第13話 お疲れだった魔王様、帰還
「なぁーん!うにゃ、にゃあーん!!」
「ごめんって…だって動けなかったんだよぉ」
「んんーう!!」
まるのご飯皿にキャットフードをザラザラと入れる。謝罪の意を込めて、いつもよりちょっとだけ多く盛られたそれを、まるは一頻り文句を言った後渋々食べ始めた。
フード袋を戸棚にしまい、リビングに戻るとベルさんが少し申し訳なさそうに待ち構えていた。
「…イチエ、すまなかったな」
「ほんとですよ、ベルさんからもまるに謝っといて下さいね?」
「あぁ…」
悪ノリでそう言うと、ベルさんはショモ…と小さく頷いた。私は我慢しきれず、プッと吹き出す。
「ふはっ…いやいや、冗談ですよ!大丈夫、許してくれますって!さすがに起きた時はびっくりしたけど」
ベルさんに捕まり、強制二度寝コースに入ってしまった私達が目を覚ました時、時刻は午前10時を回っていた。まるは、私とベルさんの間に乗っかっており、私達の目が覚めるやいなや「飯はまだか!」と抗議の声を上げた。そして今に至る…
大寝坊しちゃったけど、なぜか体がスッキリとしている。まさか、ベルさんと一緒に寝たから?
「とにかく、お腹すきません?昼ごはんまで待つのもアレだし、なんかササッと作りますよ」
私はエプロンを手に、キッチンへ向かった。
昨晩、タイマーをかけておいたお陰でご飯は炊けているけど、今から汁物とおかずを作るのは少し面倒くさい。
そこで私は冷蔵庫から、卵と冷凍のうどんを取り出した。煮込みうどんなら汁物と主菜が一つで済む。卵は掻き玉にして、余っていた豆腐も入れよう、あとネギを散らせば彩りも良い。朝ご飯としても、温かいし胃に優しい、寝過ぎた身体に良い献立だと思う。
「よし」
私はぐぅぐぅとなるお腹を宥めつつ、気合を入れてエプロンの紐を結んだ。
炬燵の天板の上に、ホカホカと湯気が踊る。湯気の元は、黄色いフワフワが敷き詰められた丼だった。それから、天板の真ん中には2種類のおにぎりが全部で12個。と、箸休めの漬物。
「ほぉ…、このフワフワとした黄色、我が国に咲く『カナリアワトル』の花の様だ。いただきます…」
ベルさんはフフと穏やかに微笑んだ。フォークを手に厳かに唱えると、そっとうどんを持ち上げる。とろみのある掻き玉がうどんに絡む。
「この白い紐…『ウドン』だったな?」
「そうそう。でも、今日のは味噌味じゃないよ。和風出汁と醤油のあっさりスープに卵をふんわり広げた『掻き玉うどん』です!それと、足りなかったらおにぎりも食べてね。わかめご飯と、鮭フレークのおにぎりだよ」
「あぁ、ありがとう」
「………」
私はズルズルとうどんを啜りながら、思った。
(なんかベルさんの様子が変だ…!そう言えば、朝起きた時からなんとなく違和感を感じる。まるに朝ご飯を用意した時も、なんかションモリしてたし、なんならその前も…)
「…んぐっ!?」
食べながら記憶を遡ったら、朝の同衾(不可抗力)シーンを思い出してしまい恥ずかしさからダメージを受けた私は、鼻からうどんを出しそうになる。
「大丈夫か、イチエ!」
おにぎりを頬張ろうとしていたベルさんが、突然噎せた私に驚き、声をかけてくれた。
(優しい…なんか不自然な程、急に優しい気がする…!)
「だ、大丈夫…!ゴメン、気にしないで」
私は平静を装い、へらりと笑った。
ひとまず遅めの朝食を済ませ、お腹を黙らせた私達は天板の真ん中に置かれたおにぎりを見下ろした。お皿に7つ残っている。…12個は作りすぎたかも知れない。
「まぁ、小腹が空いたら食べればよかろう…!」
私は乾いた笑いを浮かべながら、ラップを手に取る。そうして皿全体にラップを掛けようとした私の手を、そっと静止するものがあった。
ベルさんの手が、ラップを持つ私の手に触れる。そしてどこか寂しそうに微笑んだ。
「イチエ、その『おにぎり』を我が持ち帰っても良いか?」
「え…持ち、帰る?」
「あぁ、お前のお陰で我が身体に『マナ』が満ちた。『魔族の国』に帰ろうと思う」
「あ…」
一瞬、どくりと心臓が強く脈打った。
そうだ、この人は『元の世界に帰れるようになるまで』という条件でここにいる人だった。ずっと、居る訳じゃない。
「あ、そっか…。そっかそっか〜!良かったね、ベルさん!いいよいいよー、全然!是非持って帰ってよ〜!えっと、何か、かわいい袋無かったかなぁ〜?」
私は動揺を隠すように、明るく返事をした。そして彼の顔を見ないように、探し物をするふりをして顔を背けた。今の動揺した自分の顔を見られたくなかったから…
それから数時間後の、昼下がりの頃。ベルさんは再び魔王服に着替えていた。グレーのスウェットが客用の布団の上に無造作に置かれている。
そう言えば、最初出会った時はこの格好で庭に倒れてたんだっけ。あの時とはだいぶ印象が変わってしまった。
この人に会えなくなるのが寂しい位には…
私はそんな事を考えながら、一人キッチンで昨日作った『シナモンくるみ』を保存袋に移し替えていた。袋の口を密閉して、なんとなくそれを見つめる。
これは、二人で少しずつ食べようと思っていたけど、せっかくだからベルさんに全部あげることにする。向こうに戻っても、健康的に過ごせますように…と、願いを込めて油性ペンで保存袋にサラサラと書き記す。
「…やば、なんか田舎のオカンみたいな感じになっちゃったかもwwま、いっか!」
おにぎりの袋にそれをそっと忍ばせた。フフフ、見つけた時に喜んでくれるといいな。
「……イチエ」
リビングの方からベルさんの声が私を呼んだ。私はその袋を手に、リビングへと向かう。
リビングに顔を出すと、ベルさんが優しげに微笑んだ。
「…では、我は戻る事にする。見送ってくれるか?」
「当たり前じゃないですか!」
「そうか、よかった」
彼はそう言うと静かにマントを翻し、縁側に向かった。私も彼の後に続く。
縁側に置かれた自分のブーツを履き、ベルさんはあの時彼が倒れていた辺りに立った。
「…では、世話になったな。まるも健やかにな」
そう言って、縁側で香箱座りをしていたまるを数回撫でた。
「んにゃ…ん〜にゃ」
まるも別れを察したのか、ベルさんの掌にスリスリと顔を擦り付ける。かわいい。
「…はい、ベルさんこれ。おにぎりね」
私は彼にかわいい袋に入れたお土産を手渡す。
「あぁ、ありがとう。食べるのが楽しみだ」
「ちゃんと野菜も食べるのよ?お酒やお仕事も程々にね!それから…」
「お前は我の母親か…?」
「……」
数秒の沈黙のあと、二人は顔を見合わせてプッと吹き出して笑う。異世界でもこれは共通らしい。
笑い合った後で、ベルさんはおもむろに自分の指に嵌めていた指輪をひとつ外して、掌に乗せた。
そして彼が指輪をキュッと握って再び掌を開くと、アンティークゴールドの男物の指輪だったそれは小さな琥珀色の石が付いた女性ものの指輪に変化していた。手品みたいだ。
「お前にこれをやる、世話になった礼だ」
「えっ!?そんな…いいのに!」
「いや、受け取ってくれ。王として、世話になった者に何も返さず、ただ土産だけ貰って帰るわけにはいかない」
そう言って、ベルさんは半ば強引に私の左手の中指に指輪を嵌めた。
「わ、わかった。ありがと…」
「あぁ」
私が観念して頷くと、ベルさんは満足気に微笑んだ。ちょっとなんだか擽ったくて、年甲斐もなく照れてしまう。
「…では、世話になった」
そう言ってベルさんは、マントを翻し私達に背を向け、深呼吸をし始めた。
すると、あの時のように、ザワリと周りの雰囲気が変わった。まるもそれを察知して、私の傍に寄る。私はまるを抱き上げ、目の前の光景を見守った。
「………」
キラキラとした光が彼の周りに集まり、風が起きる。風の音が耳を掠める中、ベルさんは低い甘やかな美声で聞き取れない何かを唱えている。
やがて、私達を取り巻く何かが極限まで高まったその時。ベルさんがこちらを振り返った。彼の唇が、何か短い言葉を紡いでいる。
「あ」
優しく、そしてどこか妖艶な琥珀色が私を見つめていた。私も何か言わなくては…と思った瞬間、ぶわりと強い風が目の前を吹き抜けた。
再び目を開けたときにはそこには何もなく、ただ晴れ渡った晩秋の空と、燃えるように色付いた山々が広がっていた。
「んぅ〜…」
呆然と立ち尽くす私に話し掛けるように、まるが小さく鳴いた。
第14話は10月25日、8時20分に更新します




