第10話「僕の記憶」
料理が運ばれてくるたびに、僕たちは他愛のない話をした。
大学のこと。
最近あったくだらない出来事。
昔のこと。
どれも、特別な話ではなかったのに、楽しかった。
ちはるが笑い、僕も笑う。
そんな当たり前の時間が、どうしようもなく愛おしかった。
「……ねえ、春樹」
「ん?」
「今日、誘ってくれてありがとう」
「なんで急に?」
「なんとなく」
ちはるはそう言って、少しだけ笑った。
「楽しかったから」
その言葉を聞いて、僕も自然と笑っていた。
「俺も楽しかったよ」
本当にそう思った。
気づけば、店内の時計はかなり遅い時間を指していた。
「そろそろ出よっか」
「うん」
僕たちは会計を済ませ、店の外へ出た。
扉が閉まった瞬間、冷たい風が頬を撫でる。
「寒い……」
ちはるが両手をこすり合わせる。
「もう冬だな」
「11月だもん」
「そうだった」
そんな何気ない会話をしながら、僕たちは駅へ向かって歩いた。
街には、仕事帰りの人たちが行き交っている。
信号が変わり、僕たちも歩き出す。
隣には、ちはるがいる。
それだけでよかった。
駅に着くと、僕たちは改札を通った。
「山手線?」
「うん」
「じゃあ一緒だね」
ちはるが笑った。
「よかった」
その言葉に、僕は少しだけ驚いた。
「何が?」
「……なんでもない」
ちはるは前を向いた。
僕も、それ以上は聞かなかった。
ホームへ上がると、ちょうど電車が入ってきて、大勢の人が降りてくる。
その人たちがいなくなったあと、僕たちは電車に乗り込んだ。
扉が閉まる。
ガタン、と車体が揺れた。
電車が動き出す。
窓の外に、東京の夜景が流れていった。
僕たちは並んで立っていた。
さっきまで話していたのに、電車の中では自然と会話が途切れていた。
でも、不思議と気まずくはなかった。
ちはるが窓の外を見ている。
その横顔を、僕は見つめた。
――綺麗だな。
ふと、そんなことを思った。
昔から知っている顔。
何度も見てきた顔。
それなのに、今までとは違って見えた。
「……ちはる」
「ん?」
「俺さ」
「うん」
言葉が出てこなかった。
何を言えばいいのか分からない。
ただ、もう一度だけ、ちはるの顔を見た。
そして、ようやく分かった。
僕は、この人が好きなんだ。
ただ昔好きだったんじゃない。
今も好きなんだ。
いや――
きっと、ずっと好きだった。
時間が離れても。
記憶が変わっても。
僕の中にある気持ちだけは、何も変わっていなかった。
「……どうしたの?」
ちはるが不思議そうに僕を見る。
「いや」
僕は笑った。
「なんでもない」
「変なの」
ちはるも笑った。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
――この人を失いたくない。
心の底から、そう思った。
電車は次の駅へ向かって走っていく。
僕はちはるの隣に立っていた。
ずっと、このままでいたい。
そう思った。
その瞬間だった。




