第7話 その頃、魔王城では…
トリートメントとマッサージを終えたベルさんのロングロングヘアーをどうにかこうにかヘアゴムで纏めながら、もう一度身体を洗う道具のレクチャーをした。
ベルさんは、ボディーソープを泡立てながら眉間にしわを寄せる。
「あとは湯船に浸かって温まったら、脱衣所にあるバスタオルで体を拭いて、下着を着て!出てきてくださいね!」
「…面倒だな…、そのような事、普段は侍女がするものだが」
「あいにくウチにはメイドさんは居ません!」
「…イチエ」
「あら、魔族の王様は一宿一飯の恩がある家主をメイドの様に扱うのかしら!」
私が大袈裟に驚いたふりをすると、彼はぐっと言葉に詰まった。そして少しの沈黙のあと、小さな声で「わかった…」と呟いた。私は満足気に鼻を鳴らす。
「んふ、よろしい!お風呂上がりにぴったりなハーブティーを用意して、お待ちしておりますわ、魔王様」
解せぬと顔に書かれたままのベルさんを浴室に残し、私は一足お先にリビングへ向かった。
一方、現代日本とは異なる世界…異世界にある魔族の国『ルフェルディア』。魔族を束ね、その頂点に君臨する王の居城…通称『魔王城』では、一部でちょっとした騒ぎが起こっていた。
…なんてことはない、魔王であるベルンシュタイン・セレネ・ルフェフシュリリィの姿がない事に側近が気付いたのだった…
艷やかな大理石の床にカツカツと神経質に響く靴音。魔王の執務室では、白銀の一角を額に持ち、青銀の髪をカッチリと整え、気品のある白を基調としたスーツと、冷徹な印象の眼鏡を着こなした背の高い美丈夫が部屋中を歩き回っている。何やらブツブツと言いながら、眼鏡をカチャカチャと動かしていて、眉間のシワが深い。
彼は魔族の国国務宰相のアインホルン。ユニコーンの獣人で、魔王の側近兼内政の統括を担っている。
「…全く、魔王様はこの忙しい時に、いったいどちらまで遊びに行ってしまわれたのか!本日中に仕上げて頂かないといけない書類が山のように…あぁ、それと5日後に控えている会議の打ち合わせも…!ブツブツ…」
部屋の主がいない執務机の周りを延々、カツカツと回り続けている。
そんな時、バーンと勢いよく分厚い扉が開け放たれた。
「魔王直轄剛魔軍『剛魔将軍ゴウエン』参じましたぞぉ!!」
圧倒されるようなバカでかい声が執務室に響き渡った。ズシンズシンと筋骨隆々のデカいおっさんが歩いてくる。赤黒い肌に二本の角を頭に生やし、常人のそれよりもはるかに発達し隆起した筋肉はまさに鬼族の特徴と言える。
彼は剛魔将軍ゴウエン。魔王直轄の軍隊をまとめるこの国の軍事力のトップだ。
しかし、そんな彼に対して宰相アインホルンは眼鏡をクイッと神経質に持ち上げ、食ってかかっていった。
「うるさいですよ!もっと静かに登場出来ないんですか?!この筋肉ダルマ!!」
「おぉ~、アイン!今日も今日とて苛ついておるなぁ!ストレス解消には運動がよいぞ?一緒に筋トレに励もうではないか!!ガッハッハ!」
「は?嫌ですよ!」
しかし、体格もさながら性格も大変おおらかなゴウエンは嫌味(もはや暴言)を理解出来ず…アインホルンは更にイライラを募らせていった。
「…して、魔王様はどこだ?せっかく秘蔵の酒を持ってきてやったというのに」
「居ないんですよ!どこにも!だからアンタを招集したんだろうが…!と言うか、また勝手に酒を持ち込んで!!この酔いどれめ…」
「なんと!しかし、たまの休憩位いいだろうに」
「国のトップたる魔王様が居ないと、仕事が進まないんですよ。休憩は構いませんが、何分間席を外すのか、どこにいるのかを言っておいて貰わないとこちらが把握できないでしょう?!」
はぁ、とため息をつくアインホルンに、ゴウエンは「う~む」と腕組みをして少し考える。
「…まぁ、腹が減ったら帰ってくるだろ!」
「子どもか!!」
ゴウエンは腰に結いつけた自前の瓢箪から、グビリと豪快に酒を煽って、ふと思い出した様に部屋中を動き回るアインホルンに声をかけた。
「…のぅ、アインよ。そう言えば、おぬし魔王様のお召し物に『じぃーぴーえす』とかなんとかをくっつけておらなんだか…」
「ハッ!!そうでした、その手があった…!私としたことが失念していた!」
アインホルンはビタッと動きを止め、一目散に執務机の端末を立ち上げる。ゴウエンがその後ろから興味深そうに彼の作業を覗き込んだ。
「こんな事もあろうかと、ブローチ型のGPSを装飾品として装備させていたんでした!フッ…さすが私…完璧過ぎる…!」
「ガハハ!さっきまで忘れてたがな!」
「黙れ筋肉」
カタカタと端末を操り、やがて執務室のスクリーンにパッと映像が映し出される。しかし、音声や映像にノイズが多く、不自然な点がいくつかあった。アインホルンはその様子を見て、カチャリと眼鏡をあげる。
「むっ、ノイズが多いですね。もしや、城から離れている?いや…それにしてもこれは…」
「なんだ?どれ、儂にも見せてみろ」
「あ"〜もう、邪魔ですよ!!」
二人が揉み合っていると、突如スクリーンに映し出された映像に動きがあった。見慣れない造りの室内が映し出される。アインホルンは動きを止め、スクリーンに注目した。
「なんだ…ここは?妙に狭苦しい部屋だ…」
「ガッハッハ!ドワーフの家か?」
そこは、魔王城のどの部屋よりも狭く、しかし使用人部屋にしては整っている。まるでドワーフ族の家だ。しかし、この国のドワーフはこんな家には住んでいない。
『ザ…ザザッ…』
すると、画面の端から一人の女性が登場した。二人は「ん?」という表情で顔を見合わせた。どうやら人間の女性に見えるが、服装が彼らの知っているものとはだいぶ違った。
「この人間はいったい…?」
「おぉ!もしや魔王様の想いを寄せている御婦人かも知れぬぞ!ならば二人は今、逢瀬の時なのでは…」
ゴウエンの発言に、アインホルンはバン!と強く机を叩く。眼鏡をカチャカチャしながら強い口調で言った。
「はぁ?!人間風情が魔族の王たるあのお方の恋人だと?!あり得ない!!不相応が過ぎる!」
「しかしのぅ、アインよ。魔王様の御心は魔王様のものだろう。二人が惹かれ合っておるなら儂はいいと思うがなぁ」
「魔王様から直々にご報告されるまでは、私は認めませんよ…!」
ガタリと立ち上がり、そう宣言するアインホルンは暫くゴウエンを睨んだのち、静かに座った。
その時、スクリーンに映し出された室内の扉が開き、新たな人物が画面に登場した。2人の視線が自然と画面に注目する。
『ザザッ…イ…エ、これは、これはいったいど…ザザッザッ…』
「………え」
そこに映し出されたのは、全身泡まみれで全裸のまま黒滝家のリビングに突撃してきたベルンシュタイン・セレネ・ルフェフシュリリィその人だった。
「んなーーー?!」
アインホルンは大声を出して勢いよく立ち上がった。あまりの勢いで、ズレた眼鏡を慌てて直している。
「おお!魔王様ではないか!!ガッハッハ、さすが魔王様、よい筋肉をしているではないか!…むぅ、しかしこれは見るからに逢瀬の途中。いくら魔王様といえ、プライベートを覗き見るのは無粋と言うものよ!のうアイン!」
「ま…魔王様…全裸…女………」
ガハハと笑ったゴウエンはアインホルンに話しかけた。しかし、彼は映像に衝撃を受けたのか白目で何かブツブツとうわ言の様に呟いている。ゴウエンはそんな彼の様子を見て、再び豪快に笑った。
「ガハハ!ちと若造には刺激が強過ぎたようだの!どれ…え~と…画面を消すのはどれだったか……」
ゴウエンは大きな体をかがめて、アインホルンの手元の端末を覗き込む。どうやら画面を閉じるボタンを探しているらしい。
「ん〜………、わからん!」
しかし、分からなかったらしく、取り敢えず操作盤をグーで殴った。当然、操作盤は『バキャッ』と音を立てて粉砕されてしまった。
一方、意識をどこかに飛ばしていたアインホルンはその破壊音で正気を取り戻し、粉砕された端末を目の当たりにした。
「え"?!なぜ?!」
「おぉ、消えた消えた!ガッハッハ!」
「おーまーえーかぁぁぁ?!この…筋肉ダルマァァァ!!!」
同時刻、現代日本の黒滝家リビングでは、ハンガーに掛けておいたベルさんの魔王服から突然『ボンッ』という破裂音が鳴り響き、リビングの炬燵でイチエの帰りを待つまるをものすごく驚かせたのだった。
第8話は10月18日、8時20分に更新します




