修学旅行⑦
じっとりとした暑さを感じて目を開けると、既にカーテンは開けられていて、眩い日差しがせっかく開いた目を細める。
背中に感触があったので顔を少し向けると、あゆちゃんが私の背中にくっついて眠っていた。
「おはよういぶっちゃん」
「おはよう」
目があった白葉ちゃんは、自分の荷物から錠剤を取り出して、昨日持ってきたサーバーの水をコップに注いで飲んだ。
「何か病気あるの?」
「いや、ピルだよ。修学旅行で生理来るとだるいし」
「なんだ、良かった」
「いぶっちゃん、昨日の橋野見てたらもっと焦ってただろうね」
「なんで?」
「めっちゃ美容サプリ飲んでたから」
あゆちゃんそういうのすごい気を使いそうだしなんか想像はつくけど、知らなかったら白葉ちゃんの言う通り、持病多いのかと思って焦るだろうな。
「そういえば、なんであゆちゃんここにいるの?」
「さあ? あたしが起きた時はもうそこに入って寝てたよ。暑苦しそうだなって思いながら見てた」
「正直ちょっと暑いかな。──すみちゃんは?」
「朝シャンするって言ってシャワー浴びてる」
「そっか……」
もし、私が悩みを相談するとしたら、きっとどんなことだろうと一番に白葉ちゃんに言うと思う。それだけ私は、白葉ちゃんに頼もしさを感じるから。
でも、だからこそ白葉ちゃんに何もできないと言われるとどうしようもなく不安になる。
だからこれは賭けになる。
「ねえ、白葉ちゃんってどこまで私の力になってくれる?」
「朝から変な質問だね。何か助けてほしいの?」
「…………」
白葉ちゃんは小夏のベッドに腰を下ろして、私と目を合わせる。
「まあ、できる範囲ならやってあげるよ。流石に犯罪加担とかはできないけど、それ以外ならできる限り。それこそ、いぶっちゃんが一人暮らしした時とか。ゴキブリは別の人頼ってになるけど、ご近所トラブルとか、ストーカーにあってとか、そういうことに悩まされてたら助けるよ。極論みたいなこと言っちゃったけど、困ってるならやれるだけやってあげる」
「私も、白葉ちゃんが困ったら力になるよ」
「ありがとう。で、何してほしいの?」
「関係を隠したがる理由ってなんだと思う?」
白葉ちゃんは一瞬黙ると、お風呂場に目を向けた。
「聞けないの?」
「うん。多分整理がついていないんだと思う」
「そっか……。あたしぶっちゃけすっちゃんの事よく知らないんだよね。あまり自分語りしないから。もうちょっとすっちゃんの事知っている人に聞いた方がいいと思うよ。それか、橋野とか」
「あゆちゃん?」
「橋野交際経験だけは多いし、それなりに語れる事あるんじゃない?」
あまり相談事にあゆちゃんを選択肢に入れていなかったけど──いや、ダメでしょ。流石に好意持たれている子に恋愛相談するほど私は無神経じゃないし。
「白葉ちゃんなりのアドバイスはないの?」
「アドバイスって言われても……。何? いぶっちゃんは言いたいの?」
「まあ、うん。仲間内なら言っても大丈夫って私は思っているんだけどね。皆お願いしたらちゃんと口閉じてくれるし」
沙雪さんは特に釘を刺しとかないとだけど。
「じゃあそれ言えばいいんじゃない?」
「嫌だって言われて。それ以上は続けられなかった。変な方向にヒートアップされても困るし」
白葉ちゃんは私をじっと見て、眉を顰める。
「ねえ、いぶっちゃんもしかして結構ストレス溜まってる?」
その問いに何も答えられなかった。すみちゃんがストレスになっているって、完全に認めたくなかったのもあるかもしれない。
だから誤魔化す為に小夏の頭を撫でた。
「あたしからすっちゃんに言うよ。いぶっちゃんに負担かけるなって。事情があるなら説明してって。あたし言うよ」
「絶対やめて」
起き上がろうと上体を起こすと、小夏が引っ張るので、そのままベッドに引き戻される。無理に離れようとしてまた涙が出ても困るし。
「すみちゃん追い詰めるだけだから。何も解決しない。むしろ後退する。私はそんなの望んでいない」
「じゃあ大人しく一人でずっと我慢し続けるわけ? いぶっちゃん愚痴すら言えないでしょ。ずっとずっと、耐えられると思ってるの? 耐えられないからあたしに話したんでしょ。自分でも無理だって分かってるんでしょ? だったらなんでダメなわけ? 別にいいじゃん」
「白葉ちゃん。私、白葉ちゃんに喧嘩してほしいわけじゃない」
「ただ言うだけだよ」
「多分すみちゃんと白葉ちゃん、喧嘩になるから。だからやめて。お互い嫌な思いするだけだよ」
「じゃあ、あたしにいぶっちゃんのこと見て見ぬふりしろって言うわけ? 絶対嫌なんだけど。だったらすっちゃんのことなんて気にしないで勝手に言えばいいじゃん。なんならあたしが言うよ。責任なら取るから。あたしが責められるから」
白葉ちゃんは眉間に皺を寄せて、強い眼差しで私と目を合わせる。そんな白葉ちゃんに向けて首を振る。
「なんの解決にもならない。すみちゃんはショックを受けるし、私もそんなすみちゃん見たくない」
「じゃああたしに何を求めて話したわけ。助けてほしいんでしょ。じゃあどう助ければいいのか教えてよ。あれもダメこれもダメじゃ、求められてる方は困るんだよ」
白葉ちゃんのその言葉にすごい親近感を覚えた。
どうすればいいのか教えて。ずっと心の中ですみちゃんにぶつけてきた言葉。
「私も、知りたいな」
白葉ちゃんはギョッとした表情を浮かべる。視界が滲んで、鼻を何度も啜る。力が抜けるのに、腕の中の小夏を強く抱え込む。
白葉ちゃんはティッシュを取って、目元と鼻に当てながら潮らしくなる。
「ごめん、強く当たっちゃって。もういいよいぶっちゃん。頑張らなくていいよ。あたしがそれとなく聞くから。聞けなかったらごめんだけど、やってみるから。もう頑張らないで。頑張るくらいなら全部捨てて逃げて。誰も責めないから、一人で傷つくくらいならそうして。お願い」
白葉ちゃんに撫でられて、余計に涙が溢れてくる。声は出ない分、たくさん涙が出てきて、心が軽くなった。そして知った。この涙の分だけ、私は限界を超えていたと。
「白葉ちゃん、ありがとう」
「うん。もう大丈夫だよ。だから、もう我慢しないで」
ようやく私は深い息をつけた。求めていた言葉をもらえたかのように、自然と笑みを溢していた。




