備隊が保管している外国人の入国・通行記録を取り寄せ、調べさせた。しかし、そこにもディック・シャドウという名は影も形もなかった。
情報部の網に辛うじて引っかかったのは、彼が軍に提出した「入隊志願書」と、それを裏付ける「身分証明書」、そして「洗礼式証書」の三点のみ。しかも不気味なことに、その三つの書類の形式や王国の法律上の体裁は、何一つ文句のつけようがないほど完璧に調えられていたのである。
そして一つの大きな疑問点をクリスは見つけていた。それは教会の洗礼名簿には名前の記録が無いが入隊志願書に添えられた書類には洗礼式証書があったことだ。これは教会が洗礼式のときに記録をし忘れたか、もしくは洗礼式を受けていないにも関わらず、その後の成長に伴って洗礼式証書を偽造したか。残念ながら王都の貧困街では各種書類の偽造を請け負う黒い組織がある、という噂があった。
もうひとつ調査の末に分かったのは、その完璧な書類を軍の窓口に提出したのが「ドギー」という名の男であるということだけだった。
もしそのドギーという男にしっかりとした家名さえ残されていれば、そこから血筋を辿ることもできたはずだ。しかし、書類に記されていたのは「ドギー」という名のみ。それは彼が意図的に隠したか、もしくは別の理由があるのか。
「ディック・シャドウ、お前は一体、何者なんだ」
薄暗い執務室で、真っ白な調査報告書を見つめながら、クリスは未だ見ぬ国境の准尉に対し、底知れない不気味さと奇妙な高揚感を覚え始めていたのだった。
「タチバナ、タチバナはいるか?」
「はい、クリス様。どうされました?大きなお声で」
「ディックを探してこい!今すぐだ!」
「クリス様、無茶を言われると困ります」




