修学旅行⑩
「おせーよ」
「おはよう」
瀬野君と五十嵐君は先にロビーで待って、ソファに座っていた。
「ごめんごめん。アラーム鳴らなかったんだよ」
大澤さんのその言葉に私は自然と視線が沙雪さんに移る。
「見惚れるのはほどほどにしてちょうだい」
「見惚れてないよ。呆れているんだよ」
「あら、私の美貌に飽きがくるなんてことあるはずないわ」
「飽きじゃなくて呆れだよ。わざとでしょ」
「さあ、どうかしらね」
「二人とも行くよ。遅れを取り戻さないと」
「あなたが言うことじゃないわ」
沙雪さんが言えることでもないけどね。
◇◆◇◆◇
私達は場所を移し、大阪といえばのテーマパークにやってきた。
「今はちょうどハロウィン期間だからな。せっかくだしホラー行こうぜ! 五十嵐も行きたいだろ!」
瀬野君の生き生きしている提案に、五十嵐君は微妙な反応を返す。
「いや〜。ほら、期間限定だし混んでるでしょ」
「なんだよビビってんのか? お前がビビっても可愛げねーぞ」
「ち、違うよ! ただ僕は待ち時間を心配しているのであって。ほら、あんまり長いと他のアトラクション乗れなくなっちゃうじゃん」
「ホラーだからそんな混んでねーぞ」
瀬野君はスマホで待ち時間を見せてくる。私と目が合うと、少し興奮が収まったのか、スマホを下げながら、声のトーンを落として聞いてくる。
「藍川、もしかしてホラーダメだったりするか?」
「なんでそれを聞くのが藍川だけかね。うちらには配慮ないわけ?」
「お前らは自己主張できるだろ。藍川は聞いてやらねーと無理させちまうからな」
「あなたもうフラれて一年経つのだからそろそろ諦めなさいよ」
「うるせーよ偽元カノが。それで藍川、どうだ? ホラーいけそうか?」
「びっくりとかはするけど大丈夫だよ」
そう答えると、ドスっと沙雪さんに脇腹を肘打ちされて、思わず大澤さんにもたれて殴られたところを抑える。
「やってくれたね藍川」
大澤さんには心配されるどころか、ため息混じりにそんな言葉をかけられた。
列に並び始めた時は結構皆話していたけれど、室内に入った瞬間、五十嵐君と大澤さんと沙雪さんの口数が一気に減った。
私たちの番になり、いくつかのボタンを押すなどのミッションをクリアしながら進むようにと、世界観のある説明を受け、入っていく。
「藍川、その、なんだ。怖くなったら俺に掴まってもらっても──」
瀬野君は、後ろを振り返って、両腕が大澤さんと沙雪さんで埋まっている私を見て、やっぱなんでもないと撤回した。
「沙雪さんホラーダメなの?」
痛いくらいに私の腕に抱きついている沙雪さんにそう声を掛けると、震えて上擦った声で強がった言葉を返してくる。
「そ、そんなわけないでしょう。足を踏まないように配慮して──」
次の瞬間、ゾンビが脅かしにくる。
大澤さんの方からは甲高い悲鳴が。私の目の前は強い力で抱きついてきた沙雪さんで塞がれる。
「やだやだ! もう出たい!」
「沙雪さん、見え、見えない……」
「翔真〜」
「うっわ、女子ならともかくなんでよりにもよって男に抱きつかれなきゃいけないんだよ! 離れろ!」
「見捨てないでくれ翔真〜」
「沙雪さん、お願い、こ、転ぶ……」
どうにか前ではなく後ろから抱きついてもらって、沙雪さんの手を握ることで、視界を確保できた。
大澤さんももう見られないのか、私の腕にガッチリ掴まり、私の肩で視界を塞いでいるが、音が鳴るたびに悲鳴をあげている。正直、びっくりするも大澤さんの悲鳴の方に意識が取られるので、想像よりかは冷静でいられた。
ただ、前を歩いている瀬野君は違うのか、だ、黙れよ〜と毎回声を掛けていた。
なんだか大人数のお化け屋敷って感じでちょっと楽しい一方で、何かあるたびに大澤さんと沙雪さんに引っ張られるからかなり歩きにくく、転んだら共倒れだという、別の意味のヒヤヒヤもあった。
瀬野君も五十嵐君にがっつり掴まれて、歩きづらそうにしていた。
多分私達は、出るまでかなり時間が掛かった組だと思う。
大澤さんは出るなり涙目で瀬野君に文句を言っている。
瀬野君はそんな大澤さんに、可愛げあるところあるんだなと揶揄いながら、別のホラー行くか? と嬉々として意地悪で聞いている。
その言葉を聞いた五十嵐君は弱々しくなって、もうホラーはやだと瀬野君に懇願している。
そして沙雪さんは、外に出ているというのに、一向に私から離れる気配がない。
「沙雪さん、もう外出たよ。もう怖くないから大丈夫」
「別に、そんなんじゃないわよ……」
鼻を啜りながら言われても説得力ないなーと思いながら、抵抗する沙雪さんを離す。
目に涙を浮かべ、弱々しそうに伏し目になっている沙雪さんを見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。
いや、たしかに沙雪さんは美人だけど。
なんとなく、弱っている女の子が可愛いと言われる理由を理解した気がする。
そんな可愛らしい沙雪さんに向けて笑みを溢しながら、頭を包み込むように手を伸ばす。
「よく頑張ったね、沙雪さん」
沙雪さんにはぶっ飛ばすわよと言われたけれど、身体は静かに委ねていて、強がりつつも誰かに寄りかかりたかったんだなと思う。
次のアトラクションに行く頃には、皆すっかり回復していて、絶叫アトラクションに乗って高らかに声を出しながらも、ホラーの時とは違って笑い声も混じっていた。
「すっげー! 恐竜すっげー!」
「迫力があるねやっぱ。あ、翔真見て! 水から顔出してる!」
「おおー!」
やっぱり恐竜は男心をくすぐるのか、瀬野君と五十嵐君は他のアトラクションよりも一層盛り上がっている。
そして私達は、ボートが落下に備えて、真っ暗な部屋を上がっている中、次の予定を話し合っている。
「これ乗り終わったら整理券の時間になるから次のエリア行こう」
「はぁ。次は混んでいるのよね。私あまり長く並ぶのは嫌だわ」
「皆がいいならシングルでもいいと思うよ」
「私は早ければそれでいいわよ」
「うちも別にシングルでいいよ。どうせグループで並んでも誰か一人は隣にシングルの人来るし」
私達の中だけで次の予定が決まると同時に、ティラノサウルスに威嚇されて一気に落ちる。
思わず声を出しながら水にダイブし、上から大量に被る。
カッパ着ていてよかったと、せっかくだから濡れなきゃもったいないと言っていた瀬野君と五十嵐君のずぶ濡れ具合を見て強く思った。
「やっべー! パンツまで濡れたわ! 気持ち悪り〜!」
「僕もめっちゃ濡れたよ! 靴の中までびっしょり! ほら、踏むたびに水が出る!」
アトラクションから降りた後も、瀬野君と五十嵐君は、お互いどれだけ濡れたかを張り合うように言い合って楽しそうにしている。
そんな二人を大澤さんと沙雪さんはこれだから男子はと言いたげに見ていた。
「ん? どうしたの大澤さん? じっと見て」
「藍川が男だったら良かったのにと思って」
「え? え?」
大澤さんはそれだけ言って、特に理由を話すもなく、さっさと別の話題に切り替えていた。
そして結局、その話題に戻る事なく、一日が終わっていく。
最後に各々お土産を買って、ホテルに帰っていく。
「それそんなに気に入ったの?」
ハロウィン限定のクマのぬいぐるみを袋から出して眺めていると、大澤さんにそう声を掛けられる。
瀬野君達は遊び疲れたのか電車の中で爆睡している。
「すみちゃん喜んでくれるかなって」
「いいね〜ぬいぐるみプレゼントしてもらえるなんて」
「修学旅行、一緒にいられなかったから。せめて何かお土産を買いたいって思っていたの。大澤さんだったら貰ったら嬉しい?」
「嬉しいよ」
「良かった。そういえば大澤さん、今日の朝言ってた理想とか、私が男だったらってどういう意味なの?」
「ああ、ただ藍川が男だったらうちのタイプだったってだけだから。うち兄弟上も下も男でさ、しょっちゅう馬鹿に付き合わされてて疲れるんだよ。そのせいで男の無邪気な面とか見ると萎えるの。だから落ち着いて、自立してて、うちのことを一番に思ってくれる美形の人としか付き合いたくないって思ってるんだよね。まあ、それ言うと求めすぎとか言われるんだけど」
「大澤さんは良いところたくさんあるし、夢物語とは思わないけどね」
「だといいよね。できる限り妥協ってしたくないし」
「ねえ、大さ──」
大澤さんに一つ聞こうと思ったところで、乗り換え駅に着いてしまったので、三人を起こして電車を降りる。
結局、修学旅行中に再度大澤さんに聞くことはできなかった。
──一番に思ってくれるているって、どうしたら感じられるのか──




