修学旅行⑫
今日は帰宅する日。発送の為にスーツケースに荷物を詰め込んでいく。
「ねえ入雲〜コテとアイロン貸して〜。昨日スーツケースにしまっちゃったの。出すのめんどい」
「やだー。使ってるー」
「ケチ〜。じゃあ純蓮貸して〜」
「あゆ目付いてる? 私も今両方使ってますけど」
「え〜時間きちゃうじゃん〜。依吹ちゃん──は持ってないよね。小夏貸して」
なんか、皆持っているものを持ってないの、女子力の欠如みたいに感じられて少し悲しい。私も買おうかな、コテとアイロン。使うかは分からないけど。
「いいけどあたしアイロンしかないぞ」
「マジサンキュー小夏〜! アイロンだけでも何もしないよかマシだから! コテはアイロン終わってから借りるからいいよ」
これからはもうちょっと女子力というものを意識してやってみようかな。うん……。
私は何も施していない髪を触りながら少しそう思う。
「いぶっちゃん荷物整理終わった?」
「うん、終わったよ」
「じゃあちょっとこっちおいで」
白葉ちゃんがアイロンをカチカチ鳴らしながら呼ぶので向かうと、動かないでねと髪にアイロンを当てられた。
「はー⁉︎ わたしの時は使ってるとか言ったくせに何やってるの⁉︎」
「橋野はそもそもスーツケースから出すの面倒なだけでしょ。昨日しまった時点で今日借りる魂胆見え見えだったからだよ」
「薄情〜」
「橋野だって他の人はダメでもいぶっちゃんにはいいよって言うでしょ」
「そりゃそうでしょ──え⁉︎ 入雲まさか依吹ちゃんのこと──」
「あんたと同じにしないでほしい。ほら、どういぶっちゃん。アイロン当ててもそんな変わらないでしょ。無理にしようとしなくていいよ。髪痛めるだけだし」
「白葉ちゃん、よく私の考えてること分かったね」
「そりゃ髪触りながらじっと見てたらね。毛先巻いてもいいけど、いぶっちゃん髪結ぶんでしょ? じゃあしなくていいかな」
白葉ちゃんがアイロンとコテを片付けようとすると、あゆちゃんが急いで白葉ちゃんの手を止めていたので、白葉ちゃんは壊すなよとあゆちゃんにコテを渡した。
私も髪を纏めようとゴムを手に取ると、すみちゃんに肩を叩かれる。
「髪、せっかくだし私が結ってあげようか?」
「ほんと? じゃあお願いしようかな」
すみちゃんは、櫛を髪に通し、ヘアスタイルを考えているのか、両手で軽く私の頭を挟む。
「今日新幹線乗るし、藍川さん髪長いからたまには下ろしてみる?」
「あ、いや、できれば纏めてほしいかな。小夏も鼻に髪当たらないほうがくすぐったくないだろうし」
「ああ、そっか。だから藍川さん、ずっと纏めてたんだ」
「あ、いや……」
「優しいんだね」
その声と表情はまるで見せかけだけは良くしようと包装紙に包まれているかのようで、解いて中身は知りたくないものだった。
髪に触れる手は優しくて、頭皮に触れる指は柔らかくて、話しかける声は温かで、見せる表情は穏やかで、でもその全てが中身を見せない為の仮面に思えた。
「はい、できたよ」
「ありがとう七木さん。やっぱり七木さんはヘアアレンジ上手だね」
すみちゃんはブレイド団子にしてくれて、お団子もふんわり緩くしてくれたのもあって、座席に頭を当てても痛くないように工夫してくれた。
「あのね七木さん、お礼というわけじゃないんだけど──他の皆にもあって。これ」
私はゲームキャラのぬいぐるみのストラップを取り出す。
皆手を止めて、なんだなんだと寄ってきて、私の手を覗き込む。
「どうしたのそれ? 可愛いね」
「入ったお店で見つけて。ちょうど虹カラーで七色あったから、せっかくだしお揃いにと思って買ったの」
「え〜わざわざ買ってくれたの〜⁉︎ 嬉しい〜!」
「今回の修学旅行、色々と皆に助けられたのもあってお礼したくて。七木さんは優しくしてくれたし、あゆちゃんは髪留めくれたし、白葉ちゃんは色々と話聞いてくれたし、沙雪さんには介抱してもらったし、大澤さんには引っ張ってもらって、小夏は……こういうのあったら一人でも安心して寝られるかもだし」
「あたしだけなしか⁉︎」
「冗談。小夏はたくさん笑顔をくれたから。とにかく何かしらで気持ちを伝えたくて。迷惑じゃなければだけど」
「全然。ありがとういぶっちゃん。色的にオレンジと紫が大澤と日南?」
「うん。勝手なイメージで。沙雪さんの色は大澤さんが決めたんだけどね」
「やっぱ沙雪は紫なの?」
あゆちゃんは興味津々にストラップに触れながら聞いてきた。
「大澤さんが沙雪さんに、紫って高貴なイメージがあるからとかなんとか言って沙雪さんに渡してたよ。まあ、本当は毒みたいだかららしいけど」
そしてその事バレたら沙雪さんに突き返されそうだから黙っておかないといけない。
「まあ沙雪っちきついもんな。イメージぴったりだ」
小夏って悪意なくストレートに言ってくるからたまに残酷だなって思う。
「皆は欲しい色ある?」
「依吹ちゃんが決めて。依吹ちゃん的イメカラすっごい気になる」
「じゃあ──」
私はあゆちゃんに黄色を渡す。
「あゆちゃんはいつも周りを明るく照らしてくれるから、黄色のイメージがある」
「なんかすごい照れちゃうな〜」
白葉ちゃんには緑を渡す。
「白葉ちゃんといるといつも安心できるから、私的には緑が似合うよ」
「頼りになれてるようでなによりだよ。ありがとう」
小夏には赤を。
「小夏はいつも何事にも全力で情熱を持っているから、赤がぴったりだよ」
「ほんとか⁉︎ ありがとな、依吹っち。一生大切にするぞ」
残り二つ、私はすみちゃんに青を渡す。
「七木さんはいつも私達を見守ってくれて、いるだけで心が落ち着いてくるから、青を受け取ってくれたら嬉しいな」
「そんな風に思っててくれてたんだ。ありがとう。大事にするね」
「喜んでもらえてよかった」
「依吹ちゃんは藍色なんだね」
「だって私藍川だから」
「自分だけ雑だね。自分にも一言ないの?」
「え〜。そう言われても」
「じゃあ代わりにあたしが言うぞ!」
そう言って小夏はその場で考え始める。
「じゃあ先にわたしがあげる。依吹ちゃんはいつも落ち着いてて、笑顔が可愛くて。依吹ちゃんがいるだけでね、安心するだけじゃなくて、心がすごいザワザワしてね、好きだなあってなるの」
「え、あ、ありがとう」
告白みたいな言葉でただでさえ照れるのに、すみちゃんの前だと思うとそこに気まずさも加わってしまう。
「じゃああたしも。優しいのはいいと思うよ。でも、それで一人で抱え込みすぎるのは違うと思う。だから、その色が濃くなったらあたしの元においで。安心できるんでしょ」
「なにそのクサイ台詞。入雲厨二病ってやつ? ぷっ」
白葉ちゃんの言葉にあゆちゃんが笑うと、白葉ちゃんは無言で近くにあった布団をあゆちゃんに掛けた。
「ああ〜! せっかく髪やってたのに〜!」
「自業自得」
そんな二人に苦笑いをしていると、小夏がよし! と声を出した。
「依吹っち!」
「は、はい」
「ずっと、側にいてな」
いつもと若干雰囲気の違う小夏に一瞬息が詰まったけれど、すぐにいつものように笑ってみせる。
「うん。もちろん」
私は最後にすみちゃんへと目を向ける。
「そうだね。私からはただ一つ、今の良さを大切に、欠点を見つめ直して。藍色、藍川さんにぴったりだと思うから」
「ありがとう、七木さん」
皆それぞれの場所にストラップを付けて、準備を終えていく。
◇◆◇◆◇
「いぶっちゃん、ちょっといい?」
「いいよ」
「外行こ」
「うん」
靴を履いてドアに手を掛けると、小夏が声をかけてくる。
「なんだなんだ? ジュースでも買いにいくのか?」
「あーいや、ほら初日、鼻血騒動とかあったじゃん。その時報告したのがあたしといぶっちゃんだったから。あたし実行委員でしょ、だから帰る前にも招集くらってて。いぶっちゃんも一応。側にいてもらうだけだけど」
「そっか、大変だな。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
特に疑われることなく、ロビーに降りて白葉ちゃんの話を聞く。
「すっちゃんに聞いてみたけど、やっぱり何も話してくれなかったよ。それでさ、その……」
白葉ちゃんは言いにくそうに目を逸らしている。
「どうしたの?」
「ちょっとしつこくしてさ、いやだって、ずっとはぐらかすし、言わないなら言わないなりに言えない理由言ってくれればいいのに、最終的に関係ないとか言ってくるから、それでちょっとあたしもイラってきて、若干喧嘩っぽくなりました」
「え、ええ……」
だ、だから今日の二人全然目合ってなかったんだ……。
いや、そもそも昨日白葉ちゃんが早々に寝たのってもしかしてそれも関係してたりして……。
「ご、ごめんね白葉ちゃん。私のせいでそんなことになっちゃって」
「いいよいいよ。気にしないで。でもマジでなんなんだろうね? 独占欲とかならそう言えばいいのに」
「そんな単純じゃないのかもね」
だとしたら、多分どんなに頑張ってもすみちゃんが理由を話すなんてことしないだろうし、皆に周知させるのを許容するというのもない。
私はずっと、すみちゃんに背負わされる期待に応えられずに過ごすのだろうか?
そう思うと、時間が進むのが億劫になる。
「まあ、あたしはあまりすっちゃんと仲良くないからそうなっただけかもだし。もっと仲良い子なら話すかもよ。大澤とか一年から同じグルじゃん」
「どうかな? 大澤さんも上手くいかなくてすみちゃんと気まずくなられても困るし。そもそも大澤さんが引き受けてくれるかも分からないし」
「大澤はあたしと違って引き際ちゃんとしてるから大丈夫だよ。まあ、頼むだけ頼んでみたら?」
大澤さん、きっと頼んだら引き受けてくれるだろうけど、でも正直、私が聞いて話さない時点で大澤さんにも話さないだろうなって分かっている。
「そうだね、必要になったら頼んでみようかな」
「そ。まあとにかく、抱え込みすぎないようにね。本当に限界なら、いぶっちゃん判断でバラしてもいいと思うから。人のことばかりじゃなく、自分のことも大切にね」
白葉ちゃんに肩を叩かれて、部屋に戻っていく。
──大丈夫だよ白葉ちゃん、私ちゃんと分かってる。自分の限界。表面張力でどうにかコップに留まっているだけだって、分かってる。だから大澤さんも、今は必要ないの。
少し寂しい気持ちを抱きながら、修学旅行は終わっていく。




