5.失敗の原因
『好物でも、その日の気分によっては効果なし』
そう書き加えた日から数日後
「アデライン様。お着替えを」
「嫌よ」
「今日は午後からお客様がいらっしゃいますよ」
「知っているわ」
「では」
「まだいいでしょう」
「もうすぐお昼ですよ」
「あとで」
「あとでとはいつですか?」
「あとではあとよ」
「……」
アデラインは寝台の上に凄い姿勢で横になったまま、目を閉じている。本すら持っていない。
「先ほど、新刊が届きましたよ」
「……そう」
エマは少し驚いた。
「先日から楽しみにしていた本ですよ」
「そうね」
「お持ちしましょうか?」
「あとでいいわ」
「……」
蜂蜜菓子の時と同じ…。
好きなものなのに、動かない。
エマは寝台でだらけるアデラインを見た。
(…何が違うの?)
林檎のパイの時は、三日も湯浴みをしていなかった。それでも、焼きたてだと知ればすぐに動いた。
新刊で部屋を片づけた時もそうだ。新しい部屋着にもすぐ食いついた。
それなのに。
(今日は、新刊すらいらないの?)
「アデライン様」
「何?」
「具合でも悪いのですか?」
「いいえ」
「それなら良いのですが…」
「何?」
「……いえ」
アデラインは再び目を閉じた。
———その日の午後
客が来る時間が近づくと、アデラインはスッと起き上がり、即座に湯浴みを済ませ、髪を整え、ドレスを着る。いつものように指示は的確で、客の前に出る頃には、どこから見ても完璧な侯爵令嬢だった。
エマはその後ろ姿を見送った。
(……できるのよね)
できないわけではない。
必要になれば、ちゃんとできる。
いつも通りだ…
そう思った時、ふと昨日のアデラインを思い出した。
(……そういえば、昨日も)
朝から予定が立て込んでいた。
そして、先日の蜂蜜菓子のことが頭に浮かんだ。
———
あの蜂蜜菓子の日、アデラインには朝から予定があった。
午前は侯爵夫人と慈善事業の打ち合わせ。そのまま昼食会に出席し、午後は茶会。帰宅後には客人との夕食。
一日中、完璧だった。
誰に対しても笑顔で、困っている者がいればさりげなく声をかけ、帰り際には使用人にまで労いの言葉をかけていた。
そして部屋に戻った途端、寝台に倒れ込んだ。
『アデライン様。お着替えしますよ』
『……着替えたわ』
いつものことだと思った。
————
(もしかして)
蜂蜜菓子が効かなかった日、そして今日。
その前日はどちらも予定が立て込んでいた。
(……疲れている?)
エマは客間の扉を見た。
扉の向こうから、アデラインの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。とても、疲れているようには見えない。
だが思い返せば、アデラインは外で疲れた顔を見せたことが一度もなかった。
どれだけ長い一日でも。
どれだけ予定が詰まっていても。
部屋に戻るまでは。
(……もしかして、ここに戻るまで我慢していらっしゃる?)
エマは、しばらく扉を見つめていた。




