第9話「12月25日」
クリスマス当日。
大学がクリスチャンなので、クリスマスは休校でほそのまま冬休みとなる。
再び見慣れた景色になった大学の正門で待ち合わせをする。
18時だ。
僕はいつのタイミングで過去に戻ってしまったのか、分からないがちはるとの未来を変えたくなくて今日まで行動してきた。
正直、合っていたのか分からないけど、最善は尽くした。
「新山くん!」
向こうから、白いファーがついたコートを身に付けたちはるがやって来た。
「お待たせ!待った?」
「全然。今着いたところ」
「良かった!じゃあ、行こう」
町中に手を繋いだカップルが歩くなか、僕たちは肩をたまにぶつかりながら明治神宮の方へ向かった。
「やっぱり、クリスマスの表参道は人が多いね」
「そうだね....」
どうしてだろう。
このまま、彼女と付き合うことが正解なのかが分からない。
「どうしたの?今日」
ちはるが隣から僕の顔を覗き込む。
「ん?」
「さっきから、ずっと難しい顔してるよ」
「……そうかな」
「うん」
僕は曖昧に笑った。
クリスマスの表参道は、想像していた以上に人が多かった。
イルミネーションを見に来たカップル。
友達同士で写真を撮る大学生。
ショッピングバッグを抱えた人たち。
その誰もが、今日という日を楽しんでいるように見える。
その中を、僕とちはるは並んで歩いていた。
今の僕にとっては初めて歩く道でもある。
「ねえ」
ちはるが口を開く。
「今日、何食べる?」
「……ごめん。レストランとか予約すれば良かったよね」
しまった。完全に忘れてしまっていた。
「全然!大丈夫だよ」
「ごめん」
「もう!」
ちはるが頬を膨らませる。
「新山くんって、本当に曖昧だよね」
「否定できない」
「いいよ。もう、私が予約しておいたよ」
「え!ありがとう。お願いします」
「ふふ」
ちはるが笑う。
その笑顔を見ていると、申し訳ない気持ちと同時に胸が締めつけられる。
ちはるが予約しておいてくれた大学前のフレンチとイタリアンが楽しめるレストランに入った。
リーズナブルなお店だとちはるが言っていたが、店内は学生や女性達が大勢いた。
僕たちはちはるが予約してくれたピアノの生演奏を見れるカウンター席に座った。
ちはるがメニューを見てる。
お気に入りだと昔教えてくれた、白いセーターにチェック柄のスカートを着てきたことが分かった。
僕は、この人を知っている。
いや、知りすぎている。
でも今の彼女はまだ大学生で、何も知らなくて。
僕と結婚する未来も知らなくて。
病気になる未来も知らなくて。
それなのに僕だけが、彼女の人生の続きを知っている。
「……ずるいよな」
「え?」
「いや、何でもない」
「今日、変だよ」
首をあからさまに傾げる、ちはる。
「新山くんって、私に何か隠してない?」
心臓が跳ねた。
「……どうして?」
「なんとなく」
ちはるはメニューを向いたまま続ける。
「最初に会ったときから、私を見る目が変だったから」
「変って?」
「なんていうか……」
少し考えてから、ちはるは笑った。
「初めて会った人を見る目じゃない」
僕は何も言えなかった。
「まるで、ずっと前から私を知ってるみたい」
「……」
「違う?」
違わない。
僕は、あなたを知っている。
けれど、それを言えるはずがない。
「……昔、夢で見たことがあるんだ」
僕は咄嗟にそう答えた。
「私を?」
「うん」
「どんな夢?」
「……一緒に暮らしてた」
ちはるが手を止めた。
「え?」
「いや、変な夢だよ」
「一緒に暮らしてたって……」
「夫婦みたいな感じで」
「……」
ちはるの顔が赤くなる。
「それ、ちょっと怖いんだけど」
「ごめん」
「でも……」
ちはるは小さく笑った。
「なんか、嬉しいかも」
「……え?」
「私もね」
ちはるが少しだけ俯く。
「新山くんと初めて話したとき、初めて会った感じがしなかった」
「……」
「だから、変な感じ」
僕はその言葉を聞いて、胸の奥が熱くなった。
未来を知っているのは、僕だけではないのかもしれない。
もしかしたら。
彼女の心のどこかにも、僕との未来が残っているのかもしれない。
そんな馬鹿げたことを考えてしまう。
「ねえ、新山くん」
「ん?」
「今日、私に話したいことない?」
「……どうして?」
「さっきから、何か考えてる顔してるから」
僕は足を止めた。
そして、ちはるを見る。
今なら聞ける。
森先輩のこと。
浮気の噂。
そして、彼女が隠している過去。
でも、僕は聞かなかった。
「……あるよ」
「何?」
「今日、一緒にいてくれてありがとうって言いたかった」
「……それだけ?」
「うん」
ちはるは少し不満そうに僕を見る。
「変なの」
「そうかな」
「うん。でも……」
ちはるが笑う。
「私も、ありがとう」
「何が?」
「今日、私と一緒にいてくれて」
「当たり前だろ」
「……そういうところ」
「何?」
「やっぱり好き」
その言葉を聞いた瞬間。
僕の中にあった迷いが、少しずつ消えていった。
未来を守るためじゃない。
未来に戻るためでもない。
目の前にいるちはるが、今、僕のことを好きだと言ってくれた。
それだけで十分だと気付いた。
「ちはるさん」
「ん?」
「僕も、ちはるさんのことが好き」
初めて。
未来を知っているからではなく。
今ここにいる彼女に向かって、僕自身の言葉で伝えた。
「付き合ってほしい」
ちはるは驚いたように目を丸くした。
「……今日?」
「今日」
「クリスマスだから?」
「それもある」
「それも?」
僕は笑った。
「でも、一番は……」
言葉を選ぶ。
「もっと、ちはるのことを知りたいと思ったから」
ちはるはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり笑った。
「……私も」
「うん」
「もっと、新山くんのこと知りたい」
ちはるが手を差し出す。
僕は、その手を握った。
小さな手だった。
浮腫んでもいない、冷たくもない病室で握った手とは違う。
ただ、温かかった。
その瞬間。
僕の胸の奥に、何かが弾けるような感覚があった。
――ああ。
僕はこの人と、もう一度恋をしたんだ。
未来を知っている僕と。
未来を知らないちはるで。
もう一度。
「寒いね」
「うん」
「手、冷たい?」
「ちょっと」
「じゃあ、もっと強く握って」
「……いいの?」
「彼氏なんだからいいでしょ」
その言葉に、僕は笑った。
「そうだね」
僕たちは手を繋いだまま、表参道のイルミネーションの中を歩いた。
11月10日。
ちはると初めて会話。
11月20日。
初めて二人で食事。
11月25日。
海へ行く。
12月10日。
二人で食事。
12月25日。
交際開始。
今日までは、ほとんど記憶通りだった。
もう未来をなぞる必要はない。
『今日はありがとう』
『こちらこそ』
『これからよろしくね、彼氏さん』
僕は思わず笑った。
『こちらこそ、彼女さん』
数秒後。
『なんか恥ずかしいね笑』
『俺も』
そんな短いやり取りを何度か繰り返した。
次々と運び込まれる食事を食べながら、僕はちはるの話をずっと聞いていた。




