第14話 魔王様のお気に入り
ベルさんが帰った後の実家は、なぜか少し広く感じた。
私は無造作に置かれたスウェットと、客用布団のシーツをはいで洗濯機にぶち込んだ。それから、日の当たる縁側に布団を広げ、天日干ししながらボーッと指輪を眺めていた。
どれくらい経ったのだろうか。いつの間にかうたた寝していた私は、玄関扉の開閉音とドヤドヤとした賑やかな音でフッと目を覚ました。
辺りはほんのりと朱に染まり、いくらか風が冷たくなっていた。玄関の方からまるの鳴き声がする。
(…お母さん達、帰ってきたのか…)
私はぼんやりとした頭で、この三連休がもうすぐ終わりを迎える事を悟った。
…—❇❇❇—❇❇❇—❇❇❇—…
あれから私は自分の住むアパートに戻り、日常を再開した。
たまにあの時過ごした3日間は、実は私の妄想だったのかも…と思う事がある。でも、そんな時は、あの時ベルさんから貰った指輪を嵌めてみる事にしている。
今夜は満月。金曜日の夜なのに、私は一人、自宅で缶チューハイを開けている。おつまみを適当に作り、テーブルに運んでいると窓から覗く月が目に止まった。
なんとなく、あの指輪を嵌めベランダに出る。月の光にベルさんと同じ琥珀色の石を掲げ、
「今夜は満月だよ、ベルさん」
などと話しかけてみた。
何やってんだか。アラサーがキモい独り言を言っている光景に恥ずかしくなり、そそくさと手を引っ込める。
「な、な〜んちゃって…」
「…あぁ、確かに。美しい月夜だな」
突然、耳元で聞き覚えのある美声が応えた。この腰にゾワりとくる感覚、過去に封印したオタク心がザワつく甘いイケボ。身に覚えがある…!
その時、ぶわりと風が巻き起こった。私を中心に巻き起こったそれは、出所不明の薔薇の花びらまで連れてきている。そして、温かくガッシリした何かに背後から抱き締められる感覚がして、私の心臓がドクンと跳ねた。視界の端で長い黒髪が揺れる。
振り返った私の瞳に飛び込んできたのは、月の光に照らされた、美しく長い黒髪と琥珀色の瞳の男性だった。
「やっとお前に辿り着いた、待ちくたびれたぞ」
「…ベルさん…?」
「あぁ」
ベルさんは、あの時のように甘く優しい微笑みで私を見つめて頷いた。
(本物…?私の妄想の産物ではなく?!)
「…なん、で?」
「なぜ、と来たか。…あの時、我はお前に言っただろう?『またな』と」
「えっ?」
言ったっけ?初耳だ。私はへらりと笑って首を傾げた。するとベルさんはあからさまにため息をついて、私の左手を取る。
「聞こえてなかったのか?…全く。しかし、こうしてこの指輪がお前のもとに導いた、と言うことは…」
「言うことは…?」
私が聞き返すと、ベルさんは琥珀色の瞳をニタリと細めた。…なんか、嫌な予感…。
「お前は、我のものになりたいと願っている、ということだな!」
「へっ?!な、なんで!…そりゃちょっとは寂しいかなーとか思ったけど…!」
「フッ…良い、言わずともわかる」
「わかってない!たぶん恐らくわかってないよ、それ!」
グイグイくるベルさんに物理的に迫られ、狭いベランダの中で、私は遂に手すりに追い詰められてしまった。私の左右を塞ぐように彼の腕に閉じ込められ、背中にベランダの手すりが当たる。
「…だが、実際お前は今も、恋人はおろか、好いた男もいないんだろう?」
「うぐっ…」
怯む私の目の前に、美しい顔面が迫る。
「我にしておけ。なに、悪いようにはしない」
「そ、そんな簡単に…!」
ベルさんはニタリと微笑むと、身体を起こして腕組みをした。
「お前がそういう物事に時間をかけたい性分なのは想定内だ。これでお前の元に通じる道が拓けた訳だし、ゆっくりと時間をかけて…お前が自ら我のもとに堕ちて来るようにするまでよ」
「ねぇ…なんか怖いこと言ってない?!気の所為?」
私が超展開に混乱して目を白黒させていると、ベルさんはおもむろに私の左手を取り、中指から指輪を引き抜いた。更に、流れる様に左手の薬指にはめ直す。
そして、愉悦にその瞳を細め、私の手の甲に口づけを落とした。
「人間界では、こういう時はこのように言うのだろう?」
「…へ?」
「『結婚を前提にお付き合いして下さい』」
どうやら、私はとんでもない魔王を癒してしまったらしい。これからの私の生活…一体、どうなっちゃうのーーー?!
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。
本編はここまでとなりますが、本日20時20分に13話と14話の間の小話を、番外編(13.5話)として更新します。(めっちゃ短いですが)
よろしければ、そちらも覗いてやって下さい!




