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風呂キャン令嬢、外面だけは完璧なので今日も辻褄を合わせます!  作者: ちょこだいふく


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8/11

8.空いている時間

———それから数日後


「アデライン、明日の午後は空いているかしら?」


朝食の席で、侯爵夫人が尋ねた。

アデラインは予定を思い返すと


「ええ、午後は何もありません」


「そう。実は、ロズウェル夫人のお茶会に伺う予定だったのだけれど、急用ができてしまったの」


「まあ」


「もし予定が空いているなら、代わりに行ってもらえないかしら」


「わかりました」


「でも、無理なら大丈夫よ。本当にいつもの方々が集まるだけのお茶会ですもの」


「大丈夫です」


アデラインはあっさりと答えた。


「では、私が伺います」


「ありがとう。助かるわ」


それで話は終わった。


いずれグランヴェール侯爵家を継ぐアデラインは、数年前から少しずつ両親の仕事や付き合いを引き継いでいる。


母の代わりにお茶会へ出席することも、珍しいことではない。


だからエマも、特に何も思わなかった。


———翌日


アデラインは朝から外出した。


午前中は、以前から予定していた慈善施設への訪問。

昼前に屋敷へ戻り、昼食を済ませる。

それからドレスを着替え、髪を整え直し、午後はロズウェル夫人のお茶会へ。

夕方戻ると、今度は夜の晩餐会のための準備を始めた。


「髪はこのままでいいわ。飾りだけ変えて」


「承知しました」


「ドレスは紺のものを」


「はい」


「少し急いで」


「かしこまりました」


アデラインはいつも通りだった。


お茶会から戻ったばかりだというのに、疲れた様子は見せない。

エマも手早く支度を整えた。


「できました」


「ありがとう」


アデラインは鏡の中の自分を確認し、立ち上がると夜の晩餐会へと向かった。


帰宅したのは、すっかり夜も更けてからだった。

自室の扉を閉めると、アデラインはそのまま寝台へと倒れ込んだ。


「……」


アデラインは本を手に持とうともしない。


「アデライン様」


「……何?」


「髪飾りだけ外しますね」


「……ええ」


返事も小さい。


エマは髪飾りを外し、ドレスを脱がせ、温かな布で顔と足を拭いた。

アデラインはされるがままになっている。


「果実水はこちらに置いておきます」


「……ええ」


「お菓子も」


「……うぅん、…いらないわ」


エマの手が止まった。

好きなものすら、いらない…。

エマはアデラインを見た。


朝から外出し昼前に戻り、昼食。

着替えてすぐにお茶会へ。

戻ってきたら、また着替えて、夜の晩餐会…


「……アデライン様」


「何?」


「今日のお茶会ですが」


「ええ」


「行かなくてもよかったのでは?」


アデラインが、ゆっくりと目を開けた。


「……なぜ?」


「侯爵夫人も、無理なら大丈夫だとおっしゃっていましたよね」


「でも、予定は空いていたわ」


「……予定と予定の間にねじ込めることを、空いているとは言わないのでは?」


「入ったでしょう?」


「入りましたけど」


「なら空いていたのよ」


「……そうでしょうか」


「そうよ」


アデラインは当然のように言った。


「午前の予定が終わってから、夜の晩餐会まで何もなかったもの」


「お茶会が入りましたよね」


「だから、入るだけの時間があったということでしょう?」


「……」


確かに、入った。

時間には間に合った。

お茶会にもきちんと出席した。

晩餐会にも遅れていない。


何一つ失敗していない。


(……でも)


エマは今日一日を思い返した。


午前の予定から戻ったアデラインは、昼食を済ませるとすぐに着替えた。

お茶会から戻れば、またすぐに夜の支度。

一度も長椅子に寝転がっていない。

本も読んでいない。


…何もしていない時間が、一度もない。


「アデライン様」


「何?」


「馬は、走った後に休ませますよね」


「……いきなり何の話?」


「ひとまずお答えください」


「休ませるでしょうね」


「まだ走れるとしても?」


「次も走らせるなら、その方がいいでしょう」


「なぜです?」


「…疲れるからでしょう?」


「では、アデライン様も同じでは?」


「私は馬ではないわ」


「それはそうなのですが…」


アデラインが、少しだけ眉を寄せた。


「でも、私は行けたわ」


「はい、行けました」


「お茶会にも、晩餐会にも」


「はい」


「なら、問題ないでしょう?」


「馬も走れたでしょうね」


「……」


アデラインが黙った。


「ですが、走れたことと、休ませなくてよかったことは同じではないように思うのです…」


「……」


エマは自分で言いながら、今日一日のことを思い返していた。


午前の予定

お茶会

夜の晩餐会


予定表には確かに、午後は何も書かれていなかった。

だからエマも、空いていると思っていた。


だが


「予定と予定の間の時間は、何も入っていないから空いているのではなくて…」


エマは少し考えた。


「なんと申しますか…次の予定までに休むための時間でもあるのではないでしょうか」


「……」


「予定表の空白は、余っている時間ではないこともあるのでは?」


アデラインは、しばらく黙っていた。


「……そういうものかしら」


「そういうものかもしれないなと…」


「今、考えたのでしょう?」


「はい」


「……」


「ですが、間違ってもいないと思うんですよね」


「そう」


アデラインは目を閉じた。


「では、今日はもうお休みください」


「もう休んでいるわ」


「そうでしたね」


エマは灯りを落とした。


「おやすみなさいませ」


「ええ」


———翌日


エマは、アデラインの予定表を見ていた。


午前は外出

午後は何もない

夕方は晩餐会


「今日は午後から空いているわね」


本を読んでいたアデラインが言った。


「空いておりません」


「……何もないわよ?」


「はい」


「なら、空いているでしょう?」


「いいえ」


「なぜ?」


エマは予定表を閉じた。


「馬を休ませる時間です」


「私は馬ではないわ」


「存じております」


「……」


アデラインは、じっとエマを見た。

エマも見返した。


「……何かすることがあるの?」


「何もしませんよ」


「午後に…」


「はい」


「ただ休むだけ?」


「はい」


「……そう」


アデラインは本へ視線を移した。


「なら、ゆっくりしようかしら」


「よろしいかと」


その日の午後、アデラインは長椅子に寝転がり、本を読んでいた。


何もしなかったし誰にも会わなかった。

次期侯爵としての仕事もしていない。

何の役にも立たない時間をただ過ごした。


そして夕方


「アデライン様、そろそろ支度を始めますよ」


「ええ」


アデラインは本を閉じるといつも通り、少しだけ顎を上げる。


「今日は青のドレスにするわ」


「承知しました」


———


その日のアデラインは、晩餐会から帰ってきても、本を読むくらいの元気が残っていた。


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