143話 前科13犯の大天才
「あたしペリコ。ペリコ・パラキート。よろしくね、おじさん」
シーラより年下に見える小柄な少女はピンク色の髪を揺らし、人懐っこい笑顔を浮かべて俺に左手を差し出してくる。その手にも、顔と同じように咎人を示す魔導紋が刻まれていた。
「リューズだ。リューズ・レッドウッド」
差し出された左手と握手する。この世の果てとも言えるこの大監獄の最奥部には似つかわしくない小さな手。
「んお?りゅーず?『神戟』じゃん」
その単語にシーラが食いつく。
「『神戟』知ってんだ」
「そりゃね。野蛮人の中ではだいぶマシだって聞いてるけど」
「ふふ、そっか」
野蛮人、ってのは冒険者の総称か?随分な言い草だなぁ。シーラは満足げに、得意げな顔をしているが、俺は内心眉を顰める。
「あ、髪」
薄暗い独房から出たぺリコは明かりに照らされたシーラの黒髪を指さし、目を輝かせる。
「さっきは気づかなかったけど……黒髪じゃん!初めて見た、すっごい綺麗!ねぇ、触っていい!?ちょっと貰っていい!?ハサミある!?」
「リューズ。ある?」
「あっても貸さねぇよ」
白い目を向けて答えるけれど、シーラの黒髪が褒められて悪い気がするはずがない。つい目じりが下がる。
シーラの黒髪を触りながら恍惚の表情を浮かべるぺリコ。そんなぺリコに看守はおずおずと声をかける。
「あ、あの……。本当によいのですか?来月にはあの方が身請けに来られる予定なのですが」
それを聞いたぺリコは挑発的な笑みを看守に向けた。
「だって早く出たいじゃん。あいつが来たら言っといて、『ほかの男に身請けされました~』って」
ウキウキと楽しそうに、悪戯そうにぺリコは笑う。少なくとも、大監獄の奥地で罪人がする顔では無い。……あくまで推測でしかないが、かなり地位の高い何者かが後ろ盾にいるのか?それが、彼女が13度投獄されても処刑されない理由?
「……あいつ、ってのは?」
俺の問いに、シーラの髪を編み込みながらぺリコは微笑む。例のごとく、いたずらそうな、挑発的な微笑み。
「ん?年上の貴族。あたしにご執心の。本当に連れ出していいの?あとで揉めるかもよ~?」
俺の反応を眺めてクスクスと笑い、俺はあきれ顔でため息をつく。
「文句があったら来いって伝えといて」
その言葉がツボにハマったらしく、ペリコはケラケラと声を上げて笑う。
「あはは、だって。ちゃんと伝えてよね。それじゃ、看守さん。またね」
ヒラヒラと手を振り、明らかに再犯を予告する言葉を残して、俺たちは大監獄『冥渦』を後にした――。
大監獄を離れ、市街に近づくにつれて当然人も増えてくる。すれ違う人、すれ違う人がまぁ振り返る。それも当然、咎人の証である魔導紋を顔に刻まれた少女が堂々と歩いているのだ。そして、当の本人はどこかその視線を楽しんでいる節すらある。
「リューズ」
怪訝に眉を寄せたぺリコが俺を呼ぶ。監獄では髪を触らせていたと思ったら、今は露骨に距離を取っている。手で鼻を覆ってペリコを指さす。
「そいつ。臭いんだけど」
「言葉を選んで!?」
「臭う」
「もう少し頑張りましょうっ!」
言われたペリコはケロリとした顔、……というより逆にシーラにあきれ顔を向ける。
「そりゃそうでしょ。監獄にいたんだからしょうがないじゃん」
「は?全然しょうがなくない。風呂入れ。臭い」
ぺリコを指さすシーラの指先から微かに魔力が迸る。瞬間――、ぺリコの周囲をフワッと暖かい風が通り過ぎた。風魔法で膜を作り、服ごと温水でかき回し、温風で一瞬で乾かす。いつか温泉街で披露してくれたシーラ式魔導風呂だ。
「だいぶましになった」
まだ苦々しい顔で、ペリコの方をパタパタと手で仰ぐ。
「ありがとー、って言いたいとこだけど、魔力無駄遣いしないほうがいいんじゃないの?もうだいぶ少ないみたいだけど」
ペリコは洗い立ての髪に手櫛を通しながら、当然のようにそう言った。
「す、少ないってなにが?」
一応周囲を見渡して問いかけると、答えは間を置かずに即座に返る。
「魔力。黒髪が魔法使えるわけないんだから。答えは一つでしょ」
大監獄で会ったばかり、そこから街まで移動する僅かな間、それが俺たちが過ごした時間の全て。それだけで、この少女にはどれだけの物が見えているのか。
「……えっと、それは【祝福】の類?」
引きつり笑いで俺はまたぺリコに問う。それが何か面白かったようで、ぺリコはクスクスと笑う。
「【解析】だっけ?あんなのと一緒にしないでよ。あたしのは――」
ペリコは俺を見上げ、確かな自信に裏付けされた笑みを向ける。
「ただの分析。知識と経験と感性に裏付けされた、ね」
あまりにシンプルすぎて逆に突拍子も無い答えにあっけに取られてしまう。
「何者だよ、君」
「ん?ただの天才美少女だけど。前科13犯のね~、あはは」
ケラケラと笑いながらぺリコは収納魔石を開き、そこから取り出した大きめの黒くて丸い球をポイっと口に放り込む。
「えっ、くっさ。何喰った、今」
再びシーラが鼻をつまむ。
「超無敵丸。あんたも食べる?」
「なんて?」
なんだか俺質問してばっかだな。だがしょうがない。何もかもが理解の外だ。
「ふふん、そんなに知りたいなら教えてあげる。これはね、あたしが開発した長期保存可能完全万能栄養食……、名付けて『超無敵丸』よ!なんと一粒で一食分の栄養が微量元素まで含めて完全に摂取できるすぐれものなの!どう?すごいでしょ?最高でしょ?」
「一粒で一食分ってすげぇなぁ。それに嵩張らなくて、保存も可能……完璧じゃねぇか、味以外」
あきれ半分驚き半分の呟きを誉め言葉ととらえた様子で、ぺリコは腕を組んで得意げに鼻を鳴らす。
「ふふん、何かを得れば何かを失うのは世の摂理でしょうよ」
「リューズ」
珍しく俺の肩をポンと叩いたシーラは困り顔で首を横に振る。
「こいつはダメ。返品」
珍しい反応につい笑いがこみあげてしまう。
「わはは、そう言うな。出会った時のお前も大差ないぞ」
「は?それは違う。私は毎日お風呂に入るし、うんこだって食べない」
「超無敵丸をうんこって言った!?ちゃんと食べてから言ってくれる!?」
「無理。人間はうんこは食べない」
「超無敵丸はうんこじゃない!」
「あ、あー……、君たち?王都のど真ん中でうんこ連呼すんのやめてくれる?」




