別れ
皆と別れて、すみちゃんと一緒に最寄駅から手を繋いで歩いて帰る。
「終わっちゃったね、修学旅行」
「そうだね」
「あゆちゃんと組んでたけど、楽しかった?」
「楽しかったよ。あゆの行きたいところに振り回された感じはあったけど」
「すごい想像つくよ。私のところは瀬野君が引っ張ってくれたよ。まあ、私だけは沙雪さんに若干振り回された感は否めないけど。でも、楽しかったね、修学旅行」
すみちゃんの足が止まり、自然と繋いだ手も抜けていく。
「いぶはそうだろうね」
「すみちゃん?」
「たしかに楽しかった時はあったよ。でも、結局全然いぶといられなかった」
「ごめんね」
「あゆとか小夏とか、いぶと一緒に行動していたわけじゃないのに、その二人はたくさんいぶと一緒にいた」
「……」
「なんで、一緒に寝るの許したの。ベッド隣ってだけでも嫌だったのに、なんで一緒に寝たの」
下を向きながら責めるような目をしている。手を両方とも、爪の痕が付きそうなほど強く握り込んでいる。
「ごめん。夜中に目が覚めた時、小夏が全く眠れていなくて。私が一緒に寝ようって言ったの。あゆちゃんはいつの間にか潜り込んでいたけど」
「また、小夏なんだね」
「また?」
「ねえ、いぶにとって私と小夏、どっちが大事なの? 私っていぶの何? 小夏って何なの?」
水が溢れた。一滴なんかじゃない。倒れたわけでもない。ただ、元々満杯超えていたコップにさらに水を入れられたように、内から溢れ出していく。
「さあ。もう分からないや」
私は笑っていた。すみちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「それってどういう──」
「ねえすみちゃん。すみちゃんってなんで私と付き合いたいと思ったの? なんで好きになったの? それって私を幸せにする為? それとも、自分が幸せになる為?」
すみちゃんは何も答えず、口が開いてもすぐに閉じて、ただ私を見ていた。
「私ね、世界を救うヒーローじゃないの。望みを叶える魔法使いじゃないの。完璧な王子様じゃないの。ただの未熟な女子高生なの。ごくごく普通の、ありふれた人間なの。それでもすみちゃんの事幸せにしたいって思ったから好きになったの。付き合ったの。でもね、無理らしい」
「いぶ──」
「私にすみちゃんを満足させることはできない。私は器用じゃないから。無理なんだよ。恋人同士、幼馴染はともかく、高校以前から知り合いってことを隠すように言われて、私はどうやってすみちゃんを特別扱いすればいいの? どうやって自ら私の元に来てくれる小夏より、遠巻きに見ているすみちゃんを優先すればいいの?」
「…………」
「なんで隠したいのか見当もつかないけど、無理やり理由を聞こうとは思わない。言いたくないだけの理由がすみちゃんにはあるんでしょ。ならそれでいいと思う。でもね、私は良くなかったみたい」
「やめて──」
「すみちゃんが私をどう思っているのか知らないけど、私だってね、限界があるんだよ。限度があるんだよ。なんでも言う通りにできる超人じゃないの。さっきも言ったけど、ただの普通の女の子なの。だからごめんね。すみちゃんの言葉には応えられない」
すみちゃんはさっき自ら力を抜いて離した私の手を、今度は必死に、縋るように力を込めて握り取り、震えた声を出す。
「ごめん、いぶ、ごめんなさい! お願いだから別れないで! もう何も言わないから。側にいてくれるだけでいいから、お願いだから、別れないで。側にいさせて……」
私は力が強くなっていくすみちゃんの手に手を添える。
「すみちゃんは本当に側にいるだけで満足してくれると思うよ。でも、私にはそれができなかったからこうなったんでしょ」
私がそっと手を離すと、すみちゃんの目から涙が流れてくる。
「ねえ、すみちゃん。別れないから、距離を置こう。その方がお互いの為だよ」
「──嫌だ」
「今のままじゃ、消耗するしかない」
「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! いぶと離れたくない! お願い、悪いところ全部直すから! もう何も言わないから! お願いだからそんなこと言わないで! 離れないで! 私と一緒に──とにかく、そんなこと言わないで! 一人にしないで!」
すみちゃんが一歩前に出ると、私は一歩後ろに下がる。
「悪いところ全部直すって、それただ我慢するってことでしょ。じゃあまたいつか爆発するよ。そしたら私、多分今度こそすみちゃんといるの無理になる。あのね、私すみちゃんの事好きだよ。それは本当。でもね、ストレスも感じるの。私の言動がすみちゃんを傷つけていること分かってる。でも私は私をやめられない。これは直せない。だって、私の欠点であり、私の良さだから。すみちゃんが不満を口にするのも分かる。でもね、今の状態ですみちゃんを満足させられない。私はすみちゃんを幸せにしたくて付き合ったのに、結局お互い傷ついてる。そんなの良くないよ。だから、距離を取ろう」
「嫌だ。お願い。嫌だ」
すみちゃんはこちらを見ず、ただずっと泣きながら首を振っている。
「すみちゃん、お願い。私の為に、私を助ける為に、今だけはそっとしておいて。少なくとも、すみちゃんが皆に私達の関係を言えるようになるか、私が小夏との関係をはっきりさせられるか、どちらかができるようになるまで。お互いがお互いを見るのを控えよう。そしたら少しは安らぎを得られるよ。私、すみちゃんのこと嫌いになりたくない」
何も言えなくなったすみちゃんに背を向けて、私は先に歩いていく。
「大好きだよすみちゃん。しばらくはさようなら」
寂しさを感じつつも、どこか肩の荷が降りる。
息を深く吐いて空を見上げる。
ただ雲が空を覆っている姿しか見えなくて、肌寒い風に頬を当てただけだった。




