第10話 魔王様に捧げるとっておきのおやつ
うどんをきれいに食べ終わり、2人で満足感溢れるため息をついた。食後のお茶がまったりうまい。
「はぁ~…お腹いっぱい、しあわせ…」
「あぁ、殆んど野菜しか食っていないのになぜか満ち足りた気分だ…」
「どんだけ野菜嫌いなの、ベルさん…」
この人の食生活の乱れはこの偏食にあるんじゃなかろうか…私はそう思いジト目で向かい側の彼を見やる。
「そう言えば、ベルさんって魔王様なんでしょ?魔王様って普段何して過ごしてるの?」
私はふと、気になった事を尋ねてみた。RPGゲームとかの影響で『魔王』という存在こそ知られているが、日常的に何しているのか、我々現代人は知る由もない。当たり前だが。
「勇者だって毎日戦いを挑みに来ないよね?」
「勇者?」
私がそう言うと、ベルさんは怪訝な顔をする。
「…お前、いつの話をしている?」
「え、勇者来ないの?私達の世界だと『世界を征服しようとする魔王とそれに挑む人間の勇者』ってかなり定番の設定だから…」
「数千年前はそんな時もあったと文献で見たが、今はそのような事は無い。世界など征服したとて御する事は不可能だろう。そうしたいとも思わんな」
ベルさんは呆れ顔で緑茶を口に含んだ。
「…戦争は無益だ。失うものは多く、得るものは少ない。我は、我が国と国民を守る事が役目だからな」
「魔王なのに真面目だなぁ」
「なのにとはなんだ、なのにとは」
「おや、失敬…」
(意外といい王様なんだ…)
私は新たな彼の一面を垣間見て、少し口角が上がった。
「…それに、世界征服などと考える暇があれば、少しでも長く体を休めたいしな…」
しかし、その後に呟かれた言葉に耳を疑う。なんか、限界社畜みたいな呟きが聞こえたぞ?
「えっ?」
「人間達は我を『魔王』と呼ぶが、『魔族の国の王』の略称であって、やる事は人間の国の国王と何ら変わらん。なまじ種族毎の特色があるせいで、人のそれよりもややこしいまである」
ベルさんはこめかみに手を当て項垂れる。はぁ~…と重苦しいため息まで聞こえ出した。
「我が国の宰相…アインホルンという男は、勤勉で頭脳明晰、管理能力に長けてはいるのだが、几帳面と言うか…口煩いのだ…」
「へぇ」
「あやつのスケジュール管理は余りにも厳しく、分…いや、秒刻みで予定を詰め込まれるゆえに休みを取る暇もない!頭がキレるのか弁も立つし、とにかく圧が強い!逃げても何故かすぐに見つかるし、終いには我が自室にまで追いかけて来る!やれ、書類仕事だの視察だの会議だの会談だの夜会だのと、次々に仕事を持ってくる…」
「おぉ…」
私の脳内にピッチリオールバック七三の眼鏡をかけた神経質そうな男性のイメージが浮かんだ。
「それと、軍事担当のゴウエンという男は真逆で、男らしく大らかだが、とにかく雑!力任せにそこら中を破壊するし、酒ばかり飲むし、女癖が悪く奥方との諍いが絶えない…あと声がデカい!仕事を任せても、ヤツの破壊した物の後始末の方が被害が大きい事もザラだ…」
遂にベルさんは頭を抱えた。今度は筋肉ムキムキの体育教師みたいなマッチョが脳内に出現した。
どうやらこの魔王様の部下は、中々にクセの強い方が揃っているらしい。この2人に日々追いかけられるのは…確かにちょっとしんどいかも…
ゲッソリした顔でため息をつく彼の苦労が伝わる様だ。おいたわしや…
(過重労働に精神的ストレス、王様としてのお仕事に不摂生…そりゃ体もおかしくなるよね)
私は天板の上にある、保存容器に入れられた剥き胡桃と、壁に掛けられた時計を見た。まだ、おやつの時間には少し早いが…まぁ、いいでしょう。よっこいしょと立ち上がり、項垂れた彼に微笑みかける。
「…じゃ、ベルさんが元気になれるような、とっておきのおやつを作ってあげようかね!」
キッチンのコンロにフライパンを置き、剥いたばかりの胡桃をだいたい100グラム、弱火で乾煎りする。鬼胡桃は熱を加えると油がジワリと出てくるから木べらで満遍なく、熱がいき渡るように動かしながら加熱していると、香ばしい香りが立ち上がる。香りが立ったら、一度火から下ろし皿に取り出す。
興味津々で付いてきたベルさんが私の隣からフライパンを覗き込んだ。
「これで出来上がりか?」
「まだまだ、これからですよ」
私は空いたフライパンにきび糖を大さじ4と水大さじ2入れて、木べらで混ぜ合わせ再び弱火にかける。
きび糖が溶けてフツフツして来るまで焦げ付かないように混ぜ、泡が立ってきたら皿に避けた胡桃をザラリと投入する。それから、シナモンパウダーをお好みで振り、手早く混ぜ合わせ胡桃に溶けたきび糖をコーティングさせていく。シナモンの香りが辺りに広がり、ベルさんはそれを深く吸い込んだ。
やがて、胡桃に満遍なく砂糖がコーティングされたら火から下ろし、用意していたクッキングシートに広げる。あとは冷めて飴状の砂糖が固まったら食べ頃だ。もう少し冷めたら手で解して、大きい塊にならないようにするだけ。
ベルさんはクッキングシートの上の、黄金色に輝く胡桃をうっとりと見つめた。
「胡桃は薬膳的に『腎』…生殖、成長、老化やホルモン代謝に関わる臓器に働きかけたり、冷え性や腰痛に効果があったりする薬効の高い食薬なの。おやつに食べたり食材として少量使うだけで、結構効果があるよ」
解説をしながら、小鍋を手に取る。それから紅茶のティーバッグを2つと、牛乳とチューブの生姜を冷蔵庫から取り出す。
「そして、シナモンや生姜はお腹を温めて香りでストレスを解消してくれるし」
少しの熱湯におろし生姜とティーバッグを入れ、蓋をして蒸らし、濃い目に紅茶を作る。濃い茶色の液体になった頃にティーバッグをそっと引き上げ、牛乳を入れ再度とろ火で加熱。
「あ、ちょっとこれ見ててください。フチがフツフツしてきたら止めるんで」
「な、何!?」
不思議そうに鍋を覗き込んでいたベルさんを使い、私は2人分のマグカップを取りに行く。真剣に鍋を凝視する姿が面白い。
マグカップを手に戻ると、ちょうどフツフツし始めたので、火を止めてきび糖とシナモンを適当に入れて混ぜ2人分に分ける。
「はい!即席チャイのかんせーい!」
ベルさんにカップを手渡すと、彼は両手でそれを受け取り、フワリと香るスパイスの匂いを吸い込んだ。そして、嬉しそうに微笑む。
「…お前は、まるで魔女のようだな」
「え、それどういう意味?」
「フッ…褒め言葉だ」
「そう受け取っておきま〜す…はい、コレも味見に」
そう言って、彼の掌にさっき作った『シナモンくるみ』をコロリと乗せる。ベルさんはそれを静かに口に運んだ。
私も一つ摘んで口の中に放り込んだ。砂糖のコーティングがパリッと砕けて、ほんのりとした甘さの後に煎った胡桃の香ばしさとコクが広がる。その後に温かいチャイを飲むと、まろやかな牛乳の味と、芳しいシナモンと紅茶の香りがフワリと鼻に抜ける。これぞ、至福…
「…はぁ~…」
私とベルさんは、2人同時に感嘆のため息をもらしていた。
「………」
「………」
暫く見つめ合った後、私達はキッチンで立ったまま、チャイを飲みながら笑い合った。
第11話は10月21日、8時20分に更新します




