173話 声の主
「リューズ、待った。また湖あった」
ダンクラウス大陸からウィンストリアに戻り、ヴィザを目指す道中。シーラは水場を見つける度に竜馬を止めて、新たに発覚した【水上歩行】の祝福を楽しむ。
「まるで長くつを買ってもらった子供っすなぁ」
特に意味もなくシーラが飛んだり跳ねたり走ったりする光景を眺めて小休止。
考えてみると冷たい水面に足をつける事ってあんまりないよな?『足臭くね?』って思う時は……まぁ、うん、だけど。いや、違う。あくまでも例えだけどね、うん。
王都に戻る前にまずヴィザに向かう。ダンジョンの最奥に近い環境でのみ、シーラは何者かと対話ができる。俺の知識では気の利いた質問はできないが、古代言語にも精通しているセレスティアであれば、核心に近い何かが得られるかも、と言う他力本願な望みだ。
しばらく竜馬を走らせると、久しぶりに訪れたヴィザの街。シーラとセレスティアが破壊した闘技場はすっかり元の姿を取り戻し、今日も元気に街を熱狂に包んでいる。
街の中央にどっしりと構える無骨な石造りの建物がギルド本部。
シーラが建物に入ると、建物内をにぎやかしていた多くの冒険者の視線がシーラに向かい、椅子が床を擦る音が合奏の様にギルドに響く。
「く……黒姫……サマ!?」
「君ら毎回それやんの?」
独り言のように突っ込むが、シーラは気にせずネアルコスさんのいるカウンターに向かう。
「ねぇ、セレスティアいる?」
「シルヴァリアさん!」
忙しそうに事務仕事をしていたネアルコスさんはシーラと俺の姿を見ると、前のように駆け寄ってくれる。
「いやぁ、久しぶりだね。二人の活躍、当然ヴィザにも鳴り響いてるよ」
「いやいや、活躍だなんてそんな」
いい歳して照れ笑いで謙遜すると、ネアルコスさんは前と同様に通路の奥の扉を手で示す。
「ギルドマスターは奥にいるよ」
促されるよりも先にシーラは足早に扉に向かっており、ネアルコスさんはその後ろ姿を微笑ましく眺めていた――。
「よう、おかえり。ダンクラウスの旅は楽しかったか?また余計なトラブル起こしていないだろうな?」
豪奢なギルドマスター専用の椅子にふんぞり返って腕を組み座るセレスティアが挨拶替わりの軽口を叩く。シーラは一秒考えて俺を見る。
「リューズ。アレは違うよね?」
「おい、余計な事言うな」
俺たちのやり取りを聞いたセレスティアは俺に白い目を向けてくる。
「あ?てめぇ、ただでさえ忙しいのに余計な仕事増やすなよな。アレってなんだよ。言ってみろ、言え。殺すぞ」
「いや、和解済みだし、わざわざお忙しいギルドマスター様のお耳に入れるほどでもないとは思うんだけど……」
苦笑いを浮かべて説明すると、それがセレスティアの苛立ちをさらに搔き立てた様子。
「それを判断するのはお前じゃねぇんだよ。シルヴァリアー?」
笑顔で尋問対象をシーラに変更。まぁ、そうなるよな。
「ん?マグナのやつ?」
「そうそう、聞かせてくれるか?」
俺には向くことのないニッコリとした笑顔でシーラの言葉を促す。
「学校行ってないやつが偉そうで、私とリューズで倒しただけ」
「学校行ってないやつって?」
腕組みは頬杖に変わり、変わらずセレスティアはニコニコと問いかける。
「名前は知らない。リーダー?マグナの。パーティだって」
「『千夜一夜』、かな?」
「そんな感じ。多分」
ふわっとしたシーラの報告を受けて、セレスティアは頭に手を当てて大きくため息を吐く。
「……了解。ま、大丈夫だろ。プライド高いやつだから、自分から言うこともないだろうし」
国が違うと色々面倒なんだよ、とセレスティアは両手を上に伸ばしながら呟いた。
で、ダンクラウスでの収穫の報告。
シーラの祝福【水上歩行】。ダンジョン深部で聞こえるなにかの声。
――三人でヴィザのダンジョンへと向かう。守護者の間に直行する縦穴をセレスティアの浮遊魔法で三人とも緩やかに落下しながら、最深部・守護者の間を目指す。
「なるほどね。魔石が人の魂だと仮定するのなら……、シルヴァリアの身体には無数のそれが入っていても不思議じゃあない、か」
セレスティアが納得した様子で頷く。だが、シーラは異論がある様子で首を傾げる。
「そう?じゃあ牛とか豚の魂も入ってる?」
「いや、それは死んでから食ってるから」
「前生きてる魚食べた。それは?」
シーラの質問は止まらない。
「それは……」
言葉に詰まりセレスティアをチラリとみて助け舟を求める。小ばかにしたような嘲笑を俺に向けた後で、まじめにシーラに解説をしてくれる。
「食べたのは肉だろ?魂じゃない。魔石は魂そのものだ」
「そっか」
さすが王立学院主席。学がありますなぁ。
「そういや、お前ペリコって知ってる?ペリコ・パラキートだっけ?『セレスティア以来の大天才』って言うと怒るやつ」
問いかけると、ふわふわと落下するセレスティアは腹を抱えて大笑いする。
「わははっ、あいつまだそれで怒んのかよ。いちいち気にすんなよなぁ」
「へぇ、やっぱり面識あり?」
「直接会ったことは一度しかないけどな。あいつの中等部入学式の時。是非に、と学長から挨拶に呼ばれてな。壇上で連呼してやったら顔真っ赤にして怒ってたぞ。『セレスティア以来の大天才!』ってさ。わはは」
「大人げねぇ~……。完全にお前のせいじゃん」
「あ?お前だけ浮遊解くぞ?」
通常ルートであれば数か月はかかるダンジョンの最深部。完全にルートの整備されたヴィザのダンジョン、セレスティアの浮遊魔法を使って落下すれば一時間もしないうちに最深部に到着だ。
「で?質問は何回でもできるのか?」
篝火の焚かれた神殿のような守護者の間、セレスティアはシーラに問う。
「大体いつも三回くらい。あとは黙る」
「ほうほう。じゃあ質問被ると勿体ないよな。リューズ。お前は何聞いた?」
「え」
「え、じゃねぇ。早く言え」
魔石化を治す方法、魔石化から再生する方法、そして……シーラが助かるか?それが俺の聞いた三つの質問。
「お前馬鹿じゃねぇの。デリカシーって知ってる?」
「……俺も聞いてから思ったよ」
俺に白い目を向けつつ、セレスティアはシーラの頭を撫でる。
「とはいえ、聞いた事をちゃんと答えてくれる正直ものな訳だ」
自信に満ちた笑みでシーラの頭を撫でるセレスティアは本当に心強く見える。
「じゃあ、シルヴァリア。聞いてみてくれ」
シーラはセレスティアの手を頭に載せたまま、『ん』と短く答えて頷く。
「あんたの名前は?って」
シーラは一度目を閉じて、すぐに開き、答えた。
「いあるた」
それを聞いたセレスティアの顔が引きつる。
「イアルタ……!?」
俺とシーラの反応を待たずに、セレスティアの震える唇が言葉を綴る。それは高揚を隠し切れない輝く瞳で、珍しく熱っぽく語られた。
「遡ること約2300年、ゲッヘイム朝第八代皇帝バービレイエは知ってるよな!?」
「お、おう」
「誰?」
当然、そんな人知る訳がない。セレスティアはその温度差も一切意に介さずに、言葉を続ける。
「その右腕が!時の大神官、……豊穣のイアルタだよ!……ほとんど神話上の人物だぞ」
それを聞いたシーラが興味深そうに笑う。
「へぇ、そうなんだ。ねぇ、いあるた。すごい人なの?」
「質問の無駄遣い!」
思わず声をあげてしまうが、シーラはケロリと答えた。
「すごくはない、って」
「……多分謙遜だよ、それ」
「そっか。じゃあ、次は――」
と、シーラがまた面白がって質問をしようとして、セレスティアが止める。
「イアルタ。あなたは今、どこにいる?」
シーラは自分の胸を指さす。
「私の中。だって」
それ以降イアルタは呼びかけに答えなかった。シーラの中にいる古代の神官・イアルタ。彼女はきっと、シーラが無数に食べてきた魔石の中のどれかだったのだろう。
次の日、その次の日とまた守護者の間を訪れて質問をしたが、イアルタは答えなかった。




