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風呂キャン令嬢、外面だけは完璧なので今日も辻褄を合わせます!  作者: ちょこだいふく


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4.その日の気分による

もしかして、この人……思っていたよりずっと、単純なのではないだろうか。


———林檎のパイ事件から数日後



「アデライン様。少しお部屋を片づけさせてください」


「いらないわ」


「いります」


「困っていないもの」


「私が困っています」


「あなたの問題でしょう?」


「この部屋の問題です」


アデラインは長椅子に寝転がったまま、本のページをめくった。


床には脱ぎ散らかした服。

テーブルには読みかけの本。

長椅子にも本、寝台の脇にも本。

そのうち一冊は、昨日から見つからないと言って探していた本である。


「せめて、こちらの服だけでも片づけさせてください」


「そこに置いておいて」


「三日前から置いてあります」


「なら、もう馴染んでいるわね」


「何にですか?」


「部屋に」


「馴染ませないでください」


「うるさいわね」


アデラインは鬱陶しそうに本を持ち上げ、顔を隠した。


「今日は片付けないわよ」


「片づけるのは私ですので」


「片づけさせないわ」


「なぜです?」


「どこに何があるかわからなくなるもの」


「今もわかっていませんよね?」


「わかっているわ」


「昨日、本を三十分探しておられましたよね?」


「あれは探していたのではないわ」


「では?」


「……確認していたのよ」


エマは天井を仰いだ。

そして結局、その日も部屋を片づけることはできなかった。


…片づけるのはエマなのに。

…アデラインは何もしなくていいのに。

それでも嫌なのだという。

エマには、やはり理解できなかった。


そんなある日のこと。


「アデライン様」


「何?」


「書店から新刊が届いております」


アデラインが本から顔を上げた。


「持ってきて」


「はい」


エマは返事をした。

そして、ふと止まった。


頭に浮かんだのは、林檎のパイだった。

三日間、何を言っても湯浴みをしなかったアデラインが、林檎のパイで。


…まさか。

…いや、しかし。


エマはアデラインを見た。


「その前に、お部屋を片づけさせてくれますね?」


「……」


アデラインはむくれた顔で黙った。


「アデライン様」


「……」


「片づけさせてくれますね?」


「……」


「では、新刊は」


「わかったわよ」


アデラインが、ぱたんと本を閉じた。


「好きにしなさい」


「ありがとうございます」


「新刊を」


「片づけが終わったらお持ちします」


「今、新刊を持ってきなさい」


「終わってからお持ちします」


「………」


エマは床の服を拾い始めた。

アデラインは不満そうだったが、止めなかった。

積み上がった本を本棚へ戻しても、テーブルのカップを下げても、菓子の包み紙を捨てても何も言わなかった。いつもだったらここは違う、それは動かさないでなど口を出すのに。


片づけが終わると、エマは約束どおり新刊を持ってきた。


「どうぞ」


アデラインは受け取るなり、すぐに表紙を眺めると、満足そうに新刊を開いた。


エマはその姿を見つめた。


——林檎のパイ。

——新刊。


…まだ偶然かもしれない。だが、少しだけ試してみたくなった。


———数日後



「アデライン様。お着替えを」


「嫌よ」


「今日は新しい部屋着が届いておりますよ」


アデラインの視線が、本からエマへ動いた。


「…新しい?」


「はい。先日、仕立て屋に頼んでいたものです。とても柔らかく気持ちの良い生地ですよ。」


「見せて」


「お着替えになりますか?」


「いいえ、見るだけよ」


「そうですか」


エマは新しい部屋着を持ってきた。

柔らかな生地で作られた、肌触りのよいものだ。

アデラインは寝台の上から手を伸ばし、生地に触れた。


「……いいわね」


「そうですね」


「着心地もよさそうだわ」


「そうですね」


「……」


「では、片づけてまいります」


「なぜ?」


「お着替えにならないのでしょう?」


「見るだけとは言ったわ」


「はい」


「着ないとは言っていないわ」


「そうですか」


「ええ」


アデラインは本を置いた。

そして、両腕を広げた。


「着替えるわ」


「承知しました」


エマはアデラインを着替えさせながら、確信した。


偶然ではない。

この人は、目の前に楽しみがあると、嫌なことを少しだけ受け入れられる。


——林檎のパイがあれば、湯浴みをする。

——新刊があれば、部屋を片づけさせる。

——新しい部屋着があれば、着替える。


好きなことが目の前にぶら下がっている時は“面倒くさい”を少しだけ越えられるのだ。


「お嬢様」


「何?」


「少し、わかってきました」


「何が?」


「いえ」


「気になるわね」


「お気になさらず」


「そう」


アデラインはもう興味を失ったらしい。

新しい部屋着の袖を撫でながら、本へ視線を戻した。


その日の夜、エマは机に向かっていた。

前任者のマーサから渡された、アデラインについての引き継ぎ帳を開く。


そこには、マーサの字で短く書かれていた。


『無理な日は、諦めること』


エマはその下に、新しく書き加えた。


『何かをしていただきたい時は、先に楽しみを用意する』



———翌朝



「お嬢様、湯浴みをいたしますよ」


「したわよ」


「……」


「したわよ」


エマは引き継ぎ帳を思い出した。


「そうですか」


「ええ」


「では、湯浴みの後にお出ししようと思っていた蜂蜜菓子は、私がいただきますね」


「……」


アデラインのページをめくる手が止まった。


エマは待った。


「どうぞ」


「……はい?」


「食べればいいでしょう」


「よろしいのですか?」


「今日は甘いものの気分ではないもの」


「……そうですか」


「ええ」


アデラインは平然とページをめくった。


動かない。


まったく動かない。


「では、いただきますよ?」


「どうぞ」


「本当にいただきますよ?」


「しつこいわね」


「……失礼いたしました」


エマは部屋を出た。


その夜、引き継ぎ帳に新たな一文が加わった。


『好物でも、その日の気分によっては効果なし』

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