第3話「もう一度、妻に出会う」
どうやら、僕は5年前にタイムスリップでもしたのだろうか。
しかし、どのタイミングで過去に戻ってしまったのだろうか。
この世界には、ちはるは本当に存在しているのだろうか。
海介が飲み物を選んでいる。
「女性は、あんまりアルコール飲まないかな」
「ああ。アルコールはあんまり飲まないだろう」
ちはるの顔が浮かぶ。
「海介さ、僕は夢でも見ているのかよ」
「春樹さ、いつまでも言ってんのよ」
流石に、遅刻した上に変なことを言い続ける友人は嫌になるだろう。
「そろそろ20時になりそうだし、先を急ごうぜ」
会計もすべて海介に任せてしまった僕は、なんだか申し訳なくなった。
買い物を終え、僕たちは大学まで一本道を歩き始めた。
まだこの現実に実感を持てず、ただ友達と買い物をしているだけだと思う。
ふと、渋谷駅の景色に違和感を覚えた。
「あ、ハチ公改札の場所が違う。2025年には移設したはずなのに」
僕がそう呟くと、海介が何気なく口を開いた。
「銀座線の改札、ヒカリエからすぐ行けるようになって良くなったよな」
「ん?」
「ほら、俺、虎ノ門に住んでるじゃん。銀座線をよく使うからさ。すぐ外から改札に行けるようになって良かったわ」
「……」
どうやら、俺は本当に2021年にいるらしい。
銀座線のヒカリエ方面改札の供用開始は2020年だ。
今さら、何を言っているのだ。
表参道というおしゃれな立地に、大きな正門が見えてくる。
「久しぶりだ」
「久しぶりって。昨日も来ただろ」
海介もとうとう、僕を奇妙に思わず突っ込んでくれるようだ。
銀杏並木が両脇に広がり、僕は手に汗を握らせる。
ちはるは本当にこの2021年にいるのか。
俺は何かの間違いで、過去に戻ってきてしまったのか。
そしたら、彼女は僕のことも知らないのか。
彼女の病も治っているのか。
大学の中でも一番新しい17号館に向かう。
僕の心臓の音は異常に早く、止まりそうだ。
スーツで来たけど、ダサいかな。
無駄な心配をしている。
店の扉を開けると、大学生らしい笑い声が一気に耳へ飛び込んできた。
「おう!イケメン、海介と春樹じゃん」
「女子たちがずっと海介はまだなのかと言ってたよ」
同じ運営のだった人だ。
「ごめんごめん。てか去年はそうでも、今年は俺がメインじゃないよ」
海介が笑いながら頭を下げる。
海介の周りには、女子が集まる。
何を買ってきたのかと聞きながら、海介との会話を喜んでいるようだ。
「お、今年のミスミスターもいるね!」
海介がいうと、僕は周りを見回した。
ピンク色のブラウス。
白いロングスカート。
紺色の傘。
――そんな服を着ているはずはない。
それでも、探してしまう。
そして。
いた。
窓際の席。
友達に囲まれながら、笑っている女性。
長い髪。
少しだけ目尻が下がっていて、笑うと頬に小さなくぼみができる。
僕は、その顔を知っている。
知りすぎている。
何百回、何千回と見た顔だ。
「……ちはる」
思わず名前がこぼれた。
「ん?」
海介が振り返る。
「どうした?」
「いや……なんでもない」
僕は目を逸らした。
でも、もう一度見てしまう。
彼女は笑っていた。
病室で見た笑顔よりも、ずっと大きな笑顔だった。
太陽みたい。
僕が知っている妻の、ずっと昔の姿。
「春樹、行くぞ」
「うん」
にやにやしている海介に引っ張られるようにして、僕は席へ向かった。
すると、ちょうど彼女と目が合った。
ほんの一瞬なのに、心臓が大きく跳ねた。
彼女が笑う。
「こんにちは」
僕は固まった。
「おい、春樹!挨拶されるぞ」
肘でつかれる。
海介が、僕がちはるのことを好きだと思っているせいで、やけに積極的に僕に声をかける。
「……こんにちは」
「新山くん、だよね?」
「……そうだけど」
「今日、一緒に買い出し行ってたんだよね?」
「うん」
「ありがとう。大変だったでしょ」
「いや……」
何を言えばいいのだろう。
ちはると僕は今、どういう関係なのだろうか。
「……元気そうで良かった」
口から出た言葉に、自分でも驚いた。
ちはるが首を傾げる。
「え?」
「いや……なんでもない」
「ふふ。変なの」
そう言って、彼女は笑った。
なぜか元気な姿を見たからか、泣きそうになった。
彼女は元気だ。
でも僕のことを彼女は知らないし、それなのに、僕は彼女を知っている。
「……新山くん?」
「ごめん」
「どうしたの?」
「いや……」
僕は笑った。
きもいかもしれない。
「これからもっと仲良くしましょ!」
彼女は笑った。
「……え?」
「私、全然新山くんと話したことないからさ」
彼女は照れ臭そうに何気なくそう言うけれど、その言葉に、僕は何も返せなかった。
僕は過去に本当に戻って来たんだという実感と、
もう一度僕は彼女と結婚できるのかと心配になった。
胸の奥で、焦り始めた。
その日の打ち上げの記憶は、ほとんどない。
僕はちはるが友人と楽しく話している姿、
2021準ミスとして人気を集めている姿をずっと見ていた。
「春樹、さっきからちはるちゃんだけ見てるじゃん」
さっき、下の名前を知ったくせに馴れ馴れしく読んでいる海介。
僕と一緒にいてくれて、教室の片隅で打ち上げの様子をおとなしく見ている。
「ちはるちゃんのどこが気に入ったの?全然、話してないみたいじゃん」
2021年の現在、海介がいう通り、僕はミスミスター大会の運営をやっていた目立たない男。
一方、ちはるは準ミスをとれる程の美貌を兼ね備えていて、友達も多く、人気も高い。
「なんで好きになったんだっけな」
自分が恥ずかしくなった。
「おい!一目ぼれってやつか~。競争率高そうだよ~」
海介が僕の恋を応援してくれるのは、嬉しいけれど、ずっとちはるのことを話されると、どうしたらいいのかと困ってしまう。
「よし!ここは俺が、ちはるちゃんを誘ってドライブにでも行くか!」
「今度、何人かでドライブ行こうぜ。俺の車出すから」
「……何人かって?」
「俺とお前とちはるちゃん」
「いや、やめとけよ」
「なんで?」
にやにやしながらこちらを見る海介。
「まだほとんど話したことないだろ」
「だからだよ」
海介は当たり前のように言った。
「仲良くなるには、話すしかないじゃん」
「……」
「それに、ちはるちゃんも彼氏と別れたらしい」
その瞬間。僕はちはるからいつか俺と付き合う前の元カレの話をされたことを思い出した。
僕の頭の中に、記憶が浮かんだ。
あ、黒板の前に立って騒いでるあの人か。
同じ運営係のリーダーの森さんだ。
「春樹?」
「……なんでもない」
「行く?」
「……いや、やめとくわ」
まだ、状況を整理できてない状況でちはるにコンタクトしたり、何かの行動を取るのは危険だ。
何かの映画で過去を変えるということは、未来も変わってしまうとか何とか言ってる話を聞いたことがある。
決して、次はちはると結婚できないんじゃないかと心配してるのでなく、未来の自分とちはるにとって危険が及ばないようにしたいだけ。




