第4話「ちはるの噂」
2人で大学を出る。
表参道までの道を歩きながら、ちはるは最近の出来事を話していた。
僕はそれを聞いているだけだった。
「新山くんって、あまり自分のこと話さないよね」
「そうかな?」
「うん。私ばかり話してる気がする」
「別に構わないよ」
しばらく歩いたところで、ちはるが突然足を止めた。
「あ……」
「どうした?」
「ごめん、少し待って」
ちはるはスマートフォンを確認している。
「何かあった?」
「ううん、大丈夫」
そう言いながらも、わずかに表情が曇っていた。
「新山くんってさ、人のことあまり聞かないよね」
「そうかな?」
「うん。普通なら誰から?って聞くと思う」
「聞いてほしかった?」
「……別に」
ちはるは小さく笑った。
「そういうところ、良いと思うよ」
「……え?」
「なんでもない」
そう言って、ちはるは少し先を歩いた。
僕はその後ろを少し遅れて追った。
「……何だったんだ?」
その日の夜。
帰宅してからも、ちはるの「昔の知り合い」という言葉が頭に残っていた。
しかし、それ以上深く追及しようとは思わなかった。
まだ僕たちは付き合っているわけではない。
それに、妻だったからといって、過去のすべてを知る必要があるわけでもない。
そう考えていた。
数日後。
11月15日。
大学でミスコンの準備をしていると、昨年の運営スタッフだった先輩がやってきた。
「新山、ちはるちゃんと仲良いいの?」
「どうしてですか?」
「この前、2人で帰ってる姿を見かけてね」
「そんなにまだ仲良くなれてません。」
先輩は意味深に笑った。
「なら、少し気をつけた方がいいかもしれないな」
「……どういう意味ですか?」
「いや、特に深い意味はない」
「いや、今の言い方は気になりますけど」
「そのうち分かるさ」
先輩はそれだけ言うと、別の場所へ去っていった。
「なんなんだ……」
僕は小さく呟いた。
その帰り道、海介に尋ねた。
「なあ、ちはるさんって昔何かあったのか?」
「何かって?」
「大学に入る前とか」
「さあ、知らないけど」
海介は少し考え込んだ。
「ああ……」
「何か知ってるのか?」
「いや、俺も詳しくは知らない」
「でも何かあるんだろ?」
「まあ、少し噂になったことはあるらしいけどな」
「どんな?」
海介は一瞬黙った。
「本人がもしかしたら、話したくないことなら、俺が言うべきじゃないだろ」
やはり、海介は優しい。
「……まあ、そうだな」
それ以上は聞けなかった。
ただ、それ以来、ちはるを見る目が少しだけ変わった。
嫌いになったわけではない。
むしろ、以前よりも気になってしまっていた。
僕が知っている未来のちはるは、明るく、優しく、少しだけわがままで。
仕事から帰ると「おかえり」と言ってくれる人だった。
しかし、そのちはるにも、僕の知らない過去がある。
それは当然のことだ。
僕にも、ちはると出会う前の人生があるのだから。
気にする必要はない。
そう思っていた。




