第9話 田舎の手仕事を、炬燵で
やがてベルさんが朝食を食べ終え、食後のお茶がふんわりと湯気をたてる炬燵の天板の上には、新聞紙が広げられていた。そして、その上に黒くてゴツゴツとした樹の実がばら撒かれる。
「よーし、やるぞ~!」
私は軍手とマイナスドライバーを手に、気合を入れた。テレビを興味深そうに見ていたベルさんが振り向いて、何事かと眉をしかめる。
「コレは何だ?」
指先でその硬い実を拾い上げて眺める。
「何って、胡桃だよ。鬼胡桃」
「鬼…?鬼族か?」
「うーん…多分ベルさんが思ってるのとはちょっと違うかもなぁ」
(魔族の国ってナッツも無いの?いや、まさかそんな…)
私は取り敢えず手近に転がっている胡桃を一粒摘んで、少し開いた殻の隙間にマイナスドライバーをねじ込んだ。グッと力を入れて硬い殻をこじ開けると、半分に割れた殻の内側には果肉が詰まっている。次に爪楊枝で詰まった実を取り出す。
「こうやって…、殻を割って、中身をほじると…」
手のひらにコロンと、よく見る姿の胡桃が転がった。その実を見たベルさんは見覚えがあるのか、「あぁ…」と呟く。
「コレが胡桃です」
「なるほど、コレなら似たような樹の実を我も見たことがある。『魔獣の化石卵』と呼ばれている希少な樹の実だ。高貴な身分の者が口に出来る高級食材だぞ」
「フォシル…」
「魔獣の糞から採取される樹の実だ」
「糞?!」
その言葉に私は驚いて手に持っていた胡桃を思わずポイッと落とした。転がった胡桃にまるが反応して、モフモフの手で突ついて遊ぶ。
いや、待て待て…これはちゃんと実家で処理したきれいな胡桃の筈だ。ベルさんは、私の落とした胡桃を摘み上げて興味深そうに眺めている。
「こちらの世界でも、糞から採取するのか?」
「しませんよ!!ばっちい!!」
私が大声でツッコむと彼はクツクツと面白そうに笑った。
「フフ…だろうな」
「…こっちでは、木から落ちた実を拾い集めて、果皮を腐らせてから洗浄、乾燥させてこの中身だけを取り出すんです」
私の解説をふんふんと彼は面白そうに聞いている。
「栄養価が高くて美味しいから、栽培もされてるし、比較的誰でも口にできる樹の実ですよ」
「ほぉ…栽培か…」
私の言葉にベルさんは、視線を外して何かを考えているような仕草をした。
「…と言うことで、私は胡桃剥きをします!」
田舎の農民は冬の内の手仕事としてこういう事をする。例に漏れず我が実家も田舎の農民なので、冬の備えとして…「暇つぶしにやっといて」と、両親に頼まれたのだ…
乾燥させて軽く煎った胡桃は、外殻の合わせ目に少し隙間が開く。そこにさっきと同様にマイナスドライバーをねじ込み渾身の力でこじ開ける。
「んぎぎ…!」
一つを割るのにも一苦労だ。くるみ割り人形が欲しい…
そんな私の奮闘を横目で見ていたベルさんがおもむろに胡桃を指先でつまみ上げる。そして、指先に少し力を加えると…『パキャ』と簡単に割れた。
「えぇー?!なんでぇ?!」
「フッ…お前が非力なだけだろう」
私は一瞬ムッとしたが、良いことを思いついた。胡桃が乗った新聞紙ごと、ベルさんの前に押しやる。
「そうなんです〜か弱いんです〜、だからベルさん、開けてくださ〜い」
「はぁ?」
「おねがい!…剥いた胡桃でおやつ作るから!」
「…その言葉、忘れるでないぞ!」
おやつを報酬にチラつかせると、ベルさんは胡桃の殻を割り始めた。…なんとチョロ…、欲望に素直な魔王よ…
ベルさんはテレビを見ながら、手遊びの様に次々に胡桃を割っていく。端から見ていると、まるで葡萄の粒を潰す様に簡単にやってのけている。まさに『胡桃割り人形』…いや、『胡桃割り魔王』か。
次々に量産される割れた胡桃をガサッと集め、私は爪楊枝を手にした。中身をほじくるのは私の仕事だ。
「…ヨシ!」
私は気合を入れ、半分になった胡桃を手に取った。
しばらく作業していると、ベルさんがポツリと呟いた。
「…イチエ」
「はい?」
「お前は普段何をして過ごしている?こうして樹の実を拾っているわけではあるまい?」
「アハハ、そりゃそうですよ!私はどこにでもいる一般企業の事務員ですよ。だいたいこの家にも住んでないですし…」
私が笑うと、ベルさんは驚いたように顔を上げた。手に持っていた胡桃がポトリと落ちる。
「なに?この家はお前の家ではない…のか?!まさか他人の家で好き勝手している訳では…」
「あぁ〜、そうじゃなくて…、えっと…この家は私の生家なんですけど、今は仕事の為に私だけ別の所に住んでて…」
「なるほど、そういう事か…」
ベルさんは私の説明に納得したのか、再び胡桃を摘み上げた。『パキッ』と乾いた音が響く。
「…では、その『別の所』にはお前一人が住んでいるのか?共に暮らす…婚姻を結んだ男はいるのか?」
「へぁ?!」
突飛な質問に、思わず変な声が出た。顔を上げると、こちらを見つめる琥珀色の瞳と目が合う。
「こ、こんいん?!なんで??」
「いや、…不思議に思ったのだ。こんなにも手厚く客人を饗し、薬事の知識や効能に明るく、病人への対処も出来る…有力な貴族に仕える者かと思ったが、どうやら違うらしい。それならば、既に誰か伴侶がいるだろうと…」
その言葉に私は少しムッとして、いじけたように頬を膨らませた。
「すみまんね〜、夫も子どももいない、ただの現在恋人募集中の独り身ですよ〜だ!」
晩婚化が進む現代でも、このままではヤバい自覚はある。しかし、こうも美しい人に面と向かって言われると多少なりとも心に来るものがある。願望はある…一応…。
「独り…そうか」
私の答えを聞いたベルさんは、フッと口元に微笑みを浮かべた。そして、妖艶に琥珀色の瞳を細めて私を見つめる。
「それは良いことを聞いた」
「はっ…?!良いことって何?!もー、バカにしてー!」
私はドキドキと速まる鼓動にを誤魔化すように、わざと戯けて声を上げた。
やがて時計の針が12時を指す頃、全ての胡桃の殻剥きが終わった。先に殻を割り終わったベルさんは、まると一緒に戯れている。最初は警戒していたものの、今やまるにデレデレだ。
私は天板の上をサッと片付けると、背筋と腕を伸ばして立ち上がり、冷蔵庫の中のもので簡単に昼食を作ることにした。
「さ、どーぞ召し上がれ」
「…これは、なんだ?野菜と一緒に白い紐が煮込まれているのか?」
私はベルさんの前に丼を置いた。ホカホカと温かな湯気をたてる丼の中には、たくさんの野菜とうどん。
「『ほうとう風、味噌煮込みうどん』ですよ」
「ホートー?ウドン?」
「その白い紐みたいなのが『うどん』、小麦粉の麺です。本当の『ほうとう』は平たい麺なんだけど、無いのでうどんで代用しております」
「……野菜が多いな…」
ベルさんはフォークで麺の上に盛られたかぼちゃやら野菜類を突付きながら、小声でなんか言っている。しかし、私は奥義『聞こえないふり』を発動し、ベルさんの向かい側に腰を降ろした。
うどんは消化にいいし、みそ汁に引き続き一緒に煮込んだかぼちゃは胃腸を労わり、エネルギーになりやすい。冷凍庫にあった鶏ひき肉の団子も『気』を補う効果があるし。あと、味噌煮込みうどんは美味い。
「いただきまーす」
私が食べ始めたのを見たベルさんも小さく「いただきます」と呟いて、うどんを口に運んだ。
ツルリと口に入り、モチモチとした弾力のある太い麺と味噌味のスープが一緒にやってくる。かぼちゃをはじめ、野菜から出た甘みと味噌特有のコクのあるまろやかな味がなんとも美味しい。
「ん〜!おいひぃ~…寒くなると食べたくなるのよねぇ、これ」
「…美味い…。雑然としているし地味な見た目だが、この豊かな味わいは何だ…?!このスープはいつも食事に付いてくる汁と同じ味に感じるが、どこか濃厚でほんのりと甘い…体が温かく解ける様だ…」
煮込みうどんに感動して食レポ中のベルさんに、私はニヤリと意地悪そうに笑った。
「フッフッフ〜、ベルさん、野菜…美味しい?」
「ぐぬっ…」
ベルさんは何か言いたげにモゴモゴとしながら、煮込みうどんと私を何度か交互に見た。そして、観念した様に顔を伏せてぶっきらぼうに言った。
「…お前の作る料理の野菜は…な!」
「……っ」
まさかそんな返答が来ると思ってなかった私は不覚にも胸がキュンとなってしまったが、それは彼には絶対に秘密だ。
第10話は10月20日、8時20分に更新します




