9.余力を残す
それからのエマは、アデラインの予定表を見る時、予定そのものだけでなく、その間の空白も見るようになった。
午前に外出、午後は何もない、そして夕方から晩餐会。以前なら、午後は空いていると思っていた。
けれど今は違う。
午前の外出から戻り、昼食をとり少し休む。
それから夕方の支度を始める。
そう考えると、何も書かれていない時間も、それほど長くはなかった。
「エマ」
「はい」
「来週の木曜だけれど」
アデラインが予定表を見ながら言った。
「ロズウェル夫人から、新しくできた美術館へ行かないかと誘われたの。午後は空いていたわよね?」
エマは予定表を確認した。
午前は慈善施設への訪問で夜は晩餐会。
「空いてはいますが、ここに予定を入れると休む時間が取れなさそうです」
「…美術館よ?」
「はい」
「休むようなものではない?」
「外出ですので気も使われるでしょうし…」
「そういうもの?」
アデラインは予定表を見た。
「うーん、でも、行きたいわね」
「でしたら、翌日の午前を空けておくとよろしいかと」
「翌日の予定どんなだったかしら?」
「午後から打ち合わせが一件ございます」
「なら、午前は何も入れないことにするわ」
「よろしいかと」
「ではロズウェル夫人には、伺うと返事をするわ」
「承知しました」
また別の日
「エマ、再来週の火曜日だけれど」
「はい」
「午後に一件、予定を入れたいのよねぇ。今どんな予定だったかしら」
エマは予定表を開いた。
午前に会合、午後は何もない、そして夜も空白だ。
「どのようなご予定ですか?」
「商会の者と会うだけよ」
「どのくらいかかります?」
「一時間ほどかしら」
「場所は?」
「屋敷で」
「お着替えは?」
「このままでいいでしょうね」
「でしたら、それほど負担にはならないかと」
「そう」
アデラインは予定表に書き加えた。
「では、入れておくわ」
「はい」
また別の日には。
「この日の午後は空いていたかしら?」
「空いています」
「では、ここに——」
「ただ、少し負担が多いですね」
アデラインが顔を上げた。
「…あら、なんで?」
「前日の晩餐会は帰宅が遅くなります。翌朝も外出ですので、ここに予定を入れると三日間、まとまって休む時間が取れません」
「……そう」
「どこかで回復の時間が取れるといいのですが」
「どこなら取れそう?」
エマは予定表をめくった。
「翌日の午後でしたら」
「そこは空いているの?」
「今のところは」
「なら、そこは空けておくわ」
「よろしいかと」
「これで行けるわね」
「はい」
エマは頷いた。
予定を減らしたわけではないし必要なものは当然入れる。行きたい場所にも行ってもらう。
ただ、予定を入れる前に、その前後を見るように気をつけていた。
前日は何時に帰るのか。
着替えは必要か。
移動にはどのくらいかかるのか。
次の予定までに休む時間はあるのか。
エマには、予定表に書かれていないものが少しずつ見えるようになっていた。そしてアデラインも、以前より身体が楽なのだろう。いつの間にか、新しい予定を入れる前にはエマに尋ねるようになっていた。
「アデライン様」
ある日、エマは予定表を見ながら言った。
「来週は少し予定が続いておりますね」
「そうね」
「月曜は外出。火曜は昼食会と晩餐会。水曜は朝から会合です」
「ええ」
「それを踏まえて、木曜の午後にお茶会のお誘いが来ております」
「誰から?」
エマは差出人を告げた。
「ああ。…行ってもいいわね」
「空いてはいますが、ここにお茶会を入れると、月曜から金曜までまとまって休む時間は取れません」
「……そう」
アデラインは予定表を見た。
「金曜は?」
「朝から外出です」
「土曜は?」
「午前に会合がございます」
「では、どこなら休める?」
「木曜のお茶会を入れるのでしたら、火曜の昼食会を断るか、金曜の外出を翌週にずらすと回復の時間は取れます」
「火曜の昼食会は外せないわ」
「はい」
「金曜の外出も、できれば今週中に済ませたいのよね」
「でしたら、木曜のお茶会へ行くと少し負担が多いかと」
「どのくらい?」
エマは少し考えた。
「金曜には、蜂蜜菓子にも反応なさらないかもしれません」
「それを基準にするのはやめてくれない?」
「わかりやすいかと思いまして」
「……」
アデラインはもう一度、予定表を見た。
しばらく考えてから、招待状を手に取る。
「このお茶会は、またあるわ」
「はい」
「今回は断ることにする」
「承知しました」
アデラインは招待状を脇へ置いた。
また別の日
「エマ、この日の午後は?」
「空いていますが、前日の夜に晩餐会がありますので、翌日はお疲れかと」
「でも、これは行きたいのよねぇ」
「でしたら、行きましょう」
「その翌日は?」
「朝から予定がございます」
「……そう」
「負担は少し多いですが、行けないほどではありません」
「なら、行くわ」
「承知しました」
実際、その日は疲れていた。
アデラインは帰宅するなり、寝台へ倒れ込んだ。
「……エマ」
「はい」
「疲れたわ…」
「はい、見るからに疲れておいでです」
「そう」
「ひとまず蒸しタオルと足のマッサージだけしておきますね」
「……お願い」
アデラインは目を閉じたまま
「……行ってよかったわ」
「そうですか」
「ええ。とても綺麗だったもの」
「それは何よりです」
エマはそれ以上、何も言わなかった。
疲れる予定が、悪いわけではない。
行きたい場所もある。
会いたい人もいる。
疲れるとわかっていても、それでも行きたい時もある。
エマがするのは、それを止めることではなかった。
ただ、予定表だけでは見えてこないものを伝える。
ここに予定を入れれば、休む時間はなくなる。
少し負担が多いが翌日を空ければ、回復する時間が取れる。
その上でどうするかは、アデラインが決めることだ。
「アデライン様」
「何?」
「来週の予定ですが、少し詰まっています」
「どのくらい?」
「木曜の午後まで予定を入れると、蜂蜜菓子です」
「だから、それを基準にするのはやめて」
「わかりやすいかと…」
「…他に言い方はないの?」
「…本も読めないくらいです?」
「そちらにして」
「承知しました」
アデラインは予定表を覗き込んだ。
「どこを空ければいい?」
「水曜の午後か、木曜の午前ですね」
「水曜は?」
「昼食会の後です」
「では、そこを空けるわ」
「よろしいかと」
アデラインは予定表に目を落とした。
「……あなた、最近ずいぶん私の予定に詳しくなったわね」
「毎日見ておりますので」
「私より詳しいのではない?」
「アデライン様は、入るかどうかしかご覧になりませんから」
「入るなら、入るでしょう?」
「入りますね」
「でしょう?」
「ですが、休む時間はなくなります…」
「……」
「ですよね?」
「……そうね」
アデラインは納得したように頷き、本へ手を伸ばした。エマはもう一度、予定表に目を落とす。
水曜の午後は何もない。
(ここで休めそうね)
いつの間にか、エマは予定そのものより、予定と予定の間を見るようになっていた。




