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第6話「僕の知らない妻」

彼女の姿が見えなくなってから、僕はスマートフォンを取り出して、カレンダーを開いた。


11月25日に予定を入れていないことを確認する。


「……まだ、ここからなんだな」


僕は小さく呟いた。


未来は、僕の記憶通りに進んでいることに、少しだけ安心した。


このまま何も変わらなければ、またちはると付き合える。


そう思っていた。


その日の夜。


海介から電話がかかってきた。


「もしもし?」


「春樹、今大丈夫?」


「大丈夫だけど」


「今日、ちはるちゃんと飯行った?」


「なんで知ってるんだよ」


「大学で見たから」


「ああ」


「どうだった?」


「普通に楽しかったよ」


「そっか」


海介は少し黙った。


「なあ、春樹」


「ん?」


「やっぱり、ちはるちゃんのこと好きなの?」


「……まだ分からない」


「ふーん」


電話越しでも何かを伝えようとしてる海介の様子が伺える。


「何?」


「いや、別にさ」


少し間が空いた。


「たださ」


「うん」


「ちはるちゃんには、あんまり深入りしない方がいいのかなって思ってさ」


「……またそれ?」


「いや、俺も詳しいことは知らなくてさっき聞いた話なんだけどさ」


「うん」


「昔のことで、結構揉めたらしいんだよね」


「誰と?」


「元彼」


やはり、その話だった。


「何があったの?」


「いや、最後まで話を聞かないで来ちゃったんだけどさ」


「本当に?」


「本当に」


海介は少し面倒そうに答えた。


いつもなら他人の悪口やお節介など、絶対にしない海介が僕に言うということは珍しい。


「ただ、あの二人が別れたあと、ちはるちゃんのことを悪く言ってたやつが結構いたらしいんだよ」


「……」


「まあ、大学生なんてそんなもんだけどな」


「どんなこと言われてたの?」


「……いや、本当かマジで分からんよ。でも浮気したとかよ」


僕は黙った。


「でも、俺は詳しく知らないから。噂だと思ってる。一応、親友には嘘だとしても言うべきか迷ってさ....」


「ごめん。春樹。」


浮気……


その言葉が、妙に頭に残った。


僕が知っているちはるは、浮気をするような人ではない。


少なくとも、僕と一緒に暮らしていたちはるはそうだった。


仕事で遅くなった日も、病院に泊まった日も。


彼女はいつも僕を待っていてくれた。


結婚してから一度も、彼女を疑ったことはなかった。


だからこそ、この話は信じたくなかった。


「分かった。教えてくれて、ありがとう」


海介からの電話を切り、部屋が静かになる。


僕はスマートフォンを机の上に置いた。


そして、今日のちはるの顔を思い出す。


笑っていた。


楽しそうだった。


また一緒に食事に行こうと言ってくれた。


そんな人が、過去に誰かを裏切った。


どうしても信じられなかった。


それ以上に気になったのは、なぜ未来のちはるはその話を僕にしなかったのかということだった。


「……聞いたことなかったな」


僕は結婚してから、僕と付き合う前のちはるの過去についてほとんど知らなかった。


知る必要もないと思っていた。


以前の僕なら、それでよかった。


しかし今は違う。


僕は、ちはるの人生を最初から見ている。


僕と出会う前の彼女も。


出会ってからの彼女も。


そして、その先の未来も。


「……一体、何があったんだよ」


僕はそう呟いた。


翌日。


大学へ行くと、ちはるはいつも通り、僕に気づくと手を振ってくる。


「新山くん、おはよう」


「うん」


「昨日、ちゃんと帰れた?」


「うん」


「よかった」


昨日の電話のことなど、何も知らない様子だった。


ただ、彼女と話していると、昨日までとは少し違う感覚があった。


知りたいけれど、聞けない。


そんな気持ちだった。


そして、その日の午後、僕と海介は、ミスコンの関連で大学の倉庫へ荷物を取りに行くことなった。


僕達は偶然、今年のミス・ミスターコンのアルバムを見つけた。


「もうなんか、懐かしいな」


海介が横から覗き込む。


ページをめくっていく。


今年の出場者。


運営スタッフ。


集合写真。


そして、その中に。


ちはるが写っていた。


僕は写真を見て、少し笑った。


「春樹、ちはるちゃんのことやっぱ気になる?」


「うん」


海介は、少し真顔になり自分の困惑している表情を隠してる様子になった。


僕はアルバムを閉じた。


今はまだ。


僕が知っているちはると、今のちはるが同じ人なのか。


それを自分の目で確かめてみたい。


そう思っていた。


けれど、そのアルバムの最後のページに。


ミスコンはすでに終わっているはずなのに、なぜかまだ残されている一枚の写真があった。


ちはるがミスコンに応募するに当たって、運営に提出した写真だ。


それは、ちはるの過去を示すように、他のどのページよりも不自然にそこに挟まれていた。


-------------------------------------------------------------


家に帰ると、僕は机の上に一枚の紙を置いた。


そこには、未来のスマートフォンに残っていた写真や予定を頼りに、これから起こることを書き出してある。


何度も確認した。


少なくとも、僕が覚えている限りでは間違っていない。


不思議な気分だった。


未来では、ちはると出会った日のことなんて覚えていなかった。


結婚してから何度か、


「私たちって、最初どこで話したんだっけ?」


なんて聞かれたこともある。


そのたびに僕は、


「ミスコンの運営だろ」


と答えていた。


ちはるは、


「そうだっけ?」


と笑っていた。


それくらい、僕たちにとっては何でもない一日だった。


けれど今の僕にとっては違う。


11月10日は、ちはると初めて出会った日だ。


11月20日は、ちはると初めて二人で食事をした日。


11月25日は、ちはるを初めて一緒に車に乗った日。


そして12月25日は


僕は紙の上に、もう一行だけ書き足した。


「余計なことはしない」


未来を知っているからといって、好き勝手に動いていいわけではない。


むしろ、未来を知っているからこそ、何もしないほうがいい。


もし僕がちはるに積極的に近づいたら。


もし僕が、未来で起きた出来事を先回りしてしまったら。


もし、僕の行動によって何か一つでも変わったら。


その先にある未来も変わってしまうかもしれない。


僕には、未来を変える勇気なんてないから。


何より。


未来で待っているちはるを、失いたくなかった。


僕からは何もしない。


未来と同じように進む。


それだけでいい。


25日になるまでは、ちはるに気かけるも避けるように隠れた。


万が一、ちはるに声をかけられご飯に行くことになったり、未来と違ったら怖かったからだ。


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