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お疲れの魔王様拾いました。〜満身創痍な魔王様を薬膳知識で癒します〜  作者: 火稀こはる


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第5話 初心者がお家で『薬膳』をはじめてみた

 ベルさんを再び居間に落ち着け、私はキッチンで冷蔵庫の前に陣取り扉を開けた。実家に帰省する時にある程度食材を買い込んできたが、そこまで考えて買ってきてないし…


 さっき両親の部屋から拝借してきたノートを広げ、該当しそうなページを指でなぞる。

「…えっと、疲労感、倦怠感、顔色が悪い、髪、肌の乾燥…あ~これかな?」

見た感じのベルさんの症状に当てはまるものは恐らくこれだ。

『気血両虚証《きけつりょうきょしょう》』。中医学的に、気と血の両方が不足しているせいであらゆる不調を引き起こす状態らしい。

 『血(けつ)』はそのまま血液の事かと思いきや、どうやら薬膳的には体をつくる要素の事をまるっと『血』と呼ぶとか何とか。

 『気』は体を巡る目に見えないエネルギーの事を『気』と呼ぶらしい。ベルさんが言うところの『マナ』ってこれと同じものと考えていいのかな?


 とにかく、にわか知識で申し訳無いが有資格者のノートと照らし合わせた結果、ベルさんは『気血両虚証』と判断した。そして、これに合う食材は…

「気を補うには、穀類、芋、豆…あ、きのこはあるな。あとは、肉…よし。それから…生姜、カボチャとジャガイモは確かあっちに…ふんふん…」

ノートを見ながら、該当するものを取り出してみる。血を補う食材もだいたい重複していて助かった。

「へぇ~、血を補うには赤と黒の食材がいいのか…あとは、卵と。アサリ…は無いな」

こうして選出してみると、割と多くの食材が薬膳として効果があることがわかる。これなら、普段から口にしている物で十分じゃないか。


 台所のテーブルに並んだ食材を見て、何を作ろうか考える。一応、薬膳的には『刺激が少なく、胃に負担のかからない、なるべく温かいもの』が推奨されている。


 穀類は米を炊けばいいとして、汁物はマストよね。おかずは何を作ろうかな?あまりジャンキーじゃないやつで、男の人でも満足感のある温かいもの…というか、いきなり一汁三菜ドーン!と用意してもいいものか…?


 食材を前に考え込んでいると、いつの間にかベルさんが私と同じ様にテーブルを覗き込んでいた。

「…イチエは何をしている?」

「あら、ベルさんいらっしゃい。今晩のご飯を考えてるんですよ〜」

「夕餉…?」

ベルさんはテーブルの上に並べられた食材を更に注意深く観察している。そんなに珍しいか?と思ったが、魔王様くらい偉い人は調理前の食材なんて見る機会もないか。

「ベルさん、好きな食べ物は?」

「特にない。出されたものは食べる」

「へぇ~、じゃあ嫌いな物は?」

「………」

嫌いな物を尋ねたら黙ってしまった。あれ?と思い顔を覗き込むと、何か言いたげにモニュモニュしている。私はその表情にピンと来てちょっとからかってやろうと思い立つ。

「ないのかな?うんうん、さすが魔王様は違うわね〜、じゃあ、なんでも食べられるって事で〜…」

おもむろにヒョイと野菜を手に取る。瞬間、ベルさんの方から小さく息を呑む音がした。

「…野菜は…に、苦手だ…」

「!」

それだけ呟くとプイと横を向いてしまった。

(え、ちょっと待って、何その反応…可愛いぞ?!)

突然の美形のかわいい仕草に不意打ちを食らいながらも、『好き嫌いがないから出された物はなんでも食べる』のではなく『食べてくれる物しか提供されない』のだと推測した。


 なるほど、さすが一国の王は、好き嫌いまでもこうして許されるのか。…だが、しかし、

(ここは、ジャパンの我が家ですので…)

私は少し考えてから、いくつか食材を手に取った。



 それから1時間と少し。丁度時間も夕方に差し掛かり、『夕餉の刻』と言ってもいい頃合いに。


 私はベルさんのケアを目的に用意した『夕餉』を、居間の炬燵(コタツ)に運んだ。ついでに、まるのお皿にも夜の分のカリカリを出してあげると、まるは一目散にそこへ向かっていった。

「さぁ、ベルさん。夕食の準備が出来ましたよ」

彼の前には、小ぶりのドンブリによそわれた赤い実の乗ったお粥と、ほうれん草と卵のソテー、温かい豆腐(鰹節のせ)が並べられた。お粥には、柔らかく煮込まれた鶏の手羽元も盛り付けてある。


 しかし、ベルさんはそれらを見ると、眉をしかめて残念そうに呟いた。

「…質素だな、イチエは貧しいのか?」

「失礼だな!富裕層ではないけど、そこまで貧乏じゃないわよ!」

私はオホンと咳払いをして、ベルさんにレンゲを差し出した。

「ベルさん、実はあなた過労で胃腸が弱ってるでしょ?いきなり知らない世界の、味が濃かったり脂っこい料理を食べるのは良くないわ。取り敢えず今夜はこのくらいにして、養生したほうがいいと思うの」

「うむ…」

ベルさんは眉間にしわを寄せて、目の前のドンブリを見下ろす。どうやら心当たりがある様子。手応えを感じた私は更に畳み掛ける。

「騙されたと思って、ちょっと食べてみてよ。もし、ダメだったら別のものを作るわ」

「…」

「…それに『出されたものは食べる』んでしょ?」

「…確かに、我はそう言ったな。わかった、頂こう」

ベルさんはそう言うと、差し出したレンゲを受け取ると、静かに手を合わせ何か小さく呟いた。

 

 そして、レンゲでお粥を少し掬いフゥフゥと息を吹きかけ冷ましてから、恐る恐る口に運んだ。

「…!?」

彼は傍目から見ても明らかに、驚いた様子で目を見開いた。数秒間、黙ったままドンブリを見つめ、二口目を口に運ぶ。そして、それを飲み込むと呆然とした表情で呟いた。

「……美味い…」


(ふふ、勝った…!!)

私は内心ガッツポーズをした。そりゃ、毎日贅を極めたご馳走ばかり食べていた(推測)魔王様ですし、こんな質素な食事は戸惑うのは当然だろう。でも、味はいいと思うのよ!さっき、私の渾身の小豆を『美味しい』と言って食べてくれた彼なら、この味も大丈夫な気がした。


「これは…一体何だ?トロリとしていてしっかりとした肉の味がする…。この骨付き肉から出た味だというのか?ハッ…この肉、なんと柔らかい…!触れただけでホロリと崩れた、だと…?!」

ベルさんがドンブリの中にある手羽元をレンゲでつつくと、簡単にホロリと崩れた。お粥の中には手羽元の他にも角切りにしたジャガイモが一緒に煮込んであり、食感のアクセントになっている。

 

 薬膳の効能として、鶏肉は体を温め、エネルギーを補う効果が期待できる他に、手羽元という部位は骨の周りにコラーゲンを含むから、傷んだ髪や肌の回復にも繋がる。ジャガイモは『気』を補う他に、胃の痛みや不調を和らげ、消化を助ける役割がある。

 それから、臭み消しと香りのアクセントに入れた生姜は、精神的な緊張をほぐし和らげる効果があるし、軟らかく炊いたお粥も、具材から出た栄養素を余す所なく取り込めて、消化によく胃を労る調理方法だ。ちなみに、赤い実…クコの実も滋養強壮や、目や『血』を補う効果があるらしい。


 恐らく、このお粥はベルさんにとって必要なものが多く取り入れられている筈だ。以前、中華街で食べた様な、鶏ガラ出汁を使ったしっかり味のするお粥なら、『病人食』っぽさも無いしね。

「どう?食べられそう?」

私がそう尋ねると、ベルさんはレンゲを動かす手を止めて顔を上げた。心なしか、少し顔色が良くなった様な…?

「あぁ…、温かくて美味い。腹の中が温かくて心地よい。それに、この軟らかい肉がなんとも…、これは何の肉だ?」 

「何のって、鶏肉だけど…」

「鳥?野鳥か?」

「え、いや、鶏(にわとり)だよ。あの、卵を産む…コケコッコーって鳴くやつ」

「む…、我が国にはいない生物か…だが、卵を産む鳥ならアレでも…ふむ…」

ベルさんは何やら考え込んでしまった。魔族の国には鶏居ないんだ…


 続いて、私は『ほうれん草と卵のソテー』を彼の前に差し出した。卵は不眠に効果を発揮する食材で、ほうれん草は鉄分を多く含み、『血』を補う効果が高い野菜だ。ちなみに、『温豆腐(鰹節のせ)』も同様に『気』や『血』を補い、その上消化もいい一品となっている。こちらもベルさんには是非摂ってほしい。

「ベルさん、コレも食べてみてね。あ、お粥のおかわりはどう?」

「頂こう、肉を多めに入れてくれ」

「ハイハイw」

ドンブリと交換するようにフォークを手渡し、私はおかわりを用意するためにキッチンへと向かった。

 その後ろでは、ソテーを食べた彼が再び目を見開いて、未知の美味しさに硬直していたのだった。

第6話は10月16日、8時20分に更新します

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