第11話 リクエストにお応えして
夕食の準備の為にキッチンに立つ私に、ベルさんはなんだか少しモジモジしながら言った。
「その…そろそろ肉が、食いたいのだが…」
野菜嫌いここに極まれり。…いや、我慢して食べてくれた方かもしれない。「私の作る料理の野菜はうまい」って言ってくれたし。
何より、ベルさんの顔色は、最初出会った頃に比べると格段にいい。一食くらいお肉をガッツリ食べても大丈夫だろう。こういう時、体に負担にならない献立を考えるのは私の仕事だ。
(受けてたとうじゃないの)
私は腕まくりをして冷蔵庫の扉を開けた。
—数時間後。炬燵の上には、今夜の夕食が並べられていた。温かな湯気をたてる大皿に、それぞれの茶碗によそわれたご飯と汁物。それと、副菜がいくつか。
「ご飯ですよ〜」
ベルさんは既に何も言わなくても、サッと自分の定位置と化した座布団に座り、炬燵の中に足を伸ばした。そこへまるも寄り添うようにどっしりと座る。
「まる〜、ほらカリカリ出したよ」
私が呼びかけると、まるはぬっと起きあがり、トコトコと自分のご飯皿の所へ向かっていった。
「ベルさんのリクエストにお応えして、お肉料理作ってみましたよ!」
大皿には、ベルさんお気に入りの手羽元を醤油と砂糖で甘辛に、柔らかく煮込んだ『手羽元の甘辛煮』、それと胃腸の調子を整えるキャベツと免疫力UPが期待できるしめじに、疲労を回復するニンニク風味の『豚肉と野菜のガリバタポン酢炒め』。
箸休めに旬野菜の『レンコンと根菜の金平』や『大根の塩麹漬け』等。汁物はとろみスープが体を温める『ワカメと卵の中華風スープ』にホカホカの白いご飯。…我ながら、ちょっと作りすぎたかも知れない。
「ど…どうだ!」
いっそ笑ってくれ。と開き直った私は、天板の上に広げられた料理群を前にドヤ!と胸を張る。ベルさんは料理をじっと見つめながら、私に尋ねてきた。
「我の願いを聞いて、こんなにもたくさん用意したのか?」
「ハハハ…作りすぎちゃったかな?」
「いや…」
困ったような、はにかんだ様な優しい微笑みを浮かべて彼は私を見た。
「フッ…魔王たる我が、この程度の事で嬉しくなるとはな…まったくお前は面白い人間だな、イチエ」
「うっ…!」
どえらい美形の微笑みを至近距離で食らった私は、思わずよろけそうになりながらも、なんとか座布団に腰を降ろした。顔が熱い。
「と…とにかく!食べよ!いただきます!!」
「フフ…あぁ、いただきます」
そして2人、向かい合って手を合わせた。
「…あぁ…、この骨付き肉はこの様にしても美味いな。しかし、なぜこんなにも柔らかくなる?どうやって作るのだ?」
ベルさんは5本目の手羽元をペロリと平らげ、前のめりに私に尋ねた。
「骨に沿って切り込みを入れてから、こんがり表面を焼いて、それから煮込むんだよ。火は強くし過ぎないようにして、まずは蒸し焼きで中まで火を通してから、じっくり味が染み込むようにして調味料で煮込むの」
「なるほど…あぁ、我が城でもこれを食べたい」
「そんなに気に入ってもらえて光栄ですわ」
私はスープを静かに啜った。
(我が城…か)
ベルさんが来てから今日で2日。明日の夕方には両親が帰ってきて、私は自分のアパートに帰ることになっている。
ベルさんは、大丈夫だろうか。彼の世界に戻れるのだろうか。それとも、まだ帰れないとして実家に居るなら、両親に何と説明するべきか…私は、そんな事を考えながら、ぼんやりと二口目のスープを啜った。
やがて、和やかに夕食が済み、特にハプニングも起きずベルさんはお風呂に行った。
ちなみに、彼のロングロングヘアーは一人では洗うのが大変らしく、昨日と同様に私が洗った訳だが…まぁ、美形男性の髪を洗う体験なんて今後する事も無いだろうから、貴重な体験として思い出に刻む事にした。
「はぁ、やれやれ…」
リビングに戻り炬燵の座布団に腰を降ろす。テレビをつけながら、なんとなくスマホでSNSに目を通していると、ちょうどよいタイミングで母から着信が入った。
「…はい?お母さん?」
『あ~、イチエ?どう?ちゃんとまるちゃんにご飯あげてる?』
「あげてるけど…」
開口一番、猫のお世話の事か!と微妙な気分になった。わざわざ帰省してまで実家の留守と猫を守る娘には何か言う事無いのか?と、ムッとして唇を尖らせる。
「何?明日帰ってくるんでしょ?」
『そう!それでね、アンタにお土産何が欲しいか聞いとけってお父さんが…』
「あぁ…、何か甘いのとしょっぱいの」
『ホラ!そう言うと思ったわ!』
「じゃあなんで聞いたのよ」
『お父さんが確認しとけって言うんだもの!あの人、娘には甘いんだからぁ』
スマホの向こうの母はカラカラと笑った。元気そうで何よりだ。旅行もきっと楽しいんだろう。
『…じゃあ、明日帰ってくるまでよろしくね』
「うん」
『あ…、それからアンタ。彼氏とか連れ込んでないでしょうね?!』
「は…はぁ?!」
最後の最後に謎の鋭さを発揮した母の発言に、私はギクリとする。あまりの動揺にスマホを落としそうになり、慌てて持ち直す。
「か、彼氏とかいませんし!実家に連れ込むとか…意味わかんない!」
『アンタ…それもそれで、お母さん心配だわぁ』
「も、もうお風呂入るから切るね!バイバイ!」
『あっ…ちょ…』
母の返事を待たずに、私は無理やり通話を終えた。はぁ~…と重いため息をつく。
彼氏どころか、異世界の魔王を連れ込んで数日一緒に過ごしました…とは言えまいて。
やれやれと天板に置いたスマホに母からメッセージが届く。
メッセージには、『彼氏出来たら連れてきなさいね!』という文字と、丸っこいゆるキャラがサムズアップをしているスタンプが押されていた。
私は再び項垂れた。ちょうどそこへお風呂から出たベルさんがリビングの引き戸を開けて現れた。力なく項垂れる私の姿を見て、彼は小首を傾げる。
「イチエ、髪を乾かして…どうした?」
「なんでも無いで〜す…」
(もしもベルさんが帰れなかったら…いや、あの母なら熱烈歓迎しそうだわ…)
私は頭の片隅にあった小さな不安を、力なく薄ら笑って誤魔化した。
第12話は10月22日、8時20分に更新します




