第4話 休むためには
異世界から我が家の縁側に迷い込んだ、自称『魔王』のベルさんを見ていて気になった点が幾つかある。
一つは「衣装がめっちゃ重そう」な事。
ファンタジー作品にありがちな豪奢で厚みのある布を贅沢に使用した威厳たっぷりのお衣装だけど、あれはラスボスよろしく魔王の城でスタンバってる分には大変よろしいけど、現代日本のド田舎の民家で寛ぐには明らかに向いてない気がする。高級そうな衣装がシワになったら大変だ。
『休む』という行動は単純だけど中々どうして奥が深い。ちゃんと『休む』…100%の成果を求めるにはそれなりの条件をこなす必要がある。
まずは『環境』。安心して手足を伸ばし、体を落ち着けられる環境が整っていること。
次いで『服装』。体を締め付けない快適な衣服が望ましい。それから『食事』もしくは『睡眠』…。
ベルさんを見る限り、『服装』は手を入れる必要がある。この衣装は素敵だけど、今は適していない。そこで私は、両親の部屋に忍び込みクローゼットを漁る事にした。
「…あった!」
私は両親のクローゼットから、新品の上下スウェットのパッケージを見つけ出した。
急な来客や不測の事態に備えて、新品のスウェットを用意してあると、いつだったか母から聞いた記憶があった。某激安の殿堂で買った安物だけど、無駄にビラビラした魔王服よりは楽に着られるだろう。問題はサイズだけど…まぁLLサイズだから…たぶん大丈夫でしょ。
そして、ベルさんについて思う事その2は『なんか凄く疲れている』事だ。
最初は色々あって混乱してたから気が付かなかったが、落ち着いて観察してみると寝不足なのか目の下に隈があったり、顔色もなんか良くない。魔王だからと言われればそうなのかもと思うが、心なしか表情も暗いような…?
さっき本人も「身体に『マナ』が満ちていない」って言っていたし、もしかしてそれと関係しているのでは…?それならば、と思いついた事がある。
私は両親の部屋に忍び込んだついでに、両親の本棚に向かった。両親の本棚には家族の誰かが買ったり貰ったりした実用書やテキストが大事に取ってあるのだ。
私はその中から一冊のノートを引き出した。一時期、薬膳料理にハマった母が最終的に資格取得した際に個人的にまとめた虎の巻的なノートなのだけど、まぁ…細かい話は置いといて。
私は幾つか付箋が付けられたノートをパラパラとめくり、あるページで手を止めた。
母親の影響でなんとなく覚えてしまった知識もだいぶあやふやだったが、このノートを見ればその辺もどうにかなりそうだ。
「……よし、これなら!」
ノートとスウェットを一緒に小脇に抱えて、私は両親の部屋の扉をそっと閉じた。
私が居間に戻ると、ベルさんは縁側に立ちぼんやりと外の景色を眺めているようだった。足元にはまるが寄り添うように座っている。
「べ…」
私はその様子を見て、声を掛けるのを少し躊躇った。
外を見つめる横顔が、なんだか少し曇っているように見えたからだ。違う世界に来て不安…とか、ホームシック的なヤツじゃなくて、なんというか…もっと根本的に暗い『闇ィ』っ!って感じの曇り方というか…さすが魔王、目元に影が落ちるのがデフォなのね!等と納得してしまうが…
とにかく!そんな顔をみちゃうと、思わず世話をやきたくなるじゃないか!私の培われた『お姉ちゃん気質』が疼く。
私は敢えて明るい調子で声をかけながら彼の隣へと進んだ。
「…ベルさん!」
すると、彼は一呼吸おいてゆっくりとこちらに振り返った。私の姿を認めると、再び外の景色に視線だけ戻す。
「…燃えている様に赤い…」
「あぁ、あれは『紅葉』って言うんですよ」
「こうよう…」
「えっと…」
私はポケットからスマホを取り出し、検索バーに『紅葉 仕組み』と打ち込んだ。
義務教育時に習った気がするが、如何せん昔のこと過ぎて自信はない。こういう時はグー◯ル先生に聞くのが一番いい。
「…秋になり、寒さと光の減少により植物が光合成を終え、栄養を葉から吸収する為です。」
「?」
「葉の緑色色素であるクロロフィルが分解され…(Googleより抜粋)」
「お前、何を言っている?」
アカン…伝わってない。
私はスマホの画面を閉じ、自分の全知識を動員して出来るだけ簡潔で分かりやすい説明を考えた。
「…えっと、この世界の広葉樹は寒くなる前に、こういう風に色が変わるんです!」
「寒くなったらどうなる?」
「枯れて、葉が落ちます。温かい季節が来たらまた葉が生えてきます!命尽きる前に一花咲かせてやろうぜ的な感じです!」
「なるほど」
若干合っているのか怪しい説明に、ベルさんは深く頷いた。
「…では、その艶姿をしかと目に焼き付けないとならんな。お前の世界は美しい所だ…」
よっしゃ、何か納得してくれたぞ!何か大仰になったけど、良かろうなのだ。
錦に色付く山を見渡し、フッと微笑む横顔はとても美しいけど、やはり疲れが見える。私は彼に持ってきたスウェットを差し出しながら声をかけた。
「ベルさん、この服に着替えてみてください。」
ややあって、スウェットに着替えたベルさんは怪訝な顔をして私に尋ねた。着替えるのに一悶着あったが、まぁそれは一旦置いといて…
「…なんだこの服は?寝間着か?」
「寝間着というか、部屋着というか…」
「地味だな…我が城の従者の寝間着の方がもう少しちゃんと…」
えぇえぇ、そうでしょうとも。そちらは何の変哲もない某激安の殿堂で買ったセット売りのやつですもん。だけど、簡素で地味だからこそ老若男女誰でも着れるんです。
だいたい、部屋でゴロゴロするのに華美な装飾は要らんと思うのですよ。
「…まるの毛まみれになりたくないならソレを着てて下さい。その服ならいくら汚しても大丈夫ですよ」
私は言いたいことをぐっと堪えて、そう促した。
しかし、スウェットを着ても美形は美形だ。それに加えてスタイルもいい。脚が長いからズボンの丈が足りてないようで、足首が見えている。
「股下2メートル…」
「何だそれは」
「褒め言葉です…」
私は自分の足元と彼の脚を見比べて、フッと静かに笑った。気にしたら負けだ。
「てか、ベルさん、足首冷やすのはあんま良くないですよ?秋の山は朝晩冷え込みますからね〜」
「むっ…」
「ちょっと待ってて」
「…プッ…、あはは!」
私は笑ってはいけないと思いながらも、我慢できずに吹き出してしまった。
なぜなら、ベルさんの足首を温めるために追加したモコモコのレッグウォーマーと父親の白靴下(新品)が余りにもミスマッチ過ぎたから。
「むっ…貴様、なぜ笑う」
グレーのスウェット上下と水色と白のボーダー柄のモコモコレッグウォーマーと白靴下を履いた長髪の美形が、ムッとした顔で私を睨んだ。
「ご…ごめんごめん…でも、温かいでしょう?」
「確かに…」
「足首は血管が集まる場所で、ここを冷やすと体を巡る血液や『気』の流れが悪くなって回復が遅れるんだよ。体を温める為に余計なエネルギーも使うしね、だから取り敢えずソレを履いてて下さいね」
そう釘をさすと、ベルさんはしぶしぶ頷いた。
そこへまるがやってきて彼の足にニャーンと擦り寄る。モコモコに惹かれてモフモフがやってきた。
「あ、そうそう。実は猫もイライラを解消したり、体を暖めてくれる効果があるんです。そこに座って、まるとのんびりしてて下さいね」
「あぁ…」
そう勧めると彼は、フッと目元を緩めて座布団に座り炬燵布団を足にかけた。すると、まるも自然とベルさんの膝に乗っかり、心地よさそうに落ち着いた。
第5話は10月15日、8時20分に更新します




